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第11章 夏休み、始まる 第104話 お誘い (1)

期末テストは小山内のおかげで赤点なしで乗り切る事ができた。

その答案の返却が終わるとすぐに終業式があって、次の日から全員参加の補習が始まる。


何のために終業式があるんだろうな。


なんていう些細な疑問より、より大きな人生の疑問に俺はぶち当たっていた。


人生最初で最後の高1の夏休みの思い出が、まさか補習と穴掘りだけで終わるのか?


これだよこれ。

高校に入って、期待通り「嘘つき君」とはお別れできた。

期待以上の美少女とクラスメイトになることができた。

その美少女と期待すらしていなかった、絆を結ぶこともできた。


だったら、夏休みに仲が良くなったグループで海へ、なんてテンプレ展開を期待しちまうだろう。


それが補習と穴掘りしか予定がないなんて、夏休みじゃなくて夏闇だよな。


いや、そういい感じの話がいつのまにか盛り上がって、俺が何もしないのにいつのまにか女子と一緒に海へ、なんてことが起こるわけないってのもわかってたんだ。


だから、無理は承知で、それとなく小山内に夏休みの予定を聞いてみた。あの、俺が川に入った日、城跡に向かって自転車を漕いでる時にな。


「久しぶりにパパとママと陽香がドイツから帰ってくるの。」


と、今まで見た中でのとびきりの優しい笑顔で答えた小山内に、その時間をちょっと分けてくれ、なんて俺に言えるはずねえし。


というわけで、小山内を誘うのはそこで断念。


まあ、7月中は補習で小山内に会えるし、付き合ってるわけじゃないから、穴掘りで会えるだけでもありがたいと思わなきゃな。


もっと言えば、もしかしたら補習中に何か奇跡が起こるかもしれないし。


というわけで、今日は補習4日目だが、依然として夏の闇に光が差す気配はなく、間に土日を挟んだせいで、全員補習も早くも後半戦だ。



そんな少し焦燥感を感じている朝、俺が登校するために駅の改札に向かっていたら、小山内とばったり出会った。


「おはよう小山内。補習中もいつもみたいに早めに登校してたのに、今日は遅かったんだな。」

「おはよう。ちょっと昨日寝るのが遅くなって、寝過ごしたのよ。」


そう言って、小山内は何を考えてるのかよくわからない不思議な表情で俺を見た。


「どうしたんだ?俺のことを考えてて眠れなかったとか?」


まあこれくらいの軽口は許してくれるだろ。

現に小山内は特に怒るでもなく、ごく自然な口調で、


「そうよ。よくわかったわね。」


と切り返してきた。


「お、おう。」


てな感じで見事にあしらわれる俺。

小山内はそれ以上何も言わずに、


「急ぎましょう。」


と言って足を早め、俺も頭の中で「もしや?」と「ありえない。」をリピートしながら、当たり障りのない会話に終始した。


小山内と初めて一緒に登校するという、肉壁軍垂涎のシチュエーションだったのに、それに気づかずぼーっと登校してしまったってことに気がついたのは教室に入った後だった。

うまくやれば夏闇に一筋の光が差すチャンスだったのかもしれない。

ちくしょう。



小山内のあの不思議な表情の謎が解けたのはその翌日だった。


「用があるから、明日の補習が終わったら藤棚に来て。」


というショートメールを前日に受け取っていた俺は、小山内の指示通りに藤棚へ。


藤の葉で直射日光が遮られているとは言え、真夏にわざわざ外で会わなくても、という若干の不満を抱えながら待ってると、榎本さんがやってきた。


「あれ?榎本さんも呼ばれたのか?」

「はい、そうです。凛ちゃんに、相談があると言われました。」


小山内のいう「用がある」っていうのは相談したいことがあるってことか?

榎本さんも呼んだってことは裏の活動のことだろうか?


「待たせたわね。」


知ってるか?びっくりすると猫だけじゃなくて人間も飛び上がるんだぜ。


「あんた何驚いてるのよ。私が呼び出したからここにいるんでしょ。私に声をかけられてなぜびっくりしてるのよ。」


小山内は俺向けの中の人を大活躍させながら、わりときつめに聞いてきた。

そんで、俺と榎本さんが仲良く並んで座ってるのをじろりと見て、眉を逆八の字にして一気に詰問口調で畳み掛けてきた。


「あんたまさか、ユリちゃんに」

「違う、完全に誤解だ。俺はお前が遠回りルートで来ると思ってなかったから、急に声をかけられてびっくりしただけだ。」

「あんた、私が何度も図書館の裏を回ってここに来てるのを知ってるじゃない。」

「それは、榎本さんが来て、何というか警戒感が薄れた不意をつかれたというか、そんな感じになったからだよ。」


俺はわかってもらおうと必死に説明する。


「凛ちゃん、俺くんの言う通りです。俺くんは私と話してただけです。」


榎本さんも援護してくれる。

小山内は疑わしそうに眉を寄せた。


「本当にそうなの?その割には挙動不審なのよね。でもまあ一応信じてあげる。あんたヘタレだし。」


小山内は最後の言葉を言った後で「余計なこと言っちゃった。」みたいな顔をしたが、大丈夫だ。俺も十分自覚あるからな。


一瞬俺と小山内の間に流れた気まずい空気を敏感に察知したのか、榎本さんが話題を変えてくれた。


「凛ちゃん、相談てなんですか?」


小山内は小さく咳払いをしてからその問いに答えた。


「うん。それなんだけど、ユリちゃん、ここで相談して大丈夫?暑くない?」


そう言っ小山内は藤棚をすかして空を見上げた。

俺と榎本さんも釣られて見上げる。

太陽が熱気を絶賛タイムセール中だ。


「ここは日陰ですがやっぱりちょっとだけ暑いですね。」

「榎本さん、そんな小山内に気を使わなくていいと思うぜ。」

「あんたは、ちょっと黙ってなさい。でも場所を変えましょうか?」

「長くかかるような相談ですか?」

「うーん、どうなんだろ。」

「小山内、とりあえず話してくれ。内容を聞いて長くなりそうなら駅前のファミレスに行ってもいいし。」


なんとなく、いつもどんどん話を進めていく小山内にしては、話すのを何かためらってるような気がするんだが。


俺がそんなことを思っていると、小山内は小さく息を吸って、表情を引き締めた。

それから俺にちらっと視線をやり、ようやく切り出した。


「ごめんなさい。変に回りくどくなって。実は、私の家族、パパとママと妹がドイツに住んでるんだけど、この夏休みに帰ってくることになったの。」


この前聞いた話だな。


「よかったな。」

「よかったですね。」


しかし、その俺たちの言葉に、小山内はちょっと困った顔をした。

なんだ?


「両親とは、いつもネットの会議機能を使って話してるの。それで、この前話した時に、今度日本に帰ってきた時の話になって。」


そりゃ話が盛り上がっただろうな。よかったな小山内。


「パパが、いつも私が話してる友達を連れてきなさい、パーティしようって言い出して、ママも陽香、妹なんだけど、すごい乗り気になっちゃったのよ。」


そうか、小山内は小山内カーストの誰を招くか榎本さんに相談したいってことか?

じゃ、俺ここにいなくていいんじゃね?


「それでいつも私が話してるって、パパが言うのがユリちゃんと。」


そこで一旦小山内は言葉を切って、明らかに顔を赤くしながら、俺を見た。


嫌な予感がしきりにし始めたんだが。


「それと、あんたのことなのよ。」

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