第100話 雨のあと (2)
このじゃれ合いというか掛け合いのあと、体感的にはあっという間に城跡に着いた。
現地を見て最初に感じたのは、なんだっけ、家のリフォーム前とリフォーム後を見せる番組。
あれを見た気分だ。
周囲が田んぼで目印になるようなものもないし、前回と違って体感的にすぐに着いたこともあって場所を間違えたのかと最初思った。
だが、今俺たちがいる場所は前回自転車を駐めた同じ場所に見えるし、ここから見える範囲で、間違えそうな林もない。
なにより、さっき小山内のスマホが、「ナビを終了します。」と宣言したんだから、間違ってないだろう。
「すごく綺麗になってる。」
小山内が、びっくりして声を上げた。
そうなんだ。
鳥羽先輩から、藪内さんが藪を刈ってくれたって聞いてはいたが、確かに、これじゃあ現地を確認して欲しくなるぞ。
なんと、藪がなくなっていた。
前は、林の手前に、一面の藪があって、その中に、藪が薄くなってるので、通路だろうなと思えるところがあって、そこから林に入っていった。
だが、今は藪が綺麗に刈り込まれて、林までちょっと上り坂になってる姿まで綺麗に露わになっている。刈られた後に伸びたであろう少しの緑はあるものの、そんなのごく一部でしかない。
雨が降った後だから、藪が残ってたら合羽がいるかも、と小山内と相談していたんだが、一切必要なさそうだ。
「このあたり、藪がなくなったから車が何台も停められるわね。」
小山内が道路近くの一帯を感心した表情で見回しながら言うとおり、少し登りになってはいるものの、広さは充分だろう。後はぬかるみになっていないか、だが。
「少し登りになってるおかげで、水はけも良さそうだな。これなら車で入れそうだな。」
そう言いながら、俺はちょっと引いた位置からその様子をスマホのカメラで撮影した。
「小山内、悪いけど、比較のためにそのあたりに立ってくれないか」
「いいわよ。この辺りでいい?」
「ああ。そのまま動かないでくれ。」
小山内も地面の様子を見に近くに寄ってたから、車を停められる場所のサイズ比較のために画面に収めることにした。
すました顔で立ってる小山内がなんだか微笑ましい。
「どうだ?」
撮影した画像を小山内に見せる。
「こうして見ると、すこし現場の様子と感じ方が違うわね。」
「ああ。でも、車が何台停められそう、ってのはわかると思うんだ。」
「そうね。うん。これで十分だと思うわ。」
「じゃ、中に入ろうか。」
「ええ。暑いけど、完全装備ね。」
そう言うと、小山内は捲り上げていた袖を戻して軍手も装着。それに長靴も忘れずに、と。俺も準備完了。
「首にタオルも巻いておいた方がいいぞ。」
「どうして?」
「汗を吸ってくれるし、直射日光が当たらないし、虫も防げる。」
「虫?」
小山内が嫌な顔をした。
俺は虫の中でも毛虫が首筋にポトリとかいう恐怖展開を考えていたんだが、さすがに空気を読んでその言葉は口にしない。
そんなことしたら小山内がここでお地蔵さんになってしまいそうだ。
「主に熱中症対策だな。」
「そう。」
複雑な表情を浮かべたものの、小山内はとりあえず納得してくれた。
「俺が先に入るから、動画を撮影してくれるか?」
「いいけど、私も一緒に行かなくていいの?」
「とりあえぜこの場所からどこまで見えるかを確認してほしい。それに前にきた時滑りやすかったから、とりあえず薮が刈られてそれがどう変わったか確認してくる。」
「わかったわ。あなたのスマホで撮影した方がいいのかしら?」
俺はちょっと考えて「そうしよう。」と言ってスマホを小山内に預けた。画面が消えた時に備えてロック解除のコードも教えておく。
「コードを聞いてもいいの?」
とか小山内が言ったから、俺はつい悪戯心を起こして、なんでもないような口調で
「いいけど、アルバムはタップするなよ。」
と言ったら、小山内は最初「なぜ?」という表情を浮かべたが段々と赤くなっていった。
「サイテー。やっぱりあんたはセクハラ大魔王だわ。」
とも言いやがった。俺が予想した通りの反応だったので、しれっと、
「何を想像したのか知らないが、さっき撮影した画像を間違って消さないように、ってことだが。」
と言ったらますます真っ赤になってあさっての方を聞いて何も言わなくなった。
これで間違っても小山内はアルバムは開かないだろう。
お気に入りに、この前誤操作で撮影してしまった小山内の画像が入ってることに気がつくこともあるまい。
ふふふ。
まだ小山内と戯れていたいが、そのうち小山内が怒るかもしれないので、やるべきことを先に片付けよう。
俺は雨に濡れた、いかにも泥って感じの土の小道におっかなびっくり足を踏み出す。
もと藪だった時よりもなんか泥がぐちょぐちょの気がするが、これは雨のせいだろう。泥になってるのは表面だけで、深く沈み込んだりはしない。ただ、坂になっているところに差し掛かると、以前来た時よりずっと滑りやすくなった気がする。
俺は足元に集中してバランスをとりながら、ぐっちゃぐっちゃと音を立てて慎重に歩を進めた。
やがて、滑りそうな土がむき出しのところを避け、刈られた草の株のところに足を置くようにすると、傾斜があっても滑らないことに気がついた。この歩き方なら小山内も滑らないで済むだろう。
「どう?大丈夫?」
片手で構えたスマホのカメラを俺に向けながら、小山内が通る声を出して聞いてきた。
「ああ、なんとか滑らずに行けそうだ。あとでコツを教える。」
と俺も大きな声で答えた。
まあ、このへんまで来たら、一回戻って小山内と一緒に来たらいいか。
軽く汗をかいてるのを感じ、日陰になってる林の中に入りたい誘惑もあったが、小山内も暑いだろうしな。
また、ぐっちょぐっちょといわせながら俺は小山内の元に戻った。
「何とか行けそうだ。一緒に行こう。」
「撮影はどうしたらいいの?」
「今度は俺が撮影しながら歩いていく。結構ぐちょぐちょになってるから、歩くとき静かに歩かないと、泥がはねて服につくかも知れない。気をつけてくれ。」
「わかったわ。」
「あと、滑りそうになったら、俺に掴まればいい。」
小山内は、俺の顔をみた。セクハラ大魔王の顔つきかどうかを審査してるのかも知れない。
「そうならないように気をつけるわ。」
小山内は、斜め上に視線をそらしながら審査結果を教えてくれた。
セクハラ大魔王の認定をされてしまったということか。
ま、まあ、さっきのいたずらに、後悔はしてないぞ。
してないったらしてない。