7月 学園祭当日
ちょっと短め。
7月18日(土)学園祭1日目 午前の部 部活発表会
この学校の学園祭は7月の三連休で行われる。
この時間は各文化系部活動や運動部の有志がなにがしかをステージ上で行う時間。午後からは学生だけでの模擬店がプレオープンって形。
学園祭の本番は2日目からで、地域の住民や保護者、他校の友人などが訪れ、有名人や芸能人などを招いてのステージが行われるのも明日以降。
まずは学生だけで楽しもうっていうのと、普段室内で完結してしまっている文化系の活動内容を発表する場としてこの時間が設けられているんだとかっていうのを聞いた。
この時間にステージ発表がなされるのは演劇部、宗教部、合唱部、吹奏楽部、の文化部とダンス部、剣道部、の運動部有志達。他にもある文化部は、学祭の模擬店として出店するので十分だからこのステージでやることはないんだとか。
ダンス部のキレッキレなダンスパフォーマンスに盛り上がり、演劇部の劇に感動し、宗教部の謎のコントに笑い、合唱部の綺麗な歌声に感動し、剣道部の迫力ある太刀に拍手を送り、最後、ついに萩谷さんの所属する吹奏楽部の番になった。
「皆さんこんにちは!吹奏楽部です!部長の大西と、」
「副部長の神崎です!よろしくお願いします!!」
「学園祭盛り上がっていますかー!?私たちは準備に少し時間がかかりますのでまずは1年生のみの演奏をお聞きください!」
ステージ上の幕の前で上級生が捌けると、同級生だろう学生9名が各々楽器を持って出てきた。
その後ろの幕の奥ではゴソゴソと人の動きが感じられる。
『皆さんこんにちは!吹奏楽部フルートパート1年H組の萩谷です!私たち1年生は経験者5人未経験者4人の計9名で日々先輩にしごかれ練習に明け暮れています。
私は経験者組で、皆さんの前で演奏することに緊張はないのですが、ものすっごい人見知りなのでこうやって人前で喋っていることにめちゃくちゃ緊張しています!ほら見て!めっちゃ震えてる手!……あ、遠くて見えないか!
やば、どうしよ。余計なこと言ってたらこの後何言うか忘れちゃった。ので!アドリブで頑張ります!考えてくれたのに先輩ごめん!』
幕の後ろや学生、教師陣と客席のあちこちから笑いが聞こえる。友達の友達は友達!という性格をしているのに人の前で発表するのはダメなんだとは驚きだけれど、ステージより少し遠い僕からでも手の震えがわかるぐらいなので彼女の緊張は押して図るまでもない。
普段、息をするかのように嘘をついてぶっつけ本番で朗読する彼女しか知らないから少しだけビックリ。
『えーっと、私たちが今から演奏するのは皆さんおなじみこの学校の校歌です。楽器未経験者の4人は人前で発表する初めての機会なので、私よりバリくそ緊張してると思います。てことで、多少の失敗は気にしないでください。人生生きてりゃ初めてのこといっぱいあるからさ!……ん?あぁ。出来れば皆さん一緒に歌ってください。演奏するのは1番と3番です』
隣から助言を受けつつ言い切った彼女はマイクを足元に置き、その場で楽器を構えた。それに吊られるかのように周りも楽器を構えていて、すると。さっきまでの雰囲気がすっと消えてなくなり伝染するかのようにガヤガヤしていた会場も静かになっていく。あんな震えてて演奏できるのかなんて心配は杞憂で、もう彼女のどこにもそれは見られなかった。
歌詞はクソだが曲は綺麗、とは誰が言っていたんだか。やっと聞きなれてきたそれを会場全体で歌い切り大きな拍手と共に壇上の学生は幕の後ろへと去っていった。
と思う間もなく幕が開き、吹奏楽部の面々が見える。
「大きな拍手、ありがとうございました。次にお送りするのは今年の夏、コンクールで演奏する曲です。クラシックでどちらかというと学祭には向いてない曲なのですが、このステージ発表は部活の活動報告も兼ねているらしいので仕方ない。聞いてください。数名ソロ演奏がありますので、頑張ったと思ったらぜひ拍手をお願いします」
そうして演奏されたのは聞いたこともない曲で、確かに学祭には向いていないなと思ったけれど、音楽に詳しくない僕らでもすごいなというのだけ伝わった。
さっきいた同級生の数名がいないようだけど、きっと彼らが未経験組だったのだろう。萩谷さんはもちろん演奏している。彼女は中学生の時も吹奏楽部だったしね。学習発表会の時も器楽隊にいたし、体育祭でも入退場のパレード隊にいたし、音楽の成績(特に楽器)も最優秀だったし。楽器の才能しか取り柄が無いと彼女が自己紹介で言っていたっけ。
詳しくは知らないけれど、毎年夏に行われるコンクールは吹奏楽部が一番力を入れている大会だったはず。予選を勝ち抜いて県大会を優勝したら全国大会が待っているとか、中学生の頃仲が良かった吹奏楽部の友達が言ってたと思う。
文化系も夏に大会って運動部と同じなんだなぁと感心したもんだ。
クラシックな曲が終わり会場全体に盛大な拍手が鳴り響いている。
壇上の学生たちががさがさと席を移り、ドラムの合図と「Are you Ready!?」で始まった曲たちはまさしく学祭にふさわしく、会場はさらに盛り上がった。いなかった数名が仮装して前に出て踊ったり、そんな彼らも演奏に加わったり、各々が演奏しながら曲に合わせて踊ったり、最近のヒット曲のメドレーだったり、うん。もう、すごく盛り上がった。
最初の緊張を微塵も感じさせず生き生きと演奏する彼女は見ていてとても楽しそうだった。曲だけじゃなく、そんな彼女たちでも周りは盛り上がっていた。
かわいいとか、そういった内容じゃないのが何とも彼女らしいところなんだけど……。
「さて、早いもので最後の曲となりました」
「え~~っ」と残念そうな声があちこちから聞こえる。10数分の演奏会であったけど、間違いなく今日一番盛り上がっていたと思う。もちろん他の部活動の発表もすごかったんだけどね。
曲の合間合間に部員それぞれのクラスメートだろうか。あちこちから名前が叫ばれていた。そのたびにそれぞれが照れくさそうにまたは嬉しそうに反応していた。一年生同士はちらほらといないわけでもないけど、そこまでではなく、でもさっき名前を名乗った萩谷さんは同級生だけでなく上級生からも「萩谷―!!」「ピンクーー!」などなど主にステージ向かって右側にいる面々から叫ばれていた。
男なら、わかるでしょう。きっとわかるはず。
ただでさえ壇上で、その上で座っていて、ひざ丈のスカートが座ることによって下から見上げるときわどい感じで、吹奏楽部面々の演奏時の座り方もそれぞれきわどくて。見るなと言っても健全であろうとなかろうと厳しいものがある。
僕の距離なんかはそれなりに離れていて見えるという事はないけれど、見えてしまうんじゃないかとちょっと心配になる。流石に、それぞれが対策はしているだろうと思うけどね。スパッツを履くとかジャージを履くとか。動くときにチラチラとそれらしいものが見えているし。特にあの蛍光ピンクのアレ。
アレはすごい。時々チラチラ見えるなんてもんじゃない。座っているとバッチリ見えている。すごい。最初は早着替えとか仮装とかするのかなって。そう思っていたけれど、どうやらそうでもないみたいで。
ステージ左側壇上に座る彼女は右側に座っている人たちからとてもよく見えるのだ。ピンクのそれと共に。
「たくさん名前を叫んでいただいてありがとうございます!今年は珍しく一年生の萩谷が人気だね。いいね」
そう言って振り返る部長さん。すかさずあちこちから「月那―!」「寝巻!」など聞こえる。
壇上の萩谷さんは慌てたようにスカートをめくり、見えたピンクに頭を抱えていた。
「え、何?もしかしてあんた忘れてたの?ウケる!それネタじゃなくて素で忘れてたんだ!身体はって笑い取りに行くんだなーって思ってたのに」
何か言ってる萩谷さんの声はざわめきで全く聞こえなかったけれど、マイクを持ってた部長さんの声は少し離していてもそれにしっかりと拾われていて、会場は間違いなく今日一番の盛り上がりを見せていた。僕だけじゃなくみんな涙が出るくらい笑ったと思う。
そんなこんなで無事(?)終わった学祭1日目の午前。
しばらくの間、彼女のあだ名が「ピンク」となったのは仕方のないことだろう。
「よー、ピンク!今日は履いてるかぁ?」
『おっす、知らない先輩!今日は体育あるんで大丈夫ですよ、見ますか?』
「見せんなよwあと俺は吉田な。こっちは小谷」
『あっは!おけまる吉田先輩と小谷先輩ね。もしジャージ忘れたら貸してくださーい』
「いいけど、別にピンクでいーじゃん」
「あのピンクもジャージだろ?行けんじゃね?」
『え、いいのかな?せんせに怒られたら吉田先輩と小谷先輩がいいって言ってたっていっとこ~』
「ばっか、やめろよお前!名前教えるんじゃなかった!」
「いやマジそれな!忘れたら借りに来いよ!俺ら3年C組だから」
『せんきゅー!』
「お前、絶対だからな!」
人見知りとは何なのか。こうして彼女は知り合いを増やしていくのだった。