第128話 七海さん (4)
その時、俺はあることに気がついた。
これって苦しみの本質は、俺や小山内が背負ってきたものと同じじゃないのか?
俺は俺が持つ超能力が故に「嘘つき君」と呼ばれ友達もできずに苦しんだ。
小山内は、自分を残して行ったことで両親や陽香ちゃんが苦しむのは、自分の能力が陽香ちゃんと並べるほどのものでなかったせいだと苦しんだ。
俺たちは2人とも、自分の力で解決出来ないものに直面して、押しつぶされそうになって苦しんでたんだ。
だがそれでも俺たちは、再会して、曝け出しあって、そんでなんとか今という時を歩んでいけてる。
だから七海さんにも苦しみを乗り越えて前に進んで行く方法があるはずだ。
「なあ、小山内。」
俺は悲しそうに七海さんを見るばかりだった小山内に話しかけた。きっと小山内は、俺が俺の話をすることを許してくれるだろう。
小山内は微かに涙を浮かべた瞳で俺を見た。
「俺もさ、七海さんとは全然違う形だけど悩んでたんだよ。」
小山内が知ってることを、まるで初めて話すかのように話しかけた俺に小山内が戸惑っていることを、小山内の瞬きが伝えてきた。
「俺はさ、小学校の時からあることで悩んでて、中学じゃそれが元で孤立しちゃって、今の高校も、まあ地元から逃げてきたようなものなんだ。」
七海さんのほうは、俺が話し始めた内容はわかったようだが、何を言いたくてこんなことを話しを始めたのかわからないようだ。
まあ当然だろ。俺たちがどんな目的で来たのかも知らないんだし。
「それでも、俺はある人と出会って、その苦しみの元となったものでも必要としてくれている人がいることを知って、不格好なりに前に進もうと思ったんだ。そんで、今の俺がある。」
俺は、俺の経験を話すことしか出来ない。それも、七海さんに何かのアドバイスをするような形で話したとしてもきっと伝わらない。結局、俺は、七海さんの直面している苦しみがわかるとは到底言えないし、初めて会った人間にそんなことを言われて耳を傾けるれる人なんていないからな。
だから、俺が出来ることは、逃れようが無いように見える苦しみでも、俺の場合は小山内のおかげでなんとかなった、という話しをすることだけだ。
だから?
だから、せめて思い詰めるのだけはやめてくれ、ってことか。
俺も自分がこういうことが話すことが正解だとか、ベストだとか思って話しているんじゃない。ただ、何か出来ないかという想いで、自分が出来ることを探したら、これを思いついた、ということだ。
苦しみを一発解決できる妙案なんてそうそう俺に出てくるはず無いだろ。マンガに出てくる天才少年じゃないんだから。
話を終えて、俺が小山内に注ぐ視線に、小山内は優しい視線で応えてくれた。
「お姉ちゃん。私もね、聞いてほしいことがあるの。」
小山内は俺の話を感情を見せずに聞いていた七海さんに話しかけた。
「私が初めてお姉ちゃんに会った頃、私は、家族に置いて行かれて、友達もいないここに引っ越してきて、ひとりぼっちになって本当に辛かったの。ほら、中学校に入学したときって、同じ小学校から来た子達が先ずグループ作って行くでしょ。だから、余計私は入っていけなかったし。」
小山内が中学に入った時にひとりぼっちになった理由は小山内の言う理由もあるんだろうが、それ以上に、小山内が学年トップレベルの美少女だったから、声をかけにくかったってのもありそうだ。俺はなんとなくそう感じた。
「そんな時、公園で1人でぼーっとしていた私に、お兄ちゃんが意地悪してきたのよ。」
えっ?
そうなのか?
「おまえいつも1人でいるな、友達いないのかよって。」
そう懐かしそうに語る小山内。
「その日まではね、私は1人だって泣くもんかって思ってたし、そのせいで余計に仲間に入れてって言い出せなかった。でもね、お兄ちゃんの言葉でね、いろんなのが一気に押し寄せてきて、大声で泣いちゃったのよ。私は普通に暮らしてただけなのになんでこんな辛い目に合わなくちゃならないのよって。」
俺は、小学生の時に小山内にかけられた言葉を思い出した。
「俺君が絶対起こるって宣言したことは絶対起こらないんだったら、いつかヒーローになれるじゃない?」
「助けて」でも「ヒーローになって」でもない。高校に入って再会して、その日のうちに俺を恐怖に陥れたくらいに俺の超能力に望みを託してやがったくせに、小山内が小学生の俺にかけた言葉は「助けて」ではなかった。小山内はそういう強いやつだった。
その小山内が、中学生になって、ひとり公園で耐えて、かけられた言葉に気持ちを溢れさせた。その姿を想像して俺は胸をかきむしりたくなるほどの痛みを感じた。
「あの頃の私は、ひとりぼっちになってもきっと誰かが魔法を使って私を助け出してくれる、こんな辛い思いはずっと続いたりはしない、そんなありえないことに縋って耐えてたの。でも、ようやくかけられた言葉が、私が待っていたのと正反対の言葉だったから、もう耐えられなくなっちゃった。」
小山内はその時の気持ちを思い出したのだろう。
さっきよりももっと泣きそうな顔をしている。しかし、涙で溢れそうになっているその瞳はしっかりと七海さんを見つめていた。
「お兄ちゃんはね、ちょっとした意地悪のつもりで声をかけたらしいの。でも、私が大泣きしちゃったから、おろおろしちゃって。」
ひとりぼっちの可愛い女の子を見つけて悪戯心でも起こしたのだろうか。あるいは純粋に声をかけるための軽い口火に放った言葉だったのかもしれない。
女の子と付き合った経験のない俺なら、高校生になった今ですら、初めて見る女子にそういう声の掛け方をしてしまうかもしれない。
「それでお兄ちゃんがお姉ちゃんを引っ張ってきてくれたのよね。憶えてる?」
「うん。憶えてる。近所の、挨拶くらいしかしたことのない男の子がいきなり家に訪ねてきて驚いたわ。
それで、何を言われるんだろうっておっかなびっくり外に出たら、女の子を泣かしちゃった、来てくれって言っていきなり手を引っ張られて連れ出されて。」
七海さんはおかしそうにくすっと笑った。
表情がいつに間にか戻ってきている。
「私はその時中3だったんだけど、毎日毎日がピアノピアノだったから、そんなふうに男の子に手を引っ張られたことも、家から連れ出されたこともな初めてだった。」
「お姉ちゃん今更だけどごめんなさい。」
「いいの。私にとってはじめての新鮮な経験だった。もちろん凛香ちゃん、あなたと出会えたこともね。」
七海さんが目を細め、小山内が頷き返す。
2人がたどった時間は小山内と七海さん両方にとってかけがえのない、一時の安らぎの時間だったに違いない。
それは小山内と七海さんと、そして菅原先輩の物語だった。