第134話 信頼 (1)
「内緒話は終わりましたか?」
小山内との会話に気づいていたのか、陽香ちゃんが振り返って聞いてきた。
ただ、その口調には、いつものような、陽気さのトーンが感じられない。むしろ冷たさを感じると言ってもいいかもしれない。
「陽香…」
小山内もそれを感じ取ってるんだろう。
「ああ、終わった。」
「いいの?!」
俺は声を上げた小山内を手で制して陽香ちゃんに問いかけた。
「今から少し話してもいいか?お土産を買う前にってことだが。」
「はい。」
「榎本さんもそれでいいか?」
「俺くんと凛ちゃんがいいなら。」
「ユリちゃん。」
陽香ちゃんを外したその榎本さんの答え方から、陽香ちゃんは榎本さんも何かを知っていると感じ取ったようだ。陽香ちゃんは興味深そうに榎本さんに視線を送った。
「ということで、どこか座る場所はないかな。日陰限定で。」
俺は努めて明るい調子で声に出し、みんなで座れそうな場所を探して辺りを見回した。もちろんもう一つの条件は口には出さない。
誰にもこれからする話しを聞かれない場所、という絶対条件を。
さすがに観光地化しているお寺の門前だけあって、喫茶店というのか、和菓子と抹茶をいただけるというお店がすぐ側にあった。
このお店なら涼しいし、話し込むにはいいだろう。
みんなで店に入り、奥の4人掛けのテーブルに座る。
俺の隣は小山内で、正面は陽香ちゃんだ。
「涼しいな。」
「そうね。」
小山内の顔色は優れない。
大丈夫だ、正直に話せばわかってくれるって。小学校のときとは違って、俺には強い味方が2人もいるからな。
「何か頼まないとですね。」
「そうだな。何にしようか。あ、陽香ちゃん、抹茶は大丈夫だった?」
「大丈夫です。抹茶ミルクなら。」
あ、なんか可愛い。
なんてことを言っていられるような視線じゃない。
小山内のほうから飛んでくる視線もまた暢気なことをいっていられる視線じゃない。
「陽香ちゃん、今から俺が話すことは、全部本当のことだ。あらかじめ言っておくけど、100人に言えば100人とも信じられないと言うくらい信じられないことだ。だけど、本当のことだ。」
陽香ちゃんは頷くだけ。
「実はな。」
小山内と榎本さんが息を呑む。
無性に冗談をかましてみたくなった。
その俺の心の動きがなぜかばれて、小山内にテーブルの下で蹴っ飛ばされる。
いやいや、わかってるぞ。さすがに。
そう思っただけだ。
「俺は、超能力を使える。」
一気に陽香ちゃんの視線の温度が氷点下に急降下した。
「そういう冗談は聞きたくありません。」
そりゃまあ、普通に聞いたら、場を和ませようとして冗談をかましたように聞こえるだろうな。
「嘘をついてるわけじゃない。俺の超能力は、俺が絶対起こる『間違いない』って意味の言葉をつけて言ったことは絶対起こらないっていうものなんだ。」
「陽香、これは本当のことなの。私も最初は信じられなかった。でも、何度も、何度もその超能力が発動したとしか思えないことが起こったの。」
小山内も必死に俺を助けてくれる。
「俺の超能力が発動して、俺が絶対起こると宣言したことは、合理的に説明できる理由で起こらない。だから、一度や二度だったら、起こる可能性が少ないことが偶然に起こった、というだけなのかも知れない。だが、そういうことが何度も繰り返し起こっている。それは、偶然にそうなった、と考えるより、俺が超能力を使えると考えたほうがよっぽど説明がつくことなんだ。」
「俺くんの言っていることは本当なのです。私はその超能力を使って助けて貰いました。」
榎本さんも自分の経験を話すことで応援してくれる。
だが、陽香ちゃんの厳しい目は変わらない。
「陽香憶えてる?私がこの前コンビニで振り込め詐欺に遭いそうになってるおばあちゃんを助けて表彰されたことを。」
陽香ちゃんの目に、ようやく動揺の色が混じった。
「まさか、そのことも、俺さんの超能力だって言うの?」
「あれは、俺の超能力と、小山内の努力が合わさったものだ。」
「そうなの。超能力のことを言うことができなかったから、私だけが表彰をうけたけれど、あのとき、超能力が無かったらどうなっていたか。」
「でもそんなこと信じられない。人の言葉だけで現実が変わるなんて。」
「だよな。」
「えっ?」「えっ?」
小山内と榎本さんの声がハモった。
だが、何を隠そう俺だって、俺以外の超能力者に会ったことはないし、スプーンだって曲げられやしない。
ましてや未来を変えてしまえる超能力だなんて、な。
「だが、実際にそうなってしまう、いや俺の場合はそうなってしまわない、というのが正しいのか?とにかく、超能力だとしか説明するしかない何かがあるんだ。」
俺は陽香ちゃんを正面から見つめた。
「陽香、さっきのことを思い出して。俺くんが口にした2つのことがどっちも起きなかったでしょう。」
再度榎本さんが援護してくれる。
「あ、あれは、あの子の症状がそんなに重くなかったからでしょ。」
「そうかもしれない。でも、俺くんが口にしたその通りのタイミングであの子は意識を取り戻した。」
「それは…」
陽香ちゃんの心がぐらついたのを感じとったのか、すかさず榎本さんもまた話に入って来てくれた。
「そういうことを、私も凛ちゃんも、その他の人たちも何度も体験しているのです。」
「そうなの。それで、何人もの人が命の危機を脱したり、犯罪から救われたりしてるの。」
「凛ちゃん、そんなことあったのですか?」
「ユリちゃんごめんなさい。余計な心配をかけたくないから黙ってたんだけど、実はそうなの。」
榎本さんは、敬意と心配が複雑にミックスされた視線を俺に送ってきた。
俺は「大丈夫。」とでもいうように軽く頷いてみせる。
「陽香ちゃん、これが俺の秘密だ。いきなりこんな話をして納得してもらえることじゃないのはよくわかっている。ただ俺は小山内の家族である陽香ちゃんに嘘をつきたくないから、話した。」
それでも「嘘つき」と言われてしまうなら、俺にはもうどうすることもできない気がする。
陽香ちゃんの結論は、一体?