第124話 複雑 (7)
そんな、彼氏だか憧れのだかがいる小山内相手に俺はいったい何をやってるんだって一幕もあったが、俺たちは無事に学校に戻ってきた。
ちなみに、今日は藪内さんの家には寄ってないから、小山内に蹴られることもなかった。
その分、昨日と違って、今日は荷下ろし作業がある。
ええ、ちゃんと働いたとも。
小山内の分まで、と言いたいところだが、そこまでは出来なかった。
期待に添えず悪い。
その後、俺の予想どおり、菅原先輩が小山内を送っていくと言ったんだが、不思議なことに小山内はあっさりとそれを断った。
なかなか会えないんだから、こういうときに一緒にいなくてどうするんだよ、と思ったんだが、もちろんそれは建前というか、本心とはかけ離れた感想、だ。
菅原先輩もなぜか一度断われただけで、「そう?」とだけ言って他の先輩たちの輪に戻っていった。その途中で俺の方を意味ありげに見ていったのが引っかかるといや引っかかる。だがそれより、あっさり誘いを引っ込めたってことはもしかして、小山内と菅原先輩は付き合ってはないんじゃ?という俺の心に立ったさざなみの方が俺には重要だった。
確認したいが恐くもある、というさざなみが大波になりつつある時、小山内がいつもの相談をするときの顔で俺に囁きかけてきた。
「帰りに、七海さんのことを相談するから、先に帰らないでね。」
「わかった。」
これが原因で断ったのか?
ようやく最後の作業が終わって、解散となったのは、それから30分ほど経ってからのことだった。
帰りに相談するつもりだったのだが、2日間の作業が大成功で終わった高揚感からか、一緒に作業をしていた各部のメンバーが一団となって、いろいろなことを話しながら駅に向かう。
もちろん、小山内は人気者だから、ずっと話しかけられてたので、相談できるチャンスは全くなかった。なのに、小山内は全然焦っていない。
なぜだ?
その謎が解けたのは、駅のホームに着いた時だった。
いつもは俺と反対方向の電車に乗って帰るのに、なぜか、俺についてくる。
「小山内、今日相談するなら一度駅を出ようか?」
小山内はきょとんとした顔で聞き返してきた。
「なぜ?電車の中ですればいいじゃない。」
「いや、おまえ、反対方向だろ?」
「あ、そういえば言ってなかったわね。私、いま、前に住んでた家にいるのよ。みんながドイツから帰ってきたから。」
ということは、小学校まで住んでた家ってことか?
「ドイツに行くときに、家具とかそのまま置いていったし、おばあちゃんがたまに換気のために家を見に行ってた関係で電気や水道もそのままにしてたから、いま、元の家に皆でいるの。」
「小山内が菅原先輩が送っていくってのを断ったのは。」
「そうなの。お兄ちゃんはおばあちゃんの家に私がいると思ってたの。送ってくれるって言っても元の家だといくら何でも遠すぎるでしょ。」
「そういうことだったのか。」
「ええ。」
顔には出さないが、小山内と菅原先輩が実は付き合ってはないんじゃないか、という望みがすっと消え去って行くのを感じた。
だが、俺に気持ちの変化があったのを感じ取ったのか小山内が俺の顔を覗き込んでくる。
俺はバレるのが嫌で、顔を逸らす。
「あっ。」
小山内が嬉しそうに声を漏らした。
「なんだ?」
「ふふーん。」
何故か小山内はにまにまし始めた。
「なんだよ。」
「残念だったわね〜。」
「なんのことだ?」
「なんのことでしょうねー。」
にまにまがさらに広がる。
小山内が何かを誤解して変な方向にずれていってるのはわかった。
「小山内、お前は何かを誤解していると思うぞ。」
「いいの。わかってるわ。」
もし小山内がほんとに俺の気持ちをわかってるなら、小山内はひどい奴ってことになるんだろうが、小山内がそんな奴じゃないのはわかってる。
だが、この話を続けて俺たちの間にどんな誤解があるのかをはっきりさせるには俺に残されたHPは全然足りない。
だから俺は無理やり話を元に戻した。
「小山内、それもいいが、それより七海さんのことを忘れてないか?」
小山内がいきなり話を変えた俺の意図をどうとったのかわからない。
ただ物足りなそうな表情を一瞬浮かべた後、頼れる真顔になった。
「そう。そのこと。あなたのこれからの夏休みの予定はどうなってるの?」
「お盆に田舎のばあちゃんちに行く予定になってる。だいたい3日くらいになるって父さんが言ってた。あとは最後の週は補習が何日か。」
「そう。私の方はあとは補習くらいかな。」
「だったらお盆明けくらいにピアノを聴かせてほしいって言ってみるのがよさそうだな。ぎり明後日でも大丈夫だけど。」
明日は体もメンタルも休めたいし、とは口に出さなかった。
悩んでる七海さんには1日待ってもらうことになる。
俺は不誠実な奴のかもしれない。だから小山内は…
という変な方向に考えが行きかけて、自分のうじうじさ加減に呆れてしまった。
「七海さんは明後日でもいいって。明後日にしましょうか?」
俺が自分に呆れている間に、小山内は七海さんにSNSで連絡してくれていた。
俺は意識を引き戻す。
「それでいい。何時にどこに行ったらいい?」
「午後からにしましょうか。お昼一緒に食べる?」
「七海さんと?」
「バカ。私とよ。」
小山内は無邪気に笑っている。
「いいのか?」
「俺と2人で」という言葉を俺は飲み込む。口にして、「やっぱりやめましょう。」という言葉が小山内の口から出るのを俺は恐れた。
「ゆっくりはできないけど、ハンバーガーとかファミレスなら大丈夫でしょ。でも念のためあっちの駅前で食べましょう。」
小山内が俺の言葉を、約束の時間に遅れないか、
ととったことがその言葉からわかった。
やっぱり俺は小山内から異性として見られてないんだな。
俺はその感情を隠して小山内の誤解に乗ることにした。
「それなら大丈夫だな。」
「何?何か気にかかることがまだあるの?」
今日は小山内は俺の微妙な表情に敏感すぎないか?
だから「大丈夫」とは言わない。
「いや、お昼だと混んでて予想外に時間がかかってしまわないかとちょっと思っただけだ。」
「あ、そうね。夏休みだし、混んでるかも。どうしよう。」
そう言って小山内は少し考え、いいことを思いついた、みたいな笑顔になって、それから一回大きく瞬きして、俺の心を乱すことをまた言いやがった。