第123話 複雑 (6)
予定されていた穴掘りの作業はほぼ昼飯の前に終わっていたから、午後は土をふるいにかける作業と、何も出てこなかった穴を記録して埋め戻す作業が始まった。
遺跡だと思われていなかったこの場所を試掘していろいろ出てきたんだから、もっと作業が遅れてもいいはずだった。だが、事前の念入りな歴研の調査に加え、あの書き付けと薮内さんの話のおかげで、ここに城跡があることを前提に計画が組まれていたからほぼ計画通りに進んでいる。
斉藤先生と鳥羽先輩や薮内さんが話していることを聞いていると、ここは城跡とまでは言えない規模のもので、防衛の施設を備えた領主の館跡という感じらしい。
今こうやってただの林になっている場所で、人が産まれ、育って、生活して、戦って、亡くなっていったのか。
そう思うと少し厳粛な気分になった。
俺が午後から担当してるのは土を埋め戻す作業の方で、その土を埋め戻す前に、遺跡を傷めないようにブルーシートをひいたり土を運んだり、ということをやってる。
こっちの作業はここまでと違って、各部のメンバーが入り乱れてやってるから他の部のメンバーとも話をしたりしている。
打ち合わせの会議に出てきていた人は顔がわかってるが、そうじゃない人は一度紹介されただけなので、名前がなかなか出てこない。
それでもいろいろ話せるんだから共同作業ってのは不思議なものだ。
一方小山内は、鳥羽先輩や緒方先輩という部長グループで、今回の発表用に地形図やスマホ片手に現場の埋め戻しの記録の作業をしている。
分担とかも決めてるんだろう。
だから七海さんのことを小山内と打ち合わせるチャンスはなかった。
作業が終われば学校に戻って解散になるから、その後か?
いやおそらく、小山内は菅原先輩に家まで送ってもらうか、そうでなければデートに行くだろうからそのチャンスはないか。
ということは、電話か何かで打ち合わせか?
と言ってもとりあえず七海さんに会いにいってみよう、ってのは決まっているから、後は小山内に交渉と日程の調整を任せるって決めるだけなのかもしれない。
俺はおおむねこんなうじうじしたことを考えて午後の作業を終えた。
「後は学校に戻るだけですが、遠足は家に着くまでが遠足です。気を抜かないように。」
斉藤先生が、気の利いたことを言っただろう、というような表情を浮かべて撤収の指示を出した。
夏休みを利用してやらないとOBの応援を含めて人手が足りないって理由でこの時期になったのだろうが、よくこの真夏の作業で体調を崩した人が出なかったもんだ、というのが、俺の感想。
さすがの小山内も疲れを滲ませながら大きく息をついた。
「小山内、お疲れ様。」
「まだ気を抜いちゃだめよ。学校で荷物を降ろす作業が残ってるんだから。」
中世史研の部長の顔で小山内はそう注意した。
「でも、疲れたわね。」
普通の美少女の顔に戻って小山内はそう呟いた。
「ああ、そうだな。疲れた。」
体の疲労もそうだが、俺にはメンタルの方の疲労も激しい。
「夏休みだから少し家でゴロゴロして疲れを取ることにするわ。」
小山内が美少女らしくないことを言い出した。
これも、俺用の中の人ならではの発言なんだろうか?
「俺もそうする。だが、悪いけど、七海さんへの連絡は頼むぞ。」
「わかってるわ。」
いつもの元気な小山内なら「あんた私を誰だと思ってるのよ!」なんて言葉が出てきそうなもんだが、出てこないあたり、やっぱり疲れが激しいんだろう。
車への積み込み作業が始まると、小山内も加わろうとしたが、俺が2人分運ぶからと言って抵抗する小山内を無理やり休ませた。
菅原先輩のために最後の元気をとっておけ、と口まで出かかったが、さすがにそれを言うと小山内が作業をしそうなので、かわりに「俺が疲れ切ってる女の子に力仕事をさせる人間だとお前は思ってるのか?」と怒ってみせた。
俺がこんなことを言い出すとは思ってなかったのか、小山内は驚いたみたいだったが、結局俺に任せてくれた。
もちろんその間も小山内は撤収作業を撮影したり、忘れ物なんかがないか林に中に見にいったりと誰かがやらなきゃならない仕事を率先してやっていた。
どうだ、俺の、いや。うちの部長でパートナーは大したもんだろう。
と思いながら、小山内がそろそろ林の中から忘れ物確認を終えて戻ってくるかな思ってちらっと見ると、小山内が胸にダンボールを抱えてよろよろしながら林から出てきた。
危ない!
俺は持っていたダンボールをその場に置いて、急いで小山内のもとに駆けつけ、有無を言わさずダンボールに手をかける。相当重い。
「小山内、俺に渡せ。」
「これくらい大丈夫。」
「よろけてるじゃないか。いいから俺に渡せ。」
「でも危ないのはあんたも同じでしょ。」
「小山内を助けるためだったらこんなの全然平気だぞ。」
小山内は俺の言葉と同時に固まる。
俺も言い方を考えりゃよかったと後悔した。嘘は一切ついてはないがな。
とりあえず小山内が固まったのをいいことに俺はダンボールを奪い取った。
「あ、ありがと。でもほんとに平気だったんだから。」
「そうだな。だからこれは俺が勝手にやってることだ。」
俺は奪ったダンボールを抱えて、足を取られないように気をつけて運ぶ。小さいとはいえ重機が入ったせいで結構道がでこぼこになっているから、小山内が躓く前に気がつけてほんとに良かった。
だが、ずっしりと重いダンボールをの重みを感じて、俺は小山内に一言言ってやりたくなった。
「重いじゃないか。」
「だから私が持つって…」
「重いんだから、俺を呼べよ。俺たちはそんなことを遠慮するような関係か?」
俺の脳裏によぎったのは、小山内が俺を無理やり中世史研に引きずり込んだあの一連の騒動だが、山内も同じようなことを思いだしたのだろう。
小山内は表情を緩ませ、クスッと笑った。
「そういわれればそうだったわね。じゃこれからは遠慮なくあんたになんでもお願いするわ。」
それから何かを思いついた、いたずらっ子のような悪い笑顔になった。
「それじゃあ、あんたこれから登校の時に、駅で私を待っていてくれるわよね。何か頼みたくなるかもしれないから。下校の時も私と一緒に帰らなきゃならないわね。何か頼み忘れてたらお願いしないといけないから。」
小山内は言葉の途中から、だんだんと自分が何を口にしているのかを理解したらしく、どんどん赤くなって、小山内の歩くスピードが落ちる。
そしてついに俺の後ろに回り込んで、無言で俺に背中に両手を当てぐいぐい俺を押し始めた。
何やってんだこいつ?
「小山内、押したら危ないって。」
「あんた、私の今の言葉、無しね。単なる冗談、そう、冗談なんだから。」
俺もこんなかわいいことをやらかす小山内に、なんだかいたずらいたずらしてやりたくなった。
「え?冗談なのか?小山内と一緒に登校できるって喜んだのにな。」
「え?ええぇ?!」
「残念だ。ほんと残念だ。」
背中に回った小山内に見えないところでぺろっと舌を出す。
「そ、そこまでいうなら仕方ないわね。」
「ん?」
「じゃあ、朝の登校の時だけなら許してあげる。でもあんたに毎日早起きが出来るとは思えないけど。」
小山内は、やり返したつもりだな。
この前の茶道部の時、俺が早起きしてたことを忘れてるんだろう。
「わかった。じゃ朝な。」
「え?いいの?」
「いいのって、小山内がそう言ったんだろ?」
「そうだけど。」
「じゃあ、決まりだ。」
「そ、そうね。決まってしまったのね。うん。言ったことには責任取らないとね。」
小山内が、どんな顔をしてこんなことを言ってるのか非常に興味があったが、まだ後から押されてるので、振り返るのは諦めた。
だがな、菅原先輩がこっちを見て笑ってるぞ。
俺は胸がチクッとしただけですんだが、小山内はそれでいいのか?!