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 第122話 複雑 (5)

俺は、その場に菅原先輩もいないことにその時ようやく気がついた。

悠紀さんを連れて行くことに気を取られて、何故か小山内しかその場にいないことが気にならなかったんだ。

まあそうでなければこんなに大っぴらに小山内と喧嘩はできない。


「あれ?菅原先輩はどうしたんだ?」


俺は話題チェンジを兼ねて、小山内にわざとらしく聞こえないように気をつけながら尋ねた。


「あの子を連れてお弁当を貰いに行ったわ。」


チェンジ失敗。しかもブラックホールに一方通行の話題だった。

詰んだ。


だが、菅原先輩が小山内をほっといて悠紀さんと一緒に行ったのなら、俺も遠慮なんてする理由はないな。


「そういうことなら小山内、昼飯にしようぜ。」

「はあ?」


小山内が口にしたのはたったの2文字だが、怒りを浮かべた小山内の瞳は、「あんた何言ってるの?いい加減にしなさいよ。バカなの?」と饒舌だった。

そうさ。

小山内が何に怒ってるかわからないバカだから、バカに徹するのみ!


「俺と一緒に弁当食べるの嫌か?」

「そんなことは一っ言も言ってないでしょ!」

「だったら一緒に食おう。ほら行くぞ。」


拒否られるのを承知で手を差し出す。

小山内は差し出した手をたっぷり睨みつけたあと、俺と目を合わせる。


「何なのよこの手は。」

「小山内が動けないのかと思って手を差し出してみた。」

「バカにしないで。あんたの手なんかいらない。」

「そうか。じゃ行こう。」

「一人で行けば?わたしはいらないわ。」

「じゃ俺もいらない。」

「もう、あんたなんなのよ?!」

「なんだかわからないんだよ!」

「はあ?」

「なんだかわからないけど、俺は小山内、お前と一緒に食べたいんだ。」

「あ、あんた、よくもそんなことが言えたわね。」


小山内のがるがるが最高潮に達する。

だが同時に声に動揺が走ったようにも思える。


「俺はバカだから、小山内が俺の何を怒ってるのかわからない。その理由を知りたい。でも同時に俺はお前と一緒に昼飯を食べたい。」


一気に小山内が真っ赤になった。

そんではっと気づいたように顔を伏せる。


「あんた、それ本心で言ってる?」

「もちろん。」

「あんた、あの子よりも私と一緒に食べたいの?」


今度はおびえと自信の無さもブレンドされている気がする。


「ああ。小山内が俺でもいいなら俺は小山内と一緒に食べたい。」

「そう。」


小山内はそう言って黙った。

人が去った発掘現場に静寂が降りてくる。


「そうなの。」


小山内がもう一度、噛みしめるように口にした。


「そうだ。」


その時、また鳥羽先輩の声が響いてきた。


「お弁当をまだ貰っていない人、早く取りに来てください。」


「小山内、行こう。」


俺は小山内の肩からふっと力が抜けたのを感じた。


「…いいわ。」


小山内は小さくそう言った後、俺を見た。


「あんたがそんなに私と一緒に食べたいなら、い、一緒に行ってあげる。感謝しなさい。あんたがどうしても薮内さんのお弁当を食べたそうにしているから仕方なくなんだからね。勘違いしないでよね。わかった?」

「わかった。」


ここまで念入りに言うのだったら、やっぱり小山内は菅原先輩のことが好きで、小山内が言っている通り、俺がしつこく頼んだから折れてくれたんだろう。

俺が、そういうことなんだな、という思いを込めて小山内を見つめると、小山内は目を逸らした。

やっぱりそうなのか。


「ほら、鳥羽先輩がきっと困っているわ。早く行きましょう。」


小山内はそういうと、気持ちが止まってしまった俺の手をとって歩き出した。揺れる髪を透かして見えた小山内の耳は赤くなったままだった。


小山内、お前がそうだから、俺は誤解してしまうんだぞ。


だが。

それでも俺たちは、林の外の明るい空に向かって歩き出した。



薮内さんの差し入れ弁当は、この辺りでも有名な高級焼肉店の豪華焼肉弁当だった。

中を見てもいないのになんで豪華ってわかるかだって?

そんなもん、この弁当の箱の大きさを見たらわかるって。

うひょー!!

さすが薮内さん!

さっきまであんなに荒れていた小山内も顔をほころばせている。


俺は弁当をもらうと、慌ててリュックまでレジャーシートを取りに一旦戻って、日陰で待っていてくれた小山内の元に馳せ参じた。


重苦しかった空気もテンションの上がるこの弁当のおかげでだいぶ回復した。


「はい、あんたの。」


そう言ってレジャーシートの上に長靴を脱いで上がった小山内が、俺に弁当と、これも配られた冷たいお茶を渡してくれる。


嵐の元になった悠紀さんは薮内さんご一家や斉藤先生と同じグループだ。


俺に気づいて視線を送ってきたが、小山内の機嫌が悠紀さんと連動してることには流石の俺でも気づいていたので、あえて気づかなかったふりをする。こういうのは嘘をついたことにならない、はずだ。


一方菅原先輩は、卒業生のグループにいて楽しそうな笑い声がこっちまで聞こえてくる。


穏やか雰囲気が一帯に流れ、俺と小山内もその中にいた。


さっきの喧嘩がなかったかのように、小山内が箸を止めていつもの感じで話しかけてきた。


「七海さんのことなんだけど、さっきお兄ちゃんと話して思いついたことがあるの。」

「なんだ?」


俺も箸を止めて耳を傾ける。


「七海さんがこっちにいる時に何度も私がピアノを聴かせてもらったって話をしたでしょ。」

「ああ。」

「それをあなたにも聞いてもらいたいって言ったらきっと大丈夫な気がするの。」

「そうなのか?」

「ええ。昨日は七海さんにはあなたを連れていきたいって言って、あなたとどういう関係かを話したんだけど、あなたにも私の好きな曲を聴いてもらいたいということは言っていないの。」

「それを言ったら俺を連れて行く理由にもなるし、俺も話しやすくなるってことか?」

「ええ、そう思うの。」

「よくわからないが、小山内がそう言うならそれでいこう。」

「ありがとう。」


小山内はそう言って微笑むと焼肉を頬張った。


「んー美味しい!」


箸を持ってない手を柔らかそうなほっぺたに当てて幸せそうに呟く。


この時間がずっと続けばいいのに。


俺と小山内との関係は、この活動だけの関係だと思い知らされたにも関わらず、俺はそう願わずにはいられなかった。

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