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第13章 夏の終わりと秋の始まり 第131話 お寺にて (1)

あの日、というかあのあたりの日にあったことは、きっと高校生なら普通のことだ。

だって青春真っ只中の夏休みだもんな。


…。

……。

………。


そうだ。

出家しよう。

うん。それしかない。


というわけで、今俺は寺にいる。


まじで。


「あの奥にあるのが重要文化財の講堂だそうです。」


榎本さんが入り口で渡されたマップを片手に木造の、いかにも由緒ありげな建物を指差した。

空色のTシャツが榎本さんにはとてもよく似合っている。


「お盆過ぎたのになんだかますます暑くなってない?」


首筋に汗を浮かべて太陽を眩しげに見上げる小山内は、前に一度見たことがあるワンポイントの入った白い半袖のブラウスに、ライトグレーの膝を隠すくらいの丈のプリーツスカートだ。


「日本の夏ってこんなに暑かったんでしたっけ?」


陽香ちゃんがハンカチで汗を拭いながら聞いてきた。

陽香ちゃんはミントグリーンと白のボーダーのノースリーブにデニムのスカートをはいている。

ちょっと子供っぽいかもしれない。


「ユリちゃん、俺さん、こんな暑くなるって思ってなくて、付き合わせてしまってごめんなさい。」

「いいですよ。私はお寺とか神社に行くのが好きで、夏休み中に行ってみたいと思ってたんです。」

「俺の方も気にしなくていいよ。俺だってプールに付き合ってもらったんだから。それよりドイツの友達にいっぱい話ができるように、行きたいところに行ってくれ。どこでも付き合うから。」


そうなんだ。

俺はお寺に出家しにきたんじゃなくて、陽香ちゃんがドイツに戻る前に日本的なところを巡って土産話とお土産を仕入れたいということで、まあ荷物持ちに来たんだな。


榎本さんが一緒なのは、パーティで陽香ちゃんと仲良くなったのもあるが、さっきの言葉通り、榎本さんがお寺とか神社に詳しいからだ。


ここの寺は俺たちに地元から電車を乗り継いでだいたい1時間半。

由緒正しいお寺で教科書にも載ってたり載ってなかったりする。

どっちだっけ?


とにかく、榎本さんによると外国人観光客も訪れるレベルの有名さだから、「陽香ちゃんのお土産話にちょうどいいです。」ということだった。



話は少し遡る。


あの公園での恥死確定の一件の後だ。

完全にのぼせ上がりモードでお盆を過ごしていた俺に、小山内から連絡が来た。

お盆明けに陽香ちゃんと榎本さんと一緒に、出かけることになったのであなたも来なさい、とな。

「陽香のご指名だからいいわね。」という有無を言わさぬものだったんだが、俺も陽香ちゃんのご指名なら断る理由はないので、承知した。


もちろん、小山内たちと駅で落ち合った瞬間に、榎本さんが不思議がるくらいに俺と小山内はしどろもどろになった。

そんで榎本さんが致命的な誤解をしかけて、陽香ちゃんが、「この2人の歩みは亀さんより遅いから、ユリちゃんの想像の4段階くらい前でうろうろしてますよ。」とわかったようなわからないような解説がされた。

その説明に何故か一発で理解を示した榎本さんは、菩薩のような顔で、「まだ高校生活始まったばかりですから大丈夫です。」とこれまたわかったようなわからないようなことを言った。


だがな、女子と付き合ったことのない俺でも、さすがに小山内が俺を異性として意識してくれてるかもしれない、ってのはわかったぞ。

だから亀扱いはやめろ。


とにかく、陽香ちゃんと榎本さんの変なやりとりのおかげで俺と小山内はさらに固まっちまった。


そのまま4人が炎天下で干からびていくのか、と俺は覚悟を固めかけた。だが、そんな俺たちを放置して陽香ちゃんと榎本さんが楽しく喋りながらずんずん先に改札の中に入って行っちまうもんだから、俺と小山内は、「待って。」、「待ってくれ。」といいながら追いかけて、ぎこちないながらも動き始めて、次第にいつもの調子を取り戻して今に至ると。

長い道のりだった。

ふう。


乗り換えを2回して着いた駅から少し歩いて、今いるお寺に着く頃にはそれほど意識しないで小山内と話ができるようになったから、陽香ちゃんと榎本さんには感謝だな。

あのまま学校で直接小山内と出会ってたらどうなってたか。


「建物の中に入りましょう。日陰に入ると少しは涼しくなると思うのです。」


榎本さんの言う通り、とりあえず上り口で靴を脱いで建物に中に入る。この建物も文化財らしいが、地元が指定する文化財で、さっき榎本さんが話してた重要文化財の講堂とは意味が違うらしい。


「なんか暗過ぎて何も見えないんだが?」

「あんた、暗順応って知らないの?一旦目をしっかり閉じて目をパチパチしてみなさい。」


小山内が教えてくれた通りにすると、だんだん目が慣れてきた。


「いや俺も知ってたんだけど、お寺ってこういうもんかと。」


目が慣れたせいで、俺のその言い訳に小山内が冷たい視線を送ってきてることまで見えてしまった。


「俺さん、大丈夫です。ちゃんと前に進んでますから。」

「陽香。余計なこと言わないの。」


小山内はちょっと慌てたようにダメ出しした。

暗さに目が慣れるまでみんな立ち止まってるんだが、進んでるとはどういうことだ?


「あの、入り口で止まってると後の人のお邪魔になるかも。」


榎本さんが促して、俺たちは中に進んだ。

中にはいくつか仏像が安置されている。


「あんまり大きくはないのね。」


正面の何を考えていらっしゃるのかよく分からない表情の御本尊らしき仏像の前で小山内がぽろっと言ってしまった。


「小山内、ちょっとストレートすぎだ。」

「あっ、そうね。ごめんなさい。」


パンフレットの解説だと鎌倉時代から伝わる由緒正しい仏像で、写真うつりのせいか、俺ももっと巨大なものかと想像していた。

だが実際は等身大より少し大きめか、という感じだ。

お賽銭箱の向こうに読経のためのスペースがあるから、少し御本尊まで距離があるから近寄ればもっと大きいのかもしれないが。


「お姉ちゃん、俺さん、まずはお参りしましょう。」

「ええ。陽香、お賽銭持ってる?」

「うん。ご縁があるようにって、5円玉をいっぱい持って来た。お姉ちゃんは5円玉持ってる?」

「え?ええと。」


そう言いながら小山内は財布を探し始めた。

それにしても陽香ちゃんは準備がいいな。

俺なんか、小山内と会うことになるってだけでいっぱいいっぱいになって、とてもお賽銭の準備にまで気が回らなかった。


「お姉ちゃん、両替しようか?」


陽香ちゃん、両替できるほど持って来てたのか?

もしかして、小山内が持って来ないのを予想してた?

まあ今朝俺と会った時小山内の様子が変だったから、家で俺を誘うことになった時点で、小山内も俺と同じようにいっぱいいっぱいになったのかもな。


あれ?

それってもしかすると単に俺を異性と意識してる以上のなのでは?


とそこまで考えて、俺は考えにストップをかけた。

プールに一緒に行って調子に乗って、発掘の時に痛い目に合ったばかりだからな。都合のいい妄想はやめとこう。


そう自分を戒める俺を陽香ちゃんがおもしろそうに見ていた。


なんなんだ、この全てを見透かされている感覚は?

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