第107話 お誘い (4)
さあ、待ちに待った夏休みだ。
朝からクーラーをがんがんにかけてとりあえず朝飯。
そのあと、ネットで動画を飽きるほど見て、ゲームを吐くほどやって、ラノベ読んで動画また見て、その後どうしようか。
とりあえず1日目はそれで行こう。
夏休みはまだまだあるし。
と思ってたら、なぜか小山内から電話がかかってきた。
まだ朝の予定のネット動画見始めたばっかりだぞ。
「まだ寝てた?」
「いやさすがに起きてた。どうしたんだ?」
「あんた、昨日、海に行きたいって言ってたわね。」
「ああ。」
「あれ、本気だったの?」
「もちろん。」
「それ、本気で言ってる?」
「本気で言ってる。」
「そう。わかった。後でまた電話するわ。」
そんで、何の説明も無しに電話が切れた。
何なんだこの電話。
動画の視聴を再開したが、小山内からの電話が気になって、今ひとつ集中できない。
電話の後、何本かの犬動画と猫動画を見て、次なんにしようか、小山内が海とか言ってたからイルカ動画があったら見ようかなんて思ってたら、今度はホリーから電話があった。
なんだ?
「テルくん、ちょっといい?」
「いいぞ。なんだ?」
「ガイくんとどっか遊びに行かない?」
「ん?今からか?」
「今日か明日。」
「急にどうしたんだ?」
ホリーは声をひそめた。いや夏休み中なんだからひそめる意味ねえだろ。
「ちょっと嫌な予感がして。」
「嫌な予感?」
「実は昨日、補習が終わった後に佐々木さんと渡部さんが2人で一緒に来てしゃべって行ったんだけど、その時僕の今日と明日の予定も聞かれたんだ。」
佐々木さんと渡部さんはホリーが好きなことを隠さない。
隠さないどころかお互いおおっぴらに牽制しあってた、はずだ。
「そりゃ嫌な予感するな。」
「でしょ。」
「そんでどう答えたんだ?」
「テルくんとガイくんには悪いんだけど、2人と遊ぶ予定って。」
つまり名前を使われたってことだろう。
「まあ、あの2人が予定聞いて来てホリーが暇だとか答えたら、強引にどこかに引っ立てられて行きそうだからな。いいよ。」
「テルくん、面白い言い方するね。」
ホリーはクスクス笑ってる。
「ホリーはあの2人のどっちかと付き合う気はないのか?」
「2人とも恐いんだ。」
ホリーは即答した。
俺はホリーのお茶席争奪戦の時の2人の姿を思い出した。まあ、あの2人のがるがる見たら恐いだろう。
「だろうな。俺の名前使ってくれていいよ。それでなんで実際に遊びに行こうってことになるんだ?」
「あの2人だったら、本当に僕がテルくんガイくんと遊びに行ったか、細かく聞かれそうな気がするから、遊びに行っといた方がいいかなって。それに、テルくんと一緒に遊びに出かけたことがないから、行ってみたいと思って。」
その理由の順番が前後逆だったらもっと嬉しかった。だが、それでも「嘘つき君」だった中学時代にまったくなかった、友達から遊びに誘われるって体験を出来そうってことだけでわくわくした。
「いいぞ。どうせ予定ないし。」
俺はさも誘われ慣れてるかのように答えた。
こんな見栄ぐらい張っていいだろ?
「ありがとう、じゃガイくんにも予定聞いてからもう一回電話するね。」
ホリーは嬉しそうにそう言うと、電話を切った。
実質的な夏休み1日目から小山内から思わせぶりな電話があったり、ホリーから誘われたりと、幸先のいいスタートだな。
こういう時ラノベやマンガだと両方女の子からのお誘いで、しかも同じ日時にダブルブッキングになって、優柔不断な主人公がいい目を見たり、痛い目にあったりする。
だがリアルじゃそれはないようだ。現にホリーも伊賀も立派なイケメン男子だからな。
なんてことを考えてたら、小山内からまた電話がかかって来た。
「待たせたわね。」
「待ってました。」
一瞬小山内の言葉が途切れる。
電話の奥で「こんなバカにほんとに?」とか失礼なことを言ってるのが聞こえる。
まあ、バカと言われても本当のことだからな。
「バカなことを言ってないで。」
「へいへい。」
「本当は嫌だし、海でもないけど、あなたがプールでいいなら行ってあげてもいいわ。」
口調からは嫌そうな感じは受けず、どっちかって言うと恥ずかしそうな雰囲気なんだが、それよりも、小山内が言った内容の方が問題だ。
「小山内、今なんて言った?」
「プ、プール。」
「いやその前後も大事だろ。」
「本当は嫌だけど。」
こいつ、俺をからかっているのか?
「あーもう。私は全然そんな予定なかったし、あんたとプールに行きたいなんて思ってなかったのよ。でも陽香が、どうしてもあんたに会ってみたいって言うもんだから。」
陽香ちゃんていうのは小山内の妹さんな。すごく賢くて、小山内より2つ年下なのにドイツの大学で研究してるって聞いている。
「ええと?」
俺は話についていけなくて、間抜けな声を出した。
「だから、陽香があんたに会いたいっていうのよ。あんた、私と海に行きたがってたように思ったから、海は無理でもプールならあんたが来てくれるんじゃないかって思ったのよ。」
ええと、陽香ちゃんが俺に会いたいなら、ファミレスでもいつものカフェでもショッピングセンターでも遊園地でも水族館でもどこでも行かせていただきますが?
と思ったが、それを言うとプールに行けなくなりそうだから黙っておこう。
「どうなの?行くの?」
「もちろん喜んで行かせていただきます。」
「喜んでって、あんたそれ…陽香に手を出したらどうなるかわかってるわよね。」
世にも恐ろしい声で小山内が脅してくる。
恐わー。まじで恐わ~
「もちろんわかってるぞ。小山内が俺を許さないんだろ?」
「それは…まあそれでいいわ。じゃ、あんたよりイケメンをあと1人か2人集めて。」
「どういうことだ?」
「陽香が来るでしょ。」
「ああ。」
「あなただけが来たらどうなると思う?」
「えーと?」
パラダイス?
「万一、陽香があんたを好きになったらどうするのよ。」
「それはいくらなんでも考えすぎだろ。」
「そうなんだけど、なぜか陽香があんたにすごく興味を持ってるの。」
「それダメなのか?」
「だめ。絶対だめ。」
小山内はふざけたことを、なぜか真剣そのものの声で言い張った。
たしかに万が一俺のことを陽香ちゃんが好きになってしまったら、日本とドイツの超遠距離恋愛になるか。お姉ちゃんとしては、反対だよな。
そりゃダメって言うよな。
「わかった。小山内とプールに行きたいから条件を飲もう。」
「ばか!」
もちろん、勝算はそれなりにある。
ホリーいつもありがとう!
俺は小山内に、ホリーからお誘いがかかってることを伝えて、今日か明日、ホリーや伊賀と一緒でもいいか確認してからホリーにすぐに電話をした。