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閑話休題 スカートの中

 

 ヒソヒソクスクス、あんまりいい感じのしない笑い声が昼休みで賑わう廊下のあちこちから聞こえる。

 彼女が通り過ぎると多くが後ろを指してクスクス笑っているけれど、当の本人は周りを見てないのか見えてないのか何も気にせずダラダラと長い廊下を歩いていた。


 彼女の名前は萩谷月那。1年H組に所属する女子生徒。

 みんなが彼女を笑っている理由は明確で、もし彼女を知らないでそれを目撃したらもしかしたら私もあっち側だったかもな、なんて嫌な思いが浮かんだり。

 多分きっと気づいてないだけの彼女のために私はその笑いの中心人物へ声をかけた。彼女は私と違って、周りに流されず自分を持ってる強い子だからさ。


「月那ちゃん、おはよう」

『おー、あんりちゃんじゃん。おは~』


 もう昼だね。なんて笑う彼女と私は中学の同級生。友達の友達が彼女とか、そういった繋がりがあるだけで一緒のクラスになった事はないけれど。双方共に存在は知っているという、そういう程度の関係。

 進学科の私と一般科の彼女は高校でも一緒のクラスになる事はないけれど、中学の頃から何かと目立つ彼女は見ていて楽しそうな人生を送っているなと思う。


「月那ちゃん、これから部活の練習行くの?」

『いんや~、今日はなんか練習ないらしいんだよねぇ。だから図書館に行こうかと思って』

「そうなんだ。私、職員室に行くんだけど途中まで一緒していいかな?」

『おうおう、あたぼーよ!行きましょ行きましょ』


 明るい彼女と連れ立って歩き始めると幾分かさっきまでの嫌な感じの笑いが減って少しだけホッとする。ポケットに両手を入れてダラダラと歩く彼女を横目にさっそく当初の目的を切り出す。


「月那ちゃん、今日、朝急いでた?」

『え?んー、いや特には?』

「あ、そうなの?寝坊して急いでたのかなって思っちゃった」

『いんや~、そうでもなかったよ。……え、なんで?』


 本当に気づいてないらしい彼女はきょとんと首をかしげる。

 そんな彼女がおかしくて少し笑っちゃいながら今一度彼女の全身を見直す。


 バスケ部やテニス部、バレー部の子たちぐらい短い髪の毛、ギャルの子たちよりは開けてなく真面目な子たちよりは開放的な胸元には、既に何故かゴムが伸びきっているリボンがだらりと付けられている。まだ一年生の夏にもなっていないのに。

 びっくりするぐらい白い肌に笑うと無くなっちゃう切れ長の目。何故かいつでもマスクをしているんだけど噂じゃ酷い花粉症なんだとか。

 身体より幾分か大きめな制服を買ったのかダボっとしたブレザーの下には指定のカーディガンを着用していてスカート丈はきっと校則通りの膝丈。紺色のワンポイントハイソックスに早くもかかとが潰されて履かれている上履き。

 一見普通なように見える彼女の服装だけれど、どうしても気になるのは歩くたびスカートの裾下からチラチラと見える蛍光ピンクのナニカ。


 そう、それがさっきから彼女が後ろ指刺されて笑われている原因のもの。


「月那ちゃん、それ…」


 私のその言葉と目線を追って彼女も自分のスカートを見る。


『……おあ!?やっべ、寝間着脱ぎ忘れてたわ!!』

「あ、それ寝巻きなんだね。中学の時から時々履いてたからスパッツとかの代わりなのかと思ってた」

『やっべー!はずい!!純粋に脱ぎ忘れだわ!……てか、中学の時も!?え、言ってよ!!!』


 超ウケる、なんてあっけらかんと笑いながらスカートを持ち上げその蛍光ピンクの何かを見せてくる月那ちゃん。

 いや、ごめんね。ちょっと見せなくていいよ。スカートめくらないの。女の子でしょ。


「寝間着脱ぎ忘れる事、たまにあるよね。仕方ないよね」

『だよね~。この前なんかさ、スカート履き忘れててさ、上だけ制服で下はこの寝間着だったんだよね~。ウケる』


 流石にその時は気づいたんだけど、なんて言って笑う彼女に横を通り過ぎた男子たちが耐えきれず吹き出していた。

 うん。それは私にはない経験かな。ごめんね。共感できなくて。


『いつもはさ、体操着の半ジャー履いてるんだけどさ、今日体育なくてよかったわ~。危うくこれでグランド走ることになってたよ』

「そ、それはよかったね…」


 学校内のどの教室からでも見えてしまうグラウンドで蛍光ピンクの半ズボンは私だったらきっともう学校に来れなくなると思うけれど、きっと彼女は今みたいにケラケラ笑って過ごせるんだろうな想像できる。


『いや~、教えてくれてありがとー!ぜんっぜん気づいてなかった!もうお昼なのに!』

「いえいえ、偶然会えてよかった」

『いや、まじほんとに!今日移動教室無かったから誰も気づかんかったんかな~って思う』


 気づいてて誰も言わなかった説、無きにしも非ずだけれど。それをわざわざ伝える必要はないかなって思って、私はただにっこり口を閉ざした。

 そうこうしているうちに職員室と図書館の分かれ道にたどり着く。


『そんじゃね、あんりちゃん。まじありがとね~』

「いえいえ、またね」


 今いる校舎2階北側階段から上に登ると図書館に行けてまっすぐ進むと職員室にたどり着く。その階段の手前で彼女と別れる。

 先生と約束している時間を確かめるために腕時計で今の時間を確認してから、ふと彼女の方を見てみると、既に何段か登った彼女の後ろ姿はさっきまで隣に並んでいた時よりはっきりとその蛍光ピンクが目に入ってしまい、耐えきれなかった私もついに声を出して笑ってしまった。


 あの嫌な感じの笑いじゃないから許してね、月那ちゃん。






残念ながらあまり学習能力がないらしい彼女は時折蛍光ピンクの何かをチラチラさせながら廊下を歩く姿が目撃されたし、ある日グランドから大きな笑い声が聞こえたかと思うと上下蛍光ピンクのジャージでグラウンドを爆走する彼女が見れた。

その時に聞こえた笑い声はあの嫌な感じのやつじゃなくて、心の底から出てきた笑いだったような気がしてよかったなって思いながら私もクラスの友達と一緒に笑った。


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