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 第110話 プール (3)

流れるプールはここのプールの目玉施設の1つで、一周数百メートルの長さがある。

幅もそれなりに広くて、結構な人数がこのプールにいるはずなのに、それほど混雑している感じがしない。

もう1つの目玉は、さっきホリーだったか伊賀だったかが言ってたスライダーだ。むしろそっちの方が地元テレビで何度か取り上げられたらしく、このプールにスライダー目当てで来る人も多いって話だ。

俺も中学時代に、教ここのプールに行ってスライダーに何回乗ったって話を教室でしているのを何度か聞いたことがある。

だが、まあ何度も言ってるような理由で俺を誘ってくれた奴がいなかったから、俺はここのプールに来たのは初めてだ。


「スライダーにも行ってみたいな。」

「あとで行きましょ。お姉ちゃんもいいよね?」

「ええ。ここのスライダーは有名だってうっちも言ってたわ。あ、うっちというのはお姉ちゃんの友達よ。」

「うん、何度か私がドイツにいる時に話してくれたよね。」


俺たちは、流れるプールを浮き輪につかまってのんびりぷかぷか流されている。

浮き輪に押し当てられた小山内の体には極力視線が行かないように注意しながら、なんてことない会話を楽しむ。


真夏らしい真っ青な青空に、ぷっくり盛り上がった白い雲が浮かんでいる。


肌を灼く太陽も、プールに入っていればいいアクセントでしかない。


「きゃっ!」


小山内は、悪戯っぽい笑顔で水をかけてきた陽香ちゃんに「やったわね!」と言いながらこれも心底楽しそうな笑顔で水をかけ返している。


俺はなんだか満たされたような不思議な気分だ。

あーこの時間がずっと続けばいいのに。


俺がぼーっとそんなことを考えながら流れに身を任せていると、いきなり水がかけられた。

見ると小山内と陽香ちゃんがクスクス笑ってやがる。


「やったな!」


そう言って俺は手を水かきの形にして水を掬い取った。



一息ついてあたりを見回すと伊賀とホリーの姿がない。

伊賀とホリーも一緒に流れていたはずだが、流されてるうちに離れてしまったようだ。

と言ってもあとで集まることに決めてあるから、全然心配はない。イケメン2人がそろって逆ナンされる心配以外は。


そんな調子でしばらくきゃーきゃー騒いで腕時計を確認すると、もうすぐ伊賀たちと約束した集合時間になっていた。

名残惜しいが、みんなで集まって食事することになっている。ずっと水の中にいたから、十分腹も減ってるし、一旦水から上がった方がいいだろう。


「そろそろ時間だな。」

「そうなの?もう少しこうしていたいけど、堀くんたちを待たせたら悪いわね。陽香、上がるわよ。」

「うん。ごはんだよね。楽しみ!」


俺は最初に水から上がって小山内たちから浮き輪を受け取りプールサイドに置く。

それから水から上がりにくそうにしている小山内に手を差し伸べた。


「ありがとう。」


一瞬ためらったあと小山内はそう言って俺の手を取った。


「引っ張るぞ。」

「お願い。」


力を入れてぐんと小山内を引っ張る。

小山内は空いた方の手をプールサイドについて一気に水から出た。

小山内は「ありがとう。」とお礼を言ってそのまま立とうとしたから、俺は手を離さずに立たせようとした。

しかし。


「あっ!」


小山内は短くそう声を上げると、足に力が入らないかのように足をもつれさせてしまった。


危ない!倒れる!


俺は掴んだ小山内の手を引き寄せる。

小山内から跳ねた水滴がいくつも太陽にきらめく。


「あっ、えっ?!」


小山内はその勢いで、俺の方に倒れ込んできてしまった。

俺はしっかりと小山内の身体を受け止める。


一瞬の後、俺の目の前数センチのところに小山内の顔があって、胸には柔らかい感触が。


「「!!!」」


ひたすら固まる俺たち。


俺の心臓の音が一気に高まる。このままだと、薄い布一枚を隔てただけで触れ合っている小山内に伝わってしまう。


だが、俺の硬直は解けない。


先に我に帰ったのは小山内だった。


「手を…放して。」


囁く小山内。


「えっ?」

「そんなふうに握られてたら離れられないわ。」

「あっ」


俺は小山内の手をしっかり握り締めたままなのにようやく気づいた。


「ご、ごめん。」


謝罪とともに慌てて手を放す。


「いいの。わかってる。」


手を離して、お互い一歩ずつ後ろに下がって、またまた真っ赤になったままお互いの顔も見られずひたすら俯く俺達。


「ねえ。そろそろいい?」


それは、1人でプールから上がって、呆れたよに俺たちを見ている陽香ちゃんだった。



「テルと小山内さんに何かあったの?」


食事をしながら横に座った陽香ちゃんにそう尋ねたのはホリーだ。


さっきの事件の後、ひたすら無言で集合場所に集まり、ほぼ無言で軽食コーナーでお昼の食べ物を買って戻って来た俺たちを不思議そうに見ている。


ちなみに俺と小山内はみんなで囲む丸テーブルで1番遠い位置に座ってる。


「ええと、青春の1ページかな?」


陽香ちゃんは、うまいいい回しを思いついたとでもいうように、ホリーににっこり笑って答えた。


「こら、陽香。変なこと言わない。あれはただの事故よ事故。」


陽香ちゃんの、ホリーと反対側の隣に座ってる小山内が微かに頬を染めながらすかさず訂正を入れ、そのあとちらっと俺を見た。


あの視線は俺にもなんか言えってことなのか?


だが、小山内のいう通り事故は事故なんだが、陽香ちゃんのいう通り、さっきのは間違いなく俺にとって青春の1ページだぞ。


俺がそうためらいを覚えたせいで何かを言う前に、さらに陽香ちゃんが、小山内と同じような視線を俺に走らせたあと、俺も聞きたい質問を口にした。


「はーい。でもお姉ちゃん、嫌な事故だった?」

「もう、陽香。いい加減にしなさい。」


小山内ははっきりと頬を染めたが、答えを口にしなかった。


日頃俺に容赦なく「バカ」と言ってる小山内だから、「もちろん嫌だった。」と言われてしまうんじゃないかと思ったが、ほっとしたぜ。


「プールの事故は危ないから気をつけないとね。」


ホリーは、聞きようによってはまるで俺と小山内に何があったのかを知っていて言っているかのような感想を言った。


はっとして小山内を見ると、小山内は俯いてしまっている。髪の間から見える耳たぶの色からすると、真っ赤になってるようだ。


「堀さんうまいこと言いますね!」


陽香ちゃん、そろそろ勘弁してください。そろそろ俺も限界だ。


「そういえば事故と言えば、テルは川で水難事故に遭った子供を助けたんだって?」


伊賀が、俺のテレパシーを受けたみたく、話を変えてくれた。


陽香ちゃんは、やれやれとでもいうような表情を一瞬浮かべたあと、話題の転換に付き合ってくれた。


この子、意外に小悪魔かもしれん。

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