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 第118話 複雑 (1)

「相談ていうのはね、お兄ちゃんのことなの。」


小山内は俺が返事をする前に話し始めた。


「ううん、お兄ちゃんのことっていうよりも、お兄ちゃんの家族になる人のことなの。七海(ななみ)さんていう人。」


「家族になる人」?

ああ、「家族にあたる人」ってことか。

…普通に「家族」って言えばいいのに。もしかすると、ラノベとかでよくある、両親が再婚して連れ子同士が兄弟になるとかそういう系なのか?

あ、連れ子じゃなくて父親の結婚相手その人って線もあるか。

あと、実は菅原先輩の婚約者や彼女でしたってのもラノベの展開によくあるが、それなら「家族になる人」なんて遠回しな言い方をしないだろう。


「私もよく知ってる人なんだけど、小さい時からずっと一生懸命ピアノに打ち込んできた人なの。願いが叶って今は音楽大学に通ってる。」


やっぱり連れ子同士の方か。

ラノベみたく、その連れ子同士で付き合ったりしてくれれば…小山内が悲しむな。


「その七海さんがどうかしたのか?」

「お兄ちゃんの話だと、最近、七海さんがすごく落ち込んでいて、とても心配だっていうのよ。」

「ピアニスト、ってことは、腕とか指が?」

「そういうことじゃないらしくて、どうも自分の才能の限界だって悩んでるんじゃないかって。」


相談というのは、どうやら人助けの方の相談らしい。七海さんという人には悪いけど、正直ほっとした。

小山内の恋の悩みだったら辛いし、小山内が期待してくれてるような力にはなれなかっただろうからな。


「その悩みは、俺の超能力でどうこうできるものじゃないと思うんだが。」

「そうなのよ。もしかするとあなたの超能力で才能を開花させてあげられるかも知れないけれど、それはなんだか違う気がするし。同じ悩みを抱えてる人はいっぱいいるはずだし。」


小山内は眉を寄せた。


「でも、悩んで、お兄ちゃんが心配してこっちに戻ってくるくらい落ち込んでるっていうの。なんとかならないかしら。」

「こっちに戻ってくるくらいって?」

「七海さんは東京の音楽大学に通ってるんだけど、あまりの落ち込みように心配した家族に7月の最初くらいからこっちに連れ戻されたそうなの。」

「それを心配して、菅原先輩は小山内にも知らせずにこっちに戻ってきてたってことか。」

「そういうこと。お兄ちゃんは私に心配させないように今日も笑顔で明るく振る舞っていたけれど。」


好きな人の表情だから隠していても気持ちがわかった、ということか。


「その七海さんていう人の悩み自体は、俺たちには手出ししちゃいけないことのように思う。悩んで悩んで突き抜けた先で何かを掴むのかも知れない。」


なんてことをどこかで読んだ記憶がある。俺自身の体験から来た言葉でないから、薄っぺらなのは自覚している。だが、俺や小山内も、どうしようもなくずっと背負っていかなくてはならないと思っていた苦悩を、2人が出会うことで乗り越えることが出来た。


「小山内。俺たちもさ、すっごい苦しんでたじゃないか。でも俺は小山内と出会ったおかげで乗り越えることが出来た。」

「私もあんたのひっどい荒療治のおかげで、パパやママ、陽香と心から笑って会えるようになったわ。」


小山内はそう言って、微笑んだ。

そう。俺たちは、俺の超能力を使わずとも乗り越えることが出来たんだ。


「じゃ、超能力以外でも俺たちにも出来ることがありそうだな。」

「七海さんが苦しんでるのは音楽のことだから、私たちが音楽でできることになるのかしら。」

「俺には、そっちのほうはよくわからない。聴だけならなんとかなるかも。」


うーむ。

ふたりして考え込んでしまう。

でもな、演奏を聴いてすらいないのに、頑張れだの、諦めるなだの、感動しただのって言ったとしても、そんなの何の足しにもならないだろう。

だったらやはり、「一度聴かせて欲しい」、からスタートするしかないのか。


「ピアノで悩んでる人にピアノを聞かせて欲しい、っていうのはやっぱりだめだんだろうか。」

「わからないわ。」

「小山内が頼めば弾いてくれると思うか?」

「以前は良く聴かせて貰っていたから、たぶんだけど大丈夫だと思う。」

「一度さ、聴きに行こう。その時に何かヒントになることがあるとか、俺たちの経験を話すとかが出来るかも知れない。」

「そうね。それしかないのかも知れないわね。事情を何も知らないふりして七海さんにお願いしてみるわ。」


小山内はそう言うと、口元を引き締めながらじっと俺の顔を見た。


「なんだ?」

「ううん…頼りにしてるんだからね。」

「あ、ああ。」


なんなんだ一体?


とりあえずの方針が決まったところで、斉藤先生が戻ってきた。


「待たせたね。」


斉藤先生がドアを開けようとしたとき、玄関に藪内さん一家が出てきているのが見えた。

さすがに車に乗ったまま知らんぷりするのも礼儀知らずなので、先生に断って一旦車の外へ。

小山内も反対側のドアから降りた。


「藪内さん。それでは失礼します。」

「俺くん、小山内さんちょっと来なさい。」


そのまま車に戻ろうと思っていたら、なぜか藪内さんからのお声掛かりだ。

俺と小山内は顔を見合わせて、軽く頷きあって、藪内さんの所へ寄って行った。


「斉藤先生から発見のことは聞いた。君たちのおかげだ。礼を言う。」


そう言って藪内さんは俺たちに頭を下げる。武光さんと、お嬢様まで頭を下げた。

だが、俺は今日の醜態を思い出して、胸に痛みを覚えた。

だから、俺はお礼を言われても何も答えられなかった。

その代わりに小山内が俺たちの気持ちを伝えてくれた。


「ありがとうございます。でも、私と俺くんだけではありません。私たちは先輩たちの調査の積みかさねの上で、偶然藪内さんからお話しをお伺いすることが出来たのです。それが今日につながったのです。」

「小山内さんの言うとおりです。どうか頭をお上げください。」


「そうか。」


藪内さんたちは、頭を上げて、目を細めながら俺たちを見た。


「君たち、またうちに遊びに来なさい。今度はもう少し良いものをごちそうしよう。」


寿司か?回らない寿司か?しかも有名店の?


不思議なことに、光の速度よりも早く小山内は俺の足を鮮やかな足使いで蹴ってきた。

何で俺の考えがわかったんだろう?


「私の孫とも仲良くしてやってくれ。特に俺くん。」


藪内さんは俺にそうも言ってきた。

ん?小山内さんじゃなくて?

ああ、女の子同士だったら敢えて口にしなくても仲良うなるだろうとか、お嬢様なので男に免疫がないから練習台になれとかそういうことか?


「はい、では遠慮なくまた小山内さんとうかがわせていただきます。」


また蹴られた。

なぜだ?

さすがに俺は小山内の横顔を盗み見たが、仮面のように笑顔を貼り付けたその顔からは、小山内の感情を読み取ることは出来なかった。


俺、何か不味いことを言ったか?

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