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 第132話 お寺にて (2)

あるいは、俺の気持ちが表情に出てて、その変化がただ単に面白かっただけなのかも知れない。

だが、前のプールのときといい、陽香ちゃんは俺と小山内との関係が前に進むようにアシストしてくれてるような気もする。


今回だって、まだ俺が荷物持ちで役に立つようなことは何もやってないし、わざわざ俺を指名して呼ぶ必要も無くて、一緒にプールに行ったホリーたちを呼んでも良かったと思うんだ。あっちは俺と違って一流イケメンだしな。

それに、今日、小山内と会ってなくて、学校でいきなり顔を会わせてればどんな惨事になっていたか。


俺はそういう疑問を込めて、陽香ちゃんを見つめた。


「俺さん、私をそんな風に見つめてて大丈夫ですか?」

「大丈夫って、何が?」

「はい、回れ右してみましょう。」


俺は右を向いた。


「それは、回れ右ではありません。」


わかってる。

ただ、右を見た時に視界の端に映ったもので、言いたいことがわかったから、途中で止めただけだ。


なぜか、お寺のパンフに載ってなかった不動明王が見えた。



「あんたね。陽香に手を出したら、許さないわよ。」


ケルベロスすらいい子でお座りしたくなるようなような声だ。


「それはない。」


俺は自信を持って答えた。


「あんた、陽香がかわいくないっていうの?」

「いや、とてもかわいいと思う。」

「やっぱり。あんた。」


これは、どういうルートを通っても地獄に引き込まれるパターンに違いない。

だったら、フィールドを変えよう。


「おまえな、ここをどこだと思ってる?」

「?」

「さすがの俺でも、お寺の中、それもご本尊の前で変なことなんかしないぞ。」

「だって。」

「小山内、お前そんなに俺が信用出来なのか?」

「それは…そんな言い方は卑怯よ。」


建物の外から入り込む僅かな光に照らされた小山内は、つんと口をとがらす。若干ほっぺたもふくらんでるみたいだ。

かわいい。

小山内かわいい。

いやいや。

ご本尊の前で不謹慎な。


「とにかく。おれは、陽香ちゃんには手を出したりしないから。ここでも、どこでもな。」

「そんなの信じられない。この前だって」


そこで小山内は、はっと気付いたように言葉を途切れさせた。


「俺、この前、何かしたか?」

「言えるわけ無いでしょ。」


「はい、そこまで。榎本さんが呆れてるよ。」


陽香ちゃん、止めるならもうちょっと前に止めて欲しい。この前俺が何をやらかしてしまったのか、気になってしまうじゃないか。


「私は、その、呆れてはいません。ご本尊の前で、その痴話げんかっぽいのは不謹慎だなーとは思いましたが。」

「痴話げんかじゃないわ。」

「そうだ。断じて違う。」

「お姉ちゃんと、俺さん、息がぴったりだね、」

「それはない。」「それはないわ。」


陽香ちゃんが茶化した通りになって、2人とも口をつぐんでしまう。


陽香ちゃんは小山内より上手か?

なら俺が太刀打ちできるわけがない。


「ねー、本人たちがどう思ってるかは別として、痴話喧嘩だよね。」


陽香ちゃんはさらにたたみかける。

そこで俺は閃いた。


「な、小山内。陽香ちゃんが俺たちのことをそんなふうに思ってるのに、俺が陽香ちゃんに手を出す気になるはずないだろ。」


小山内はそれでも「うーっ」と唸ってたものの、榎本さんが、


「さ、凛ちゃん、お参りしましょ。これだけ御本尊さまの前で大騒ぎして注意を引いたんですから、きっと大事なお願いをすれば聞き届けてくれます。」


という言葉をきっかけにようやく戦闘態勢を解いた。

もっとも、その後、俺が小山内の隣に並んで御本尊さまを拝もうとしたら、「あっち行って。」と言われたんで怒りは解けてないようだ。

俺を追い払った小山内はぶつぶつ何か拝んでたんだが、怖くて何をお願いしたのか聞けずじまいだった。



まあそんな緊迫した一幕もあったが、お寺の中にある大きな池に住み着いたカモに餌をやったり、榎本さんと陽香ちゃんのおかげもあって、楽しいひと時だった。


次は陽香ちゃんがお土産を買うことになってるんだが、お寺の外に土産物店があったのでそこに行くことに。

その前に、お手洗いに行っておくことになった。


「ねえ。」

「なんだ?」


一足先に戻って来た小山内がお手洗いから少し離れたところに置かれたベンチを見ながら声をかけて来た。


「あの子、様子が変じゃない?」


ん?

たしかにベンチに腰掛けている幼稚園か小学校低学年くらいの男の子が俯いて動かない。


「こんな暑い日にあんな日向のベンチでお昼寝なんて変よ。もしかすると。」


俺と小山内は頷き合ってベンチに駆け寄る。


「ぼく、大丈夫?」


俺は小山内が声をかけている間に辺りを見回す。さっき自販機を見かけたような。


「顔が真っ白。」


小山内は焦ったようにつぶやく。

男の子は反応しない。

小山内が男の子の手を握る。


「手が冷たい…」

「小山内、俺は体を冷やすものを買ってくる。小山内は声をかけ続けて。榎本さんが戻ってきたらお寺の入場券売り場か事務所に行ってもらって職員の人を呼んできてもらってくれ。」

「わかった。でも急いで。」


不安そうな表情の小山内に俺は強く頷く。


「すぐに戻る。」


俺は小山内の返事も待たずに駆け出した。さっき見た自販機はお手洗いの近くにあった筈だ。

走りながら財布からありったけの小銭を出して握りしめる。


あった!


記憶より少し遠いが、自販機が目に入った。

スポーツドリンク売っててくれよ。


自販機の前に立ってもどかしい思いをしながら、商品をチェックする。

あったぞ!


焦ると硬貨を入れるのも難しい。落ち着けと自分に言い聞かせながら何本も買う。


手で持てない分はリュックに詰め込んで、トップスピードで走って戻る。

いや、運動部じゃないんでそんなに速くないけどな。


戻ると小山内がまだ意識の戻らない男の子をベンチに寝かせて、さっき駅を降りた時にもらったうちわで必死に仰いでいた。


「小山内ちょっと代わって。」


俺はそう声をかけると買ってきたペットボトルを男の子の両脇と太ももの間に押し込む。


だが飲ませるためには意識を取り戻させないと。

よし。

小山内の視線を感じながら俺は手に持っているスポーツドリンクの封を切りながらつぶやく。


「今俺の目の前にいる男の子は30秒後も意識を失っている、間違いない。俺が今から飲ませるペットボトルのスポーツドリンクも絶対にこぼしてしまう。絶対。」

「俺さん、なんていうことを。」


俺の、そして小山内の背後で悲痛な声を上げたのは陽香ちゃんだった。

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