第12章 2つの嵐 第113話 波乱 (1)
さて。
プールといういい目を見た後は労働だ。
大層な言い方をするなよ、とこれを読んでるお前らは思ったかも知れないが、実際大変なんだからな。
穴掘り、と俺が呼んでいた試掘調査は、無事、予定通りの日に行われることになった。
前日に天気予報を見て快晴だとわかったので、俺はあらかじめ仕入れておいたスポーツドリンクを何本も凍らせた。
小山内にもそうした方がいいと連絡しようかとも思ったんだが、小山内なら言われなくてもそうしてくるだろうし、忘れて来たら俺のを分けてやればいいやと思い直した。
まあ、仕入れて来たスポーツドリンクは、この前小山内が持ってきてたのをわざわざ選んだからな。文句はないだろう。
そんで当日午前7時。集合場所の学校に登校した俺たち参加者は、穴掘りの応援と運搬用の車を提供しに来てくれた歴研と郷土史研の先輩5人の紹介を斉藤先生から受けることになった。
斉藤先生が「みんな集合!」と声をかけて、一列に並んだ先輩達の前に、俺たち在校生も所属部ごとに一列に並ぶ。
そのとき、参加する先輩を初めて確認したらしい小山内は、いつになくかわいい声で呟いた。
「お兄ちゃん?」
その視線の先には歴研のOBとたった今紹介された精悍系イケメンの菅原先輩の姿がある。
お兄ちゃん?
小山内にお兄ちゃんがいるとは聞いたことないし、小学生の頃の記憶を探っても小山内にお兄ちゃんがいた記憶はやっぱりない。
だが、小山内の声が聞こえたらしい菅原先輩は、小山内に笑顔の視線を向け、軽く左手を振って小山内に合図を送ってきた。
それを見た小山内は、いつもは見せない無邪気な笑顔を送って同じように手を振りかえした。
菅原先輩は目つきこそ優しそうだが、鼻筋がはっきりと通って高く、口元も引き締まっている。頬から顎にかけてのラインも鋭く、全体に彫りが深い。身長も180センチ近くあるだろうか。よく日に焼けていてさっきも言った通りいかにも精悍系のイケメンだ。
紹介が終わって列がバラけると、小山内は満面の笑みを浮かべて一直線に菅原先輩の元に駆け寄っていった。
2人が時折笑い声を上げながら立ち話する様子や小山内が菅原先輩に向ける、いつもクラスで見せている表情とは全く違うありのままの小山内を見せている無防備な表情からは、どう見ても単なる知り合いや友達程度の関係には見えない。
それは、たしかな時間を共に過ごした者の間にしか存在しない、心の奥底からの信頼を意味する表情だった。
その光景に、俺に巨大な敗北感がのしかかってくる。
そうか。
小山内に感じていた、小山内が恋愛とかそういうのから一歩引いていた態度は、これが理由だったのか。
なるほど。
なるほど。
「俺君、車に乗ってください。」
ほぼそれ以外に何も考えることなく自動的に積み込み作業をしていた俺は、車に積み込むために校舎前に積まれていた、でっかいプラスチックのちりとりのようなものやシャベルとかの大物も、メジャーとかあとよく分からないものが入った段ボールもいつの間にか全て消えていたことに気がついた。
小山内は先に斉藤先生の車の横についていて、俺の方を、「何ぼーっとしてるのよ。」の目つきで睨んでいる。
ああ、いつの間にか積み込み作業が終わっていたんだな。
うん。今日は作業本番だ。ぼーっとしてたら、危険だ。
俺は「はい。」と勢いだけはある返事をして、斉藤先生が乗り込んだ車に駆け寄っていった。
今回、斉藤先生が乗ってきた車は、前回と違って、でっかいSUVで、後部座席に乗り込んだ俺たちも十分な間隔を空けて座れる。
「お待たせしました。」
「忘れ物はないね?シートベルトも忘れないように。」
「あ、はい。」
俺は慌ててシートベルトを締める。
小山内は俺のその様子を見て、顔をしかめた。
「あんた、どうしたの。プールの時はあんなに元気だったのに。」
「いや、何でもない。」
「そう?しっかりしてよね。あんた、今日藪内さんたちがいらっしゃるのを憶えてる?」
そうだった。
掘らせてもらう土地の持ち主の藪内さんたちが来るから、藪内さんたちと直接面識のある俺と小山内がしっかりしてないと。
「悪かった。ちゃんとやるから。」
「ほんと、しっかりしてよね。」
小山内はそう言うと、俺が横にいないかのように、さっさとリュックから前回の会議で配られたプリントを取り出して予習しはじめた。
だが俺は、小山内にならう気にもなれず、窓から外を眺めるばかりだ。
プールで調子に乗りすぎたな。
暗澹たる気持ちとは裏腹に、つい数日前の楽しい思い出ばかりが蘇る。
そんなやるせない気持ちのまま、やがて現場に着くと、藪内さんたちは既に到着していた。
いたのは藪内さん親子と、見覚えのない女子。それと作業服を着た数人の大人。
その横に重機というには可愛らしいミニショベルカーが控えている。
「おはようございます。」
この前来た時は泥だった、藪のあったところに車を停めた斉藤先生は、降りるなり元気よく挨拶をする。
俺たちも慌てて挨拶した。
「おはよう。いい天気でよかったな。」
藪内さんは、近寄っていった俺たちに声をかけてきた。
「はい。ただ、この天気は夕方までもつという予報ですが、最近はいきなり豪雨になったりするので、早くはじめたいと思います。」
斉藤先生は笑顔で応じた。
「いいだろう。こちらは重機のオペレーターの角田さんだ。私には発掘というのがよく分からないので先生の方で指示をお願いする。ただ、その前にやっておきたいことがある。」
角田さんを紹介された斉藤先生は角田さんと「はじめまして、よろしくお願いします。」と挨拶を交わしたあと、藪内さんに向き直った。
「やってきたいこととは何でしょう。」
「君も承知のように、ここは我ら薮内家がお仕えしていたご主君遠西様ご一族の終焉の地だ。いわば墓所にあたる。発掘の前に薮内の当主、そして跡継ぎとしてお参りしご報告申し上げてから始めたいのだ。」
「お気持ちよくわかります。我々もご一緒させていただきましょうか。」
「そうだな。」
薮内さんはそう言って少し考える様子で俺の方を見た。薮内さんの気持ちは俺にもよくわかる。
「ぜひ。」
俺の口から自然にその言葉が出た。
「君がそういうなら、来てもらおう。」
「では本日参加する私どもの生徒をご紹介させていただきます。」
「お願いする。」
俺たちは一列に並んで自己紹介した。列の1番左端は俺で、俺の隣は小山内が並んでくれたが、その隣は「お兄ちゃん」だ。
小山内は顔を引き締めているが、その口元は緩んでいる。
やっぱりそうなんだな。