第137話 再会は突然に (1)
何度も言っているが、俺は超能力なんてマンガかラノベみたいな能力を持っているが、それ以外は普通の高校生だし、現実世界を生きている。
たまにラノベで見かけたような展開になることもあるが、それは現実で起こり得ることをラノベが書いてるから、それが偶然俺に降り掛かってきただけのことだ。
俺はいま、頭の中でそう確認しなきゃならない事態に直面していた。
今日は2学期初日で、今は朝のホームルームだ。
夏休み気分が色濃く残る始業式の前の時間帯のせいで、教室がいつもにも増してざわざわしているのも当たり前に思える。
ただ、担任の今井先生が朝の挨拶の後に発した言葉がこのざわざわの原因になったのは間違いない。
このざわざわの種類をあえて言えば困惑と期待か?
普通は起こらないはずのことが起きたことへの困惑と目の前の存在への期待。
「ねえねえ、テル、知ってた?」
「いや、知らない。この学校でもアリなのか?」
後ろのホリーが俺の背中をつついて聞いてきた。
勘のいいやつならそろそろいま何が起こりつつあるか気がついただろうが、俺自身信じたくないのでもうちょっと現実を受け入れる時間をくれ。
「では、自己紹介してください。」
容赦なく、今井先生は促した。
だがまだ他人のそら似ってこともある。
怖くて特定の方向を見られないせいで俺の視界が狭まってるからな。見間違いってことも十分すぎるほどあるはずだ。
それに、こんなラノベみたいな展開なら、そっくりの他人なんて展開があってもいい。
「初めまして。この2学期からこちらの学校に編入して来ました。この1年間カナダに留学していましたので、中途半端な時期ですが今日から皆さんと一緒に学んでいきたいと思っています。よろしくお願いしますわ。」
名前は?
という好意的な空気が教室の中を流れた。
まあ俺は、名前を聞かなくてもあのお嬢様口調で覚悟ができたがな。
「はい、自己紹介ありがとう。薮内悠紀さんです。みんなよろしくな。」
帰国子女枠ってこの学校にもあったんだな。
出来るだけ思考を逸らす。
そうでなければ、俺を見てにっこりするお嬢様に反応してしまいそうだから。
反応するのは背筋を流れる汗だけでいい。
「それじゃ、あの空いてる席について。」
今井先生が1番窓側の列の1番後ろを指差した。
そうなんだよ。
今日登校してきたら、なぜか教室に机が1つ増えてたんだよ。
夏休みの補習で誰かが移動して戻し忘れか、と思ってたんだが。
こういうことだったのか。
「それじゃ始業式まで時間がないからすぐに体育館に行って。薮内さんはみんなについて行って。」
今井先生のその事務連絡に、つい俺は廊下の方に視線をやってしまった。
もちろん、恐ろしい笑顔で、「あんた知ってたの?どういうこと?」の視線を送ってくる小山内も目に入ってしまった。
俺がその視線に「知らない、誤解だ、許してくれ。」とこれも視線で返していると、小山内の表情から笑顔成分が一気に消えた。
なんだ?
俺はその瞬間、背後にヤバめの気配を感じて一気に振り返った。
「俺くん。お久しぶりね。体育館に案内していただけるかしら?」
もちろんお嬢様が華のある笑顔を浮かべて立っていた。
教室中の視線が俺に集中する。
もちろん、好意的な視線は一つも無い。
一番ましなのが、「どういう知り合いなんだ?」的なうさんくさげな好奇心を示している視線。
次が、「なんでお前なんだよ」、的な視線。
最悪なのが、「あんた、後で言いたいことがあるわ。覚悟しておくことね。」の視線。言うまでもなく小山内だ。
「あのな、藪内さん。いきなり俺だといろいろ問題があるから、委員長の榎本さんにいろいろ教えて貰った方がいいと思うんだ。ほら、転校したてなのに俺みたいなのと変な噂が立つと、やばいだろ?」
俺はしどろもどろになりながら、お嬢様のためにもなる提案をしてみた。
「せっかく知り合いのあなたがいるのに、なぜそんな必要があるのかしら?案内していただけますわよね?」
あ。これ、ダメなやつだ。
どんな抵抗も無駄っていう意味で。
俺に注がれる視線がさらに激烈になる前にとっとと降参してこの場を逃走しよう。
「わかった。じゃ、案内はする。」
主に小山内に聞こえるように、「は」の字に力を込めて返事した。
あらためて見ると、やっぱりお嬢様は美人だ。制服も似合っている。
「あら、藪内さん、お久しぶりね。この学校に編入されるのなら、言ってくれれば良かったのに。」
小山内が近寄ってきた。そうか、小山内も知り合いなんだから、小山内にお願いしよう。美少女同士、これから仲良くなってくれれば。
「そうだな。小山内…さん、俺より小山内さんの方が適任だ。藪内さんを案内してあげてくれるか?」
「あら、俺くんは、一度引き受けたことを投げ出ししまう方なのかしら?」
俺が小山内にお願いするのをまるで予想していたかのように追い詰められる。
小山内の目もさらに冷たくなる。
「ちょっとあんた、なに私に押しつけてるのよ。」
俺にだけ聞こえるドスのきいた小声で小山内がすごむ。
小山内の、お嬢様への正体不明の敵対心はまだ健在ですか。そうですか。
「わかった。じゃ、小山内、一緒に行こう。」
小山内の表情に、一瞬怒りが混じったが、どうやら納得してくれたようだ。
いや、納得はしてないな。
蹴られたから。
だが、長めのため息を付いた後、小山内は気持ちを切り替えてくれた。
「いいわ。藪内さん、行きましょう。」
小山内は、お嬢様の手を取る。
先生も言ってたとおり、急いだ方がいい。
視線の鋭ささえ気にしなければ、美少女2人が手に手を取る、人気のジャンルのラノベに出てきそうな光景なんだが、背後にあるのは咲き乱れるユリの花ではなく、俺への嫉妬と憎悪に満ちた野郎どもの顔だ。
それ以外のあんまり関心なさそうな奴らは、始業式に遅れないように既に教室を出たし、女子も竹内さんと榎本さんと河合さんが小山内を待ってるくらいだ。
「急ごう。」
「ええ。」
「はい。」
2学期が始まって、まだ授業が始まってもないうちからこの緊張感、たまらないぜ。
ちなみに、体育館にはギリギリ間に合った。
胃がキリキリしながらギリギリ間に合った。
許してくれ。