表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/216

 第140話 再会は突然に (4)

「ちょっと待て、小山内。落ち着け。」

「何よ。」

「俺がさ、小山内を名前で呼んだらどうなると思う?」

「どうって?」


何で小山内はわからないんだ?

俺の命の危機だぞ。


「例えば、小山内を、その。」

「私の名前は凜香。忘れたの?」


不安そうな顔するなよ。名前で呼ぶのに思いっきり照れてるだけだから。


「わかってるって、忘れるわけ無いだろ。」


やべ、こんなことを言ったら俺の気持ちがばれてしまうか?


「だったら、ちゃんと呼びなさいよ。」

「わかった。とにかくだ、俺が、り、凜香って呼んだとする。」


やめろ小山内。真っ赤になるな、照れるな、耳を染めるな、俯くな。

やめてくれ。


「呼んだとするよな。」

「……」


小山内が反応しないなら、俺は早口でいいたいことを言ってしまおう。


「つい昨日まで、小山内と呼んでた俺が名前で呼んだら、どうなると思う?クラス中が俺たちの間に」

「あなたは嫌なの?」


俺の言葉を遮って、いやに可愛い声で小山内がおそるおそるといたふうに聞いてきた。


「俺は嫌じゃない。」


そこは間違いないから即答した。だが同時に俺は、自分の頬が染まるのも感じた。


「嫌じゃない。だがな、」

「嫌じゃないならいいじゃない。」


むぐ。

そうなのか?

何か根本的に間違ってる気がする。


「小山内はどうなんだよ。」

「え?なに?」

「小山内は、俺から名前で呼ばれるの、嫌じゃないのかよ。」


どこが間違ってるのかを突き止めるために、必殺、同じ質問返しで時間稼ぎ。


「そんなの…。」


あとは聞き取れなかった。

だが、こうして稼いだ貴重な時間で、俺は気付いた。


「小山内、小山内は俺が、例えば、ホリーと話しているときに、今まで『小山内が』って呼んでたのを『凜香が』ってふうに呼んで貰いたいってことなのか?」

「それは、違うわ。」


小山内は言い切った。


「だろ?」

「でも。」

「俺は、藪内さんと話すことがあっても、名前で呼ぶわけじゃない。そんときゃ藪内さん、て呼ぶ。これからは、藪内省三さんのことは、省三さんと呼ぶから。」

「でも、あんた、悠紀さんてよびそうじゃない。」


たしかに。

いやいや。


「俺は藪内さんと、そんな名前で呼び合うほど親しくない。知ってるだろ?」



ちょうどその時、狙ったかと思えるほどのタイミングで教室に当のお嬢様が戻ってきた。


「あら、俺くん。小山内さんも。まだ残っていらしたの?」


小山内が、何も答えずに俺を見上げる。

なんだ?

あ、もしかして、テストされてんのか?


「そうなんだ、藪内さん。藪内さんも知ってるかも知れないけど、俺と、小山内は中世史研のメンバーなんだけど、その顧問の先生に今から発掘の報告に行こうかって話してたんだ。藪内さんは歴史研究会に入部希望なんだって?」


あえて「藪内さん」を連発する。


「違いますわ。でもちょうど良かった。私も一緒に行かせていただくわ。」

「どこにだ?」

「あなたたちの顧問の先生の所にですわ。」


何でだ?

…あっ!

そういえば、森先生、俺たちがこれだけ藪内さん、ええと省三さんにお世話になったってのに、藪内家の人に一切お礼も言ってないどころか、挨拶すらしてない。

さすがにそれ、社会人としてどうなんだよ、ってことか。


「わかった。」

「えっ?なぜ?」


小山内が俺を睨む。


「いや、森先生、俺たちがお世話になったのに、藪内家の人に一切挨拶すらしてないだろ。」

「そうだけど。」

「さすがに、それはまずい。これからもお世話になるんだから、ゆ藪内さんにだけでも挨拶しておいて貰わないと。」


あやうく悠紀さん、と呼びそうになった。俺にとっって薮内さんってのは、あのでっかすぎる豪邸に住んでんる不器用な爺さんてイメージなんだよ。

これからは変えてかないと。


「でも。………わかったわ。」


俺の言い間違えよりもお嬢様が一緒に来ることの方に気を取られたらしい小山内は、俺が危うく悠紀さんと言いかけたことに気づかなかったようだ。

あぶねー。


「じゃ行こうか、小山内。」


お嬢様の様子も見る。帰り支度は整ってるようだ。


「薮内さんもいいか?」

「ええ。このまま行けますわ。」

「わ、私も大丈夫よ。」


小山内も少し慌てて忘れ物がないかを確認した。

急がなくても待つのに。


俺は小山内とお嬢様と一緒に教室から出て、廊下を歩きながら簡単に説明することにした。


「俺たちの顧問は森先生なんだ。」


今日、森先生の授業があったからお嬢様も森先生を知っている。


「数学の先生が歴史の部活の顧問をされてますの?」

「そうなんだ。初めて薮内さんと会った時、小山内が自己紹介で言ってたと思うけど、俺たちの中世史研は今年の4月に小山内と」


俺はそこで小山内に視線をやった。小山内は妙に嬉しそうだ。


「俺が一緒に立ち上げたんだ。森先生に顧問をお願いするのを思いついたのは小山内なんだけど、歴史とは無関係の数学の先生にお願いするから、活動にはノータッチで、って約束で引き受けてもらったんだ。」


小山内がなぜ森先生に白羽の矢を立てたのかというところは省略した。言っても誰の得にもならないし、俺があらかじめお嬢様に説明しとこうと思った理由ともあんまり関係ないし。


「そういう約束だったんで薮内さん、ええと省三さんにはご挨拶もせずに失礼なことになってしまったんだ。ごめん。」


そう、これを言っとかないと、森先生にクレームを言われちゃうかも知れないってのが説明の理由だ。


だがお嬢様の興味は別のところに向いたらしい。


「そこまでして、なぜ歴史研究会もあるのに別の部活をお始めになったの?小山内さんと一緒にいたかったからかしら?」


あんた、何を言い出すんだ?

今でこそ、俺は小山内に控えめに言っても好意を持っているが、むしろあのときの俺は。


「いいえ。違うわ。私が誘ったのよ。」


誘ったというと、俺に自由意思があったように聞こえてしまいますよ、凜香さん。

まあ、最終的には俺自身で選んだのは間違いない。

すると、やっぱりあれは誘われたってことなのか。


「やっぱりそうですのね。」


なぜかお嬢様は、予想どおりというような顔つきになり、小山内は渋い顔をした。

いったい何が起こってるんだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ