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 第120話 複雑 (3)

2日目は埋め戻しの作業があるので、掘る時間は限られる。そこで予定では掘る箇所は昨日の半分にして1つの穴を2人で掘ることになっていた。

俺たち中世史研も2人で1つの穴を担当する。場所は、昨日焼けた跡が出た所の近くだ。


穴に入ると、重機でさっき掘ったばかりなので土の匂いが濃い。


「小山内、虫は平気なのか?」

「平気じゃないわ。」

「じゃ穴掘りはやめといた方がいいんじゃないのか?」

「これは私たちに割り当てられた作業なの。」


小山内の言いたいことはわかった。

だが、そうは言いつつ、小山内はあたりを恐る恐る見回している。

すぐにダンゴムシやら長いニョロ系のが視界に入ったらしく、怯えた表情になる。

意外にこういう小山内もかわいいな、と思ったが、もちろん口には出さない。

代わりに一言だけ言っといた。


「無理するな。人には得意不得意があるんだから、小山内が得意なところで頑張ってくれたらいいんだから。」


一言というにはちょい長めだったが、小山内は返事することもなく頷くだけだった。


とりあえず気を紛らわせる目的もあって、中断してしまった七海さんの話をする。


「なあ、小山内。七海さんてどんな人なんだ?」


シャクシャクという音を立てながらスコップが土を剥いでゆく。


「そうね。一言で言えばお日様みたいに素敵な人よ。陽香たちがドイツに行ったあと、私がおばあちゃんの家に引っ越してきて、1人になった私とお兄ちゃんがよく遊んでくれてたって話をしたでしょう。」


小山内も同じようにスコップを操りながら答えた。


「初めて会ったとき、お兄ちゃんは七海さんを連れてきてくれて慰めてくれたの。お兄ちゃんは中1の泣いている女の子とどうやって扱ったらいいかわからなかったらしくて、近所に住んでた七海さんを連れてきてくれたんだって。後で七海さんがこっそり教えてくれたの。」


そんな細やかな気遣い俺には思いつけないだろう。小山内が菅原先輩を好きになるのも当然か。


「七海さんは小さい頃からピアノに練習に打ち込んでたから、あんまり友達とは遊ばなかったんだって。だからお兄ちゃんが誘ってくれてとっても嬉しかったそうよ。それで私とも仲良くなってくれてたの。」


そうか、そういう縁で親同士も仲良くなって、もうすぐ兄妹の関係になるってことか。

そんで小山内が菅原先輩と付き合って、トリオ復活になるんだな。


そう考えると、まあ俺なんかが入り込む隙は元から無かったのか。


なんて書くと物分かりのいい奴に見えるだろうが、実際は呼吸が苦しくなって、「暑いからちょい休憩。」って言って逃げたんだな、これが。我ながら情けない。


幸い小山内は「もう休憩なの?熱中症になるよりいいけど、ちょっと早すぎない?」って俺の秘めた気持ちに全然気づいて無かったから、逃亡は完全に成功だった。


俺はリュックに入れてたスポーツドリンクを1本取り出し、ちょっと考えてもう1本手にした。


「ほら、やるよ。」


自分のを取り出そうとリュックに向かいかけた小山内に、手にした1本を差し出す。


「いいわ自分のがあるから。」


と一旦断りかけたが、俺が手にしてるのが、昨日と同じスポーツドリンクだと気づいたみたいで、


「やっぱりいただくわ。」


と言って受け取った。


「穴の縁にでも座って飲もうか。」


と声をかけて、俺はリュックからレジャーシートも取りだした。

小山内と再会直後に藤棚で会ったときに、気がつかないと言われてしまったことを思い出して敷物も持ってきていたんだ。俺もちょっとだけ気が利くようになっただろ?


俺たちは穴の縁に並んで腰掛け、よく冷えたスポーツドリンクを飲む。


「お兄ちゃんと七海さんは同じ学年で家も近所だったんだけど、男子と女子っていうのもあってお互いなんとなく声をかけにくい関係だったんだって。でも私のことがあって、お兄ちゃんが勇気を出してくれたそうなの。」


その光景が目に浮かぶようだ、


ひとりぼっちになった女の子を助けるために勇気をふるう少年。

その少年と一緒に女の子に手を差しのべる少女。

やがて少年は、少女と兄妹となり、女の子と幸せになる。


あ、これは応援()()()()()()()()物語だ。

どこの誰に聞いたって、これはこの3人の物語。

俺なんて高校時代の友だちAくんにしかなれない物語なんだ。


そうか。そうだよな。


「どうかしたの?」


何かを感じ取ったか、小山内が俺の顔を覗き込んできた。


「小山内は、いい人たちと出会えてたんだな、と思ってな。」

「あんたもそう思う?」

「ああ。」


小山内は、視線を上げてさやさやと風に揺れる林に目をやった。


「そうよね。だから、今度は私がお返しする番。」

「だな。」

「だから、あんたも一緒にお返ししなきゃね。」

「そこは全然理解できん。」

「いいの。そのうちわかる日がくるから。」  

「そういうもんか?」

「そういうもんよ。」


その言い方がおかしかったのか、小山内はくすっと笑っ

た。


「じゃ、さぼってないで、穴掘りしましょ。」

「はいはい。」


何か釈然としないものが残ったものの、俺たちは作業に戻った。



さすがに2人で掘ると作業ははかどるもんで、昨日1人で掘った時よりずいぶん早く土の色が変わったところに出た。

ここも半分以上が、炭のように真っ黒の部分だ。


俺たちは出てきた状態をまず撮影して、先生を呼んだ。


俺たちの呼び声に応じて先にやって来たのは菅原先輩だった。


「お、ここも出たか。」

「はい。斉藤先輩、他の穴はどんな感じですか?」


今日も斉藤先輩は穴から出た土を運ぶ係をやってくれているので、他の穴の様子も知っているはずだ。


「昨日焼け跡が出た深さまで行くのはもう少しかかりそうだ。凜香たちの穴が一番作業が早いぞ。2人の息が合ってるんだな。」

「もうお兄ちゃん。からかわないでよ。」

「中世史研は2人だけなので息が合っただけですよ。」


俺と小山内との間には、部活以上の関係はないよと暗に言っておく。

辛いが、俺も小山内の恋を応援しなきゃならないだろ?


「もう。」


小山内が口をとがらせ、菅原先輩が、はははっ、と朗らかに笑う。


そこにようやく斉藤先生が現れた。


「ここも焼け跡のようだね。深さや広さがわかるようにメジャーをあてて撮影しておいて。なにか遺物は出てきたか?」

「いえ、出てきていません。菅原先輩が持って行ってくれた土の中にあるかも知れないですが。」

「先生、私と俺くんはこの後どうしましょうか。お昼までに少し時間があるのですが。」


今日の朝説明された予定だと、お昼前に穴掘りが終わって、その状態で薮内さんと教育委員会の人に見てもらって、お昼ご飯のあと埋め戻し作業を始めることになっている。


その予定より早く俺たちの穴が掘れたので何をしようってことだ。


斉藤先生は少し考えて、俺たちに菅原先輩の手伝いをするように指示した。


「ではこの穴が終わったら声かけて。凛香よろしく。」


菅原先輩は小山内にそう声をかけた。

つまり俺は、小山内と菅原先輩のカップルプラスワンて立場か。

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