第108話 プール (1)
なんて言えばいいんだろ?
大逆転?
それとも運命?
とにかくそんな感じで、俺たちは明日、プールに行くことになった。もちろん伊賀も参加する。
むしろ、陽香ちゃんの方がホリーや伊賀の参加をどう思うか心配だったので小山内に聞いて貰ったが、全然気にしないってことだった。
まあ、ホリーも伊賀もイケメンだしいいか。
そういえば俺、水着あったっけ?
いや、学校の授業で使ってるのはあるが、さすがにみんなでプールに行くときにあれは…
探してみたら出てきたんだが、小学生の時に家族旅行で海に行った時のしか出てこなかった。
育ち盛りの俺が今はけるわけがない。
慌てた俺は、自分でも何をどう思ってなのかわからないが、小山内に電話をかけてしまった。
「なに?」
「小山内、明日のプールがヤバい。」
「どうしたのよ?」
「おれ、授業で使う水着しか持ってない。」
「はあ?あんたバカなの?何でそれを私に電話してくるのよ。」
小山内のお怒りの声が耳を貫く。
その声に、俺は我に返った。もっともだ。
「そうだな。思わずパニックになった。悪かった。」
「いいから、すぐに買いに行ってきなさい。」
「わ、わかった。変な電話してごめん。」
「ちょっと待って。男子の水着って、あの、かっこよくないのよね?」
「そうだ。せっかく小山内とプールに行くんだから、あれはダメだよな。」
「…そういうことを言わないの。ばか。でも、今から買いに行ったら遅くなるでしょ。もういいわ、学校で使ってるのをもってきたら。」
ここの「ばか」はなんとなく、さっきのバカとは違って、柔らかい口調だった。
それはともかく、それでいいのか?
俺には、いままで女子と海やプールに遊びに行ったことなんてないから、許容範囲がわからん。
だが、小山内がいいというのならいいのか?
せっかくの友だちとプールデビューにそれでいいのだろうか?
翌日、約束どおり、プール前でみんなで集合した。
小山内は、中学生にしては少しだけ背が低めかな、という少女を連れて来ていた。
「はじめまして。小山内陽香です。今日は無理を言ってごめんない。日本にいる間にプールに行って、テーマパークに行って、お好み焼きを食べたいと思ってたので姉に無理を言ってしまいしました」
そういって陽香ちゃんはえへっと笑い、ぺろっと舌も出した。
小山内を美人系美少女とすれば、その子はかわいい系美少女だ。
もちろん小山内もかわいいんだが、かわいいと綺麗を天秤にかけたら綺麗にかなり傾く美人系美少女だ。
しかし、陽香ちゃんはかわいいに傾いて天秤がひっくり返るくらいのかわいい系美少女だ。
髪は小山内よりちょっと色が淡めのフレンチボブ。くりっとした目に細い眉。小さく品のいい鼻。ぷっくりついつんつんしてみたくなるようなほっぺた。小さく薄い唇。
それぞれのパーツもかわいいんだけど、纏っている空気がまたかわいさを爆発させている。
服もパステルっぽい淡い緑色の動きやすそうなブラウスに白の膝上までのスカートで清潔感が半端ない。
「あなたが俺さんですね。いつも姉がお世話になっています。」
陽香ちゃんは3人いる男子の中からすぐに俺が誰だかを見抜いてぺこりと頭を下げた。
まあ男子3人の中で1番イケメンじゃないからわかったんだろう。
「あなたが堀さんですね。先日は姉をお茶会に招いていただいたそうでありがとうございます。」
陽香ちゃんはさらに、ホリーも正確に見分けた。
おれは弁当トリオの中で唯一の非イケメンだから、陽香ちゃんが俺を見分けられたのはわかるが、ホリーと伊賀を見分けられたのには驚いた。
「あなたが伊賀さんですね。姉が俺さんと活動しているのをサポートしていただいているそうで、ありがとうございます。」
伊賀はサポートというか、情報通というか。まあ敢えて言えばたしかにサポートだな。
あっけにとられた俺たちは、一拍遅れてそれぞれ自己紹介をした。
小山内から、陽香ちゃんはギフテッドだと聞いていたが、さすがすごい。
ただ、プールに来ることになったのは、俺に会いたいからじゃなかったのか?小山内はたしかそう言ってた気がするんだが。
俺がそう疑問に思っているのをまるで感じ取ったように陽香ちゃんは、俺に何かの意味がありそうな視線を送ってきた。
「とりあえず、入りましょ。こんなところで立ってても暑いだけよ。それより早くプールにね。」
俺の視線の先に気づいた小山内が、いかにも暑そうに手で顔をぱたぱた仰ぎながら言ったその言葉にみんなが反対するはずもなく、俺たちは陽香ちゃんからドイツの話なんかを聞きながら更衣室を目指した。
さすが8月ということか、場内はもう既にかなりの人が行き交っている。
俺たちは小山内や陽香ちゃんと別れて男子更衣室に入って行ったが、中では何人も着替え中だった。
プールも人がいっぱいそうだ。
というより。
こんだけ男がいたら小山内たちに声をかける奴がきっと出てくるに違いない。とにかく急いで着替えて、そういう不埒な奴から小山内を守らないと。
なんてことを考えながら急いで着替えて、ふとホリーや伊賀を見たら、2人ともいい感じに派手なのにセンスの良さそうな水着を着てる。
「ああ、えーと。」
俺の声が聞こえたか、ホリーと伊賀が俺を振り向いた。
「テル、それ学校で着てる水着かい?」
やっぱり伊賀に気付かれた。
俺、やらかしちゃったか?
どきどきと心臓の音が高くなって行く気がする。
「僕の水着、派手だったかなあ。伊賀くんどう思う?」
「ホリーのが派手だったら僕のもそうなってしまう。」
伊賀が言う通り、ホリーのより伊賀の方が原色を多く使ってる分もっと派手に見える。
「陽香ちゃんに、僕たちが遊んでる人みたいに見えちゃうかな?テルくんどう思う?大丈夫かな?」
そんな話になっていって、俺が学校の水着を着てることは話題にならなかった。
正直ほっとした。
まあ派手なら目立つけど、地味なら目立たないからそれでいいのかもしれない。
小山内もホリーの言ったようなことを気にして、俺が水着を買いに行くのを止めたのかもしれないな。
小山内の水着姿を見て鼻の下を伸ばしてるところを陽香ちゃんに見られないように注意しなければ。