第136話 信頼 (3)
外国人の観光客も来るらしいお土産屋さんには、日本を前面に押し出したお土産も結構置いてあった。
陽香ちゃんが買うと言っていた絵はがきも、ここのお寺メインのものから、人気アニメのキャラクター入りのまでいろいろ。
そうか。
たしかに、ここのお寺よりアニメのキャラクターの方がずっと名前が売れてるもんな、などという罰当たりなことを考えていると、榎本さんが何かを選んでるのが目に入った。
「榎本さんも何か買うのか?」
「ええ。せっかく来たんですから、何か買おうかと。」
たしかにな。
あ、そうだ。
俺はお店の中を見渡して、俺の思いつきにちょうど良いものがないか探してみた。
あれがいいかもしれない。
「お姉ちゃん、このクッキーってこのお寺の名物?」
「わからないけど、日本のお寺で、クッキーが名物というのは変じゃない?」
「そうか。じゃ、このお菓子は?」
どうやら友だち用に、お菓子も買っていくみたいだ。
小山内姉妹がお菓子に気を取られているうちに、俺は目的のものを素早く選んでレジを済ます。
「あんたも何か買ったの?」
「ああ。ちょっとしたものだけど。」
「そう。ねえ、このお煎餅ってここのお寺の名物なの?」
「俺に聞くなよ。お店の人なら知ってるんじゃないか?」
「そうね。陽香、ききにいきましょ。」
小山内が姉妹でお店の人に尋ねに行った。
仲がいいな。
俺は母さん達にも何かお土産をと思ってお菓子コーナーを巡って見た。
饅頭とか煎餅、それにさっき陽香ちゃんが言ってたクッキーもある。
確かにどれが1番うまそうかと言われれば、クッキーかもしれない。
「ねえ、醤油味と味噌味ってどっちがいいと思う?」
戻ってきた小山内が何の文脈かさっぱりわからない質問をぶつけてきた。
「何の醤油味と味噌味だ?」
「もちろんお煎餅よ。」
何故もちろんかはわからないが、お土産用の煎餅の味ってことか?
「よくわからないけど、寿司に醤油つけるだろうから、外国の人にも醤油の方が馴染みがあるんじゃないか?」
「そうね。私も醤油のお煎餅が好きだし。」
「私もそうです。香ばしい香りも喜んでもらえるかもしれないですよ。」
榎本さんも会話に入ってきた。
たしかにお煎餅の香りはいいな。
「そうねじゃあ、陽香、醤油味がいいんじゃない?」
そういうと小山内は積んであった醤油煎餅の箱を2つ持ってレジに向かい財布を取り出した。
「待ってお姉ちゃん。」
「いいの。いつも妹がお世話になってますと姉が言ってましたって配って。そうじゃなきゃ姉がいるって聞いたことないなんて言われちゃいそうだから。」
「そんなことないよ。お姉ちゃんのことは友達にも話してるし、最近もお姉ちゃんの恋バナで…いや間違い、間違いです。何でもない。」
途中から陽香ちゃんの様子がおかしくなったけど、小山内にも恋バナがあったのか。
あ、菅原先輩のことか。
確かにあれは間違いだよな。
俺だけじゃなく陽香ちゃんも勘違いするんだから、俺のあの恥ずかし過ぎると勘違いは、「過ぎる」をとってもいいかもな。
「そう言えば俺くんは、どんなものを買ったのですか?」
俺の横で小山内姉妹の会話を一緒に見ていた榎本さんが尋ねてきた。
「後で見せるよ。あ、榎本さんは?」
「私はお饅頭にしました。」
「そうか。」
どうやら俺が選んだものとは被ってないみたいだ。
よかった。
「お土産も買えたのでそろそろ帰りましょうか。」
「そうね、帰りの電車の時間調べてみるわ。」
「じゃあ、陽香ちゃん、その荷物持ってあげるから渡してくれ。」
「これくらい大丈夫ですよ。」
「それじゃあ俺が何のために来たのかわからなくなるだろ。ほら渡して。」
俺と小山内姉妹は降りる駅が同じだ。
ドイツから小山内の家族が帰ってきて、小山内が小学校の時に住んでいた家に今戻ってるからな。
だから俺が荷物持ち要員に最適だったんだろう。
「じゃ遠慮なく。お姉ちゃん、やっぱり俺さんはいい人だね。」
「陽香、あんた現金ね。」
「今からゆっくり駅に向かうとちょどいい感じに電車があります。だいたい20分ほど。」
「じゃあ、そうしよう。買い残したものはないか?」
夏とはいえ夏休み終盤は段々と日も短くなってきている。
家に着く頃には夜になってるかもしれない。
俺たちと同じように駅に向かうお客さんが何人か歩いている。
俺の横で陽香ちゃんに話しかけてる小山内の横顔はとても満足げだ。
あの恥ずかしい体験があったけど来てよかった。
陽香ちゃん誘ってくれてありがとうな。
のんびり歩いて駅に着く。すぐに電車が来て乗り込んだ。幸い空いていて、向かい合わせの座席がまるまる4人分空いているところがあった。
楽しかった今日もあとは帰りを残すのみだ。
また陽香ちゃんと遊べるように約束した通り頑張ろう。
「俺くんはお土産に何を買ったんですか?」
「クッキーを買ったんだ。」
「お寺でクッキーって変じゃない?」
「美味しそうだったからな。」
「そうね。日本風にこだわらなければ1番美味しそうだったわ。」
「だよねお姉ちゃん。」
「でもあなた、他にも何か買ってなかった?」
そろそろいいかな?
「ああ。ちょっと待ってれ。」
「?」
俺はお店の人に入れてもらったレジ袋から、4つの紙の小袋に入ったものを取り出し、レジ袋に入れる前につけてもらった目印のついた2つが小山内姉妹にあたるようにして配った。
「何これ?」
受け取りながら小山内が不思議そうに尋ねる。
「俺たちの、メモリー?とにかく開けてみてくれ。」
うまく言葉にできないが伝わってくれよ。
「かわいい!」
最初に声を上げたのは陽香ちゃんだった。
手にしているのは赤いアクリル製のカモの形のチャームだ。
チャームってのはキーホルダーの先っぽだけのものでいろんなところにつけられるものらしい。さっきお土産屋さんで教えてもらった。
「私は緑ですね。ありがとうございます。」
榎本さんも笑顔で手の上に乗せたカモのチャームを見ている。電車の窓から差し込む太陽の光を反射してきらきら輝いてる。
陽香ちゃんのとは色違いだ。
ちなみに俺のも同じものの色違いで青色。
「私のは陽香と同じ色。」
そうだ。これから小山内と陽香ちゃんはまた遠く離れてしまうから、同じ時を時を過ごして、同じものに触れた証として同じものを持っていて欲しかったんだ。
お節介かもしれないがな。
「あなた…」
そう言いながら俺を見つめる小山内の目は心なしか潤んでいる。
「俺さんありがとう。お姉ちゃんと同じになるようにしてくれたんだね。」
陽香ちゃんは小山内の手元を見つめている。
「さっきのカモの親子が可愛かったから欲しくなっただけだよ。お礼なんていいよ。」
俺は照れ屋なんだよ。
途中で榎本さんと別れた俺たちは、とうとう自分達の駅に着いた。
駅を降りたロータリーで、両親と夕食に出かけるための待ち合わせをしているという小山内達とも別れることになった。
夕陽が差す駅前に小山内姉妹が並ぶ。
「俺さん、いろいろありがとうございました。」
陽香ちゃんが深々と頭を下げた。
「そんな。俺の方こそ誘ってくれてありがとな。楽しかった。」
そう言う俺を小山内が見つめている。
「私からもお礼を言うわ。」
「ああ。次は学校だな。」
「そうね。なんか夏休みがあっという間に終わった気がするわ。」
夏休み期間が終わるまで、まだ最後の補習が残されている。だが、小山内の言う通り休みはほとんど残されていない。
「嘘つき君」をやっていた去年まで、夏休みは長かった。だが今年は本当に短かった。
まあ、あれだ。充実してたってやつだ。
小山内も陽香ちゃんがドイツに行ってから初めて長い間家族と過ごす夏休みだったのだろう。
菅原先輩や七海さんがいたとはいえ、家族が一緒に居られないことを自分のせいだと責め続けていた小山内にとっても中学時代の夏休みは長かったのかもしれない。
俺は小山内の視線を受け止めて頷いた。
「そうだな。短かった。」
「俺さん、また会いましょう。それまでお姉ちゃんをよろしくお願いします。」
なんか含みのある言い方にも思えるが、やっぱり家族の中で1人残される小山内が心配なんだろう。
だから俺は、陽香ちゃんが安心してドイツに戻れるように胸を張って宣言した。
「ああ。もちろん。任せとけ。」
「もう、調子に乗って。ばか。」
一瞬吹いた夕風が秋に近いことを知らせていた。