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 第101話 雨のあと (3)

俺は、スマホ片手に、小道の状況を撮影しながら、小山内と一緒に林に向かってゆっくり歩き始めた。


さすがの小山内も、泥で滑りやすいこの道を、いつものすっすっという歩き方で行けるわけもなく、くちゃくちゃという、俺よりも軽い音を立てながら慎重に歩いている。

登りに差し掛かるところで俺は、小山内にアドバイスした。


「草が刈られた後の株みたいになってるところがあるから、その株の上に足を乗せたら滑りにくいぞ。」


小山内は軽く頷いて、その通りにし始めた。

どうやら声に出して返事する余裕も無いらしい。

俺は、小山内が滑ったら支えられるように、小山内の後からついて行く。


小山内は、さらに慎重に、俺のアドバイス通り株を見つけて歩いて行った。

多少ぐらつく時もったが、途中で「あっ」っと声を出したのは一回だけで、無事に藪だったゾーンを突破。


2人で林に入り、日陰を求めて少し中まで入る。

そのあと、暑さと緊張で噴き出た汗をぬぐってちょっと休憩。

ポニテにしてる分、小山内の汗がいつもよりきらめいている。


「どう?大丈夫だったでしょ?」


小山内は表情も「どうだ!」にしながら尋ねてきた。


「ああ。さすがだ。泥はねは大丈夫だったか?服に着いてないか?」

「あ、そうね。」


そう言って、心配そうに小山内は、体をくねらせながら服をあちこち見る。


「見える範囲は大丈夫だと思うけど、背中についてないか見てくれる?」

「ああいいぞ。」


俺の前で、小山内がポニテを揺らしながらくるりと回って見せた。


「どう?」

「大丈夫だ。」

「よかった。やっぱり雨の季節は気をつけないといけないわね。」

「そうだな。このあたりも鳥羽先輩に伝えておいた方がいいな。」


俺たちはそう言い合いながら、あうんの呼吸とでも言ったらいいか、2人ともおもむろにリュックから凍らせてきたペットボトルを取りだし、一口飲んだ。


「うめー!」

「冷たくて美味しい。」


ちなみに俺が持ってきたのはミルクティーで小山内はスポーツドリンクな。

何故か敗北感がある。


それはともかく。この辺りは、元から林になっていたので、草なんかもあまりはえていない。なので草刈りはされてなさそうだ。季節的に前きた時より伸びてはいるようだが、歩いたりものを運んだりするのに邪魔になりそうなところはない。


ここはとりあえず何方向か撮影しておくだけで良さそうだ。

…美味しそうにペットボトルをあおる小山内の姿を撮影したかどうか、それは秘密にしとこう。


とりあえず、滑って転んで的な無様なことにもならず、藪だったゾーンは突破できた。

休憩後は、俺たち、特に俺の赤面ゾーンまで行こう。


そんなことを考えていたら、小山内が何かに気付いたように俺たちが置いてきた自転車の方に視線をやった。


「どうかしたか?」

「何か聞こえなかった?」


風がさわさわと木の葉を揺らす音が聞こえる。


「風の音か?」

「違うわ。別の…」


その瞬間。

甲高い、子供が単に歓声を上げただけにも聞こえる声が俺にも聞こえた。


「なんだろう?」


俺のその言葉に、小山内は右の人差し指を立て「しーっ」のポーズ。

何かの異常を聞きつけているような小山内の様子に、俺も小山内の視線方向に向き直り、小山内をまねて手を耳に当てて耳を澄ます。


「お…た…て」


切れ切れにしか聞こえないが、やはり子供の声だ。子供の声だが、叫んでいる声だ。


「とりあえず、林から出てみよう。」

「そうしましょう。」


またもともと藪があったあたりまで戻ってみる。


また聞こえた。


「おぼれ… たす…て」


俺と小山内は咄嗟に顔を見合わせて、一緒に叫んだ。

「溺れてる、助けて、だ!」


小山内は叫び声が聞こえてきた方を指差した。


「あっちは川の方向よ。」


そうだ。最初にこの城跡に来た時、鳥羽先輩が昔は水運で栄えていたと言っていた川がちょうどあの方向だ。


「行こう。子供が溺れてるのかもしれない。」

「うん。急ぎましょう。」


俺は小山内に右手を差し出した。


「俺の手を握って。」

「何?」

「小山内が滑りそうになったら俺が支える。」

「えっ!」

小山内が俺の差し出した手を凝視する。


「そのかわり俺が滑りそうになったら支えてくれ。」

「バカ。」


そう言って小山内は俺の手をとった。

しなやかな小山内の手を、俺はぐっと握って声をかける。


「急ぐぞ。」

「もちろん。」


俺たちは手を繋いで、急いでぬかるむ小道に入って行った。



2人で手を繋いだおかげか、2人とも何度かずるっと滑りそうになったり、握った手に力が入ったことはあったが無事に舗装道路に戻った。


ちょうどその時またかすれた、泣いているような叫び声が聞こえて来た。


「誰か助けて!しんくんがおぼれてるの!助けて!」


「あっちよ!」


小山内は繋いでいない方の手で聞こえて来た方を指す。ここからは50メートルほど先に橋がかかってるのしか見えない。


「うんあっちだ、走ろう。」

「ええ全力で!」


俺たちは手を繋いだまま走り出す。幸い橋まで舗装道路が続いているので、すぐに橋に着いた。

どこだ?

叫んでいる子供たちはどこにいる?


橋は十数メートルくらいの幅のある川を渡っている。

川の水はひどく濁り、流れ去る濁流に緑の草が翻弄されている。

どう見ても雨で増水してるぞこれは。

ここに子供が落ちたのか?


「助けに来たぞ、どこだ返事しろ!!」


俺は精一杯の声を張り上げる。


「どこなの!どこにいるの!」


小山内も叫ぶ。


「ここ、ここです。」


橋の下から女の子の声が。

俺は橋の欄干から身を乗り出して橋の下を確認する。

橋のたもとからちょうど橋の下に潜り込めそうな小さな階段が作り付けられ、そこに小学生くらいの2人の子供たちがいるのが見えた。

1人は川に降りようとしている。


その視線の先には、2人と同じくらいの男の子が、胸あたりまで水に浸かり、増水した川の真ん中くらいの草につかまって流れに必死に耐えている。

溺れてはないが流されるのは時間の問題だ。


「お姉ちゃんたち、しんくんを助けて!」

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