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 第116話 波乱 (4)

そこから先は特に何もなく、というより何も見ないようにしていた、の方が正確か。

俺は、鳥羽先輩から割り当てられた、重機がある程度掘った2メートル四方くらいの穴をスコップで少しずつ掘り下げていっている。


小山内は鳥羽先輩に呼ばれて、空堀を渡った先にある、城跡ならば建物が建っていたであろう広い平坦な場所に行った。そこで、あらかじめ用意してきた図面に照らし合わせて掘る場所を示す杭を差し込む作業をしているようだ。


菅原先輩は、俺たち現役が掘った土を大型の塵取りのような道具で運んでいく作業をしてくれている。今回の作業の後一旦埋め戻すそうだが、真横に積んでおくと崩れて穴が埋まってしまうのと、遺物が含まれる可能性があるから確認する必要があるからだそうだ。


薮内さん一家はあの儀式の後帰っていった。

斉藤先生の話だと、今日の作業が終わったら、今日の分の結果を報告しに行くことになっている。俺たちが同行するかどうかはわからないが、斉藤先生が俺たちを車に乗せてきてくれたってことは、そういうつもりなのかもしれない。


そんなわけで、俺は誰とも話すことなく黙々と作業をしてるわけだが、今のところ俺に割り当てられた穴は何の変化も見られない。


「ふう。」


俺は単調な作業に飽きてきて、気分転換も兼ねて少し休憩をとることにした。


ここは林の中なので日射しは強くないが、穴に中にいることもあってか、風の通りがとても悪い。

だからこまめに休憩と水分を取るように指示が出ていた。


リュックをあさってスポーツドリンクを取り出す。

さっき小山内に渡したのを小山内は飲んでくれてるだろうか?


つい、そんなことを思う。

そういえば、小山内がお嬢様に渡したミルクティーは、前に俺が持ってきていたのと同じだった。


小山内も飲み物を選ぶ時、俺のことを思い出してくれてたんだろうか?


「まさかな。偶然だろ。もし思い出していたとしても、俺が飲んでたのが美味そうだったとかそんな理由だろ。」


俺は自分に言い聞かせるために声に出す。


穴を掘っている間は、考えなくて済んだことを休憩を始めた途端思い出すとは。


今さらと言おうか。

俺は、部活のパートナーという名前のもとに小山内に向けていた気持ちが、パートナーというだけのものでなかったことを自覚させられた。


まあ、自覚はしたが、俺がそんな気持ちになる前から今の今まで、小山内の気持ちが俺と同じ方向に向くことはなかったんだろうが。


俺はまた、やるせない気持ちになった。

こんな気持ちになったのはそれもこれも休憩なんかするからだ。

そういうことにしておく。


俺がそう思って穴掘りに戻ろとした時。


「斉藤先生!」


と大声で呼ぶ声が林の中に響いた。

あれは郷土史研の緒方先輩の声だ。

俺よりも先に重機が掘った穴の担当をしているはずだ。


「今行く!」


と斉藤先生が返事した。「何事だろう?」と、呼ばれてはいないが何人かが寄っていく。

少し迷ったが、俺も好奇心に負けて寄っていった。


「どうした?」


と言いながら斉藤先生が緒方先輩の穴を覗き込んだ。俺が掘ってる穴とはほぼ同じくらいの深さのようだ。


「これは!」


そう言いながら斉藤先生が穴の中に飛び降りた。


緒方先輩の掘っていた穴が、明らかに土の色が違う層に達していた。

それよりも集まったみんなの視線を集めたのは、穴の底から半分姿を現した人工物のような細長い金属と思われる何かだった。


「これは何でしょうか?」


緒方先輩は、発掘開始の前に指示されていた通り、軍手を外してスマホで撮影しながら質問した。


「これはおそらく鏃だと思うが。錆があるしこれひとつだけではなんとも。」


斉藤先生は鳥羽先輩が穴の上から手渡した刷毛で出てきたものの土を丁寧に落としながら教えてくれた。


この穴からあれが出てきたということは、俺の穴からも何か出てくるかもしれない。俄然やる気が出てきたぞ。


俺は自分の穴に戻ろうとして、ちょうどそこにやってきた小山内と目があった。


「あ、俺くん。ちょうどよかったわ。さっきもらったもののお礼よ。」


そう言いながら小山内は俺にミルクティーのペットボトルを差し出した。たくさんついた水滴がよく冷えていることを教えてくれる。

菅原先輩のことを知るまでなら、俺は喜んで素直に受け取っていただろう。

しかし。


「菅原先輩にあげなくていいのか?」

「なぜ?これはあなたにあげようと思って持ってきたのよ。」


小山内は不思議そうにそう言った。

小山内はどういうつもりで言ってるんだろう。

単にさっきのお礼として持ってきたと言っているのか、それとも家から持ってきたのは俺に渡そうと思ってなのか。


まあ、お小山内がお嬢様言った通り俺を友達と思ってるなら、どっちもあり得るか。


「わかった。ありがとう。」

「どういたしまして。まあお礼がしたいならあのカフェのパフェでいいわよ。」


そう言ってから小山内は少し顔を赤くして俺から視線を逸らした。


そうか、俺がもしかすると将来小山内ともっと深い関係になれるかも、と誤解したのは、小山内のこういう仕草のせいだ。


これからもこういうのが続くと、バカな俺はまた誤解してしまうかもしれない。だから、小山内とそういう関係になることがないとはっきり自覚した今日、小山内に俺が誤解するようなことはやめてほしいと言っておかなければ。


「小山内、あのな。」

「なに?」


小山内は無邪気な笑顔を向けてくる。


「あのな………これ冷たくて美味そうだな。」


おまえら何も言うな。

俺が一番わかってんだから。

まあ、俺がヘタレなのは前からだしな。それにヘタレというよりも未練というやつの方が大きいかもしれない。


「でしょ。これ前にあんたが飲んでたからあなたのためにわざわざ買ってきたのよ。感謝しなさいよね。」


小山内は俺から視線を逸らしたままだんだん小声になりながらも、はっきりとそう言った。

こんなの俺じゃなくても誤解して当たり前だろ。

くそっ。


「ありがとう。嬉しいよ。」


内心の嵐にも関わらず、俺はなんとかいつもの口調で言葉を絞り出せた。


「じゃ、俺は作業に戻るぞ。」

「ええ、頑張るのよ。緒方先輩に負けないで!」

「ああ。」


そう言って背中を向けた俺に、小山内は思い出したように声をかけた。


「あとで、あんたに相談があるの。お兄ちゃんのことで。疲れてると思うけど、時間をもらえるかしら?」

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