第135話 信頼 (2)
「お姉ちゃん、俺さんが、その、超能力を使った時にはその宣言したことが起こらなかったのは100%だった?」
小山内は俺にちらっと視線を走らせてから、疑問の余地のない口調で答えた。
「そうよ。間違いないわ。」
陽香ちゃんはすかさず質問を続ける。
「じゃあ、その回数は何回くらい?」
「10回は…いかないわね。」
小山内が俺を見ながら答えた。
俺自身の体験を加えていいなら桁違いにその数が増える。
だが小山内と再会してからなら、確かにそれくらいだ。
俺は僅かに頷いた。
「もし俺さんがさっき自分で説明した通り、宣言したことが起こらなかった理由に全て合理的に説明がつくというのなら、言い換えると俺さんが宣言したことが起こらない可能性が全てのケースにあった、というのなら、まだそのくらいの試行回数なら超能力があるという証明にはなっていないと思います。」
陽香ちゃんの言ってることは正しい。
さっきの男の子の場合も、そんな長時間意識を失っていたのなら、俺たちよりも先に通りかかった人が気付いていただろう。
だとすれば、男の子が意識を失っていたのはごく短時間で、重い症状になる前だったから、俺たちが声をかけたりしたのですぐに気がついただけ、なのかもしれない。
俺が経験してきた全てのケースで大なり小なりそういうことが言えるのかもしれない。
「でも、今、私に必要なのは、俺さんに超能力があることの証明ではなくて、俺さんが酷い人じゃないことの証明です。」
言われてみればそうかもしれない。
「俺さんは、あの子を助けたいと思ってあんなことを言った、ということなんですね。俺さんが誰かを傷つけたり、誰かの不幸を願ったりする人じゃないなら、当面はそれで十分です。」
期限付きだけど、何かのお許しが出たらしい。何のお許しかは謎だが。
その陽香ちゃんの言葉に、小山内はあからさまに安心した様子だった。
「小山内、まさか小山内まで俺のことを酷いやつだと?」
「違うわ。絶対に違う。」
小山内は珍しく慌てた。
これ、まさかほんとに?
「凛ちゃんが安心したのは、陽香ちゃんがきちんと俺くんのことをわかってくれたことについてですよ。」
榎本さんがすかさずフォローしてくれる。
「そうよ。だいたいあんたこそ私を疑うなんて。」
小山内も半ば以上に本気で怒ってる。
「悪い。」
たしかにな。今のは間違いなく俺が悪かった。
だが。
「陽香ちゃんが俺のことをわかってくれたことで、そんなに小山内が安心してくれると思ってなかった。だから勘違いしてしまった。ほんと悪かった。」
小山内が安心したのは、久しぶりに会った妹なのに酷いやつに会わせたって陽香ちゃんに思われたら、せっかくの帰国が台無しになったかも、ってことなんだろうか。それとも友だちの誤解が解けたことなんだろうか。
だが、小山内もなぜか微妙な表情をして「えーとそれは、あの。」とかよくわからない反応をしている。
俺たちがそうあわあわしている横で陽香ちゃんも、1人手を顎に当てて、「コペンハーゲン解釈」とか「観測?」とか「収縮」とか呟いて考えに沈んでいる。
なんだそれ?
とりあえず、ひとしきりのカオスがあったが、榎本さんの「せっかくの和菓子がかぴかぴになる前にいただきましょう」の一言で収まった。
いかにも柔らかくて美味しそうな和菓子の魅力はそれほどのものだったんだ。うん。
ようやく、まったりとした時間を取り戻しクーラーを堪能したころ、ふと気になった。
「ところで、陽香ちゃん、お土産なんだけど、何個くらい買う予定なんだ?」
「ええと、友だち分が…」
陽香ちゃんは指を折って数え始めたんだが、すごい勢いで増えていく。
それが20人近くいったところで、友だちセクターが終わって、今度は近所の人のカウントが始まった。全部で30人ちょっとらしい。
そんだけ買い込むならたしかに荷物持ちがいると思うんだが、お小遣い足りるのか?俺、ちょっとだけなら貸せるけど。
「普通の友だち用には絵はがきのセットをいくつか買って行って1枚ずつ好きなものを選んで貰おうかと。親友用やご近所のお家用には日本的な置物何かを考えてます。」
「もし、お小遣いが足りなくなったら、少しくらいは貸せるから、遠慮無く言ってくれな。」
「ドイツに戻ったら返せなくなりますよ。」
陽香ちゃんはいたずらっ子みたいな表情を浮かべた。
「大丈夫だ。その時はお姉ちゃんに返して貰うから。」
「えっ?今月のお小遣い足りるかな?」
「冗談だよ。なんだか、陽香ちゃんにはいつかまた会える気がするんだ。」
これは返さなくていいよ、の婉曲表現なんかじゃなくて、ほんとにそんな感じがする。
「へえーそうなんですか。」
陽香ちゃんは、俺の言葉に興味深そうな表情を浮かべた。
「俺さんは予知の超能力も持ってたりするんですか?」
「それは次回会ったときに教えるよ。楽しみにな。」
「次はどんなタイミングで会えるんでしょうね。」
「そうだな。」
ドイツという遠い国に住んでるから、次の夏休みにだって一家で帰ってくるとは限らない。その頃には小山内ともっと仲良くなっていたい、とは思うが、小山内が俺に愛想を尽かしている可能性もある。
あれ?
友だちの妹だからそのうち会える、とかいう難易度じゃないのか。
すくなくとも、ある程度先の将来まで小山内が俺を見限らない、という条件があるのは間違いなさそうだ。
「そうだな。小山内次第かな?」
「あんた次第よ。」
すかさず小山内が突っ込んでくる。
そう言われればそんな気もする。
「そうか。俺次第か。なら頑張るよ。」
「俺さん、何を頑張るのですか?」
すかさず陽香ちゃんが突っ込んでくる。
「小山内に愛想尽かされないように、かな?」
陽香ちゃんと小山内が俺を見つめた。
「ほんとに俺さんわかってるのかな?」
「ねー。」
「ねー。」
なぜか残りの2人が同意した。
さて、じゃ、お土産屋さんに行こう。