5月 隣の席の萩谷さん
いけそうだったので更新しました。多分明日も更新できそうです。きっと。
5月席替え のあとがきに簡易座席表追記しました。
5月28日(木)1時間目 現代文
一番後ろなのをいいことに授業開始早々に机に伏せて寝てしまった彼女を尻目に授業は淡々と進む。
この学校の国語、数学、英語の3教科はいくつかの授業に分かれている。
例えば国語だと、現代文、古文・漢文、選択国語の3つで、クラス単位で行われる現代文や古文・漢文に対して2クラス合同で理解度別に授業が進められる選択国語があるといった感じ。
で、今やってるのは現代文なわけだけど。
現代文は作者の思いの考察を席が近い人同士で話し合いましょうという課題が比較的よく出る。思考力を養うだとか育てるだとか、自分と違う意見を知るためだとか最初の頃に授業の意図を説明していた気がする。別にそれはいい。いいんだけど、嫌な課題であることは否めない。
多分みんなとは少し違った理由で。
教師から話し合いの相手に指定がない場合は周り数人と話し合いができからまだいいんだけれど、
「じゃあ、隣の人と話し合って作者はどうしてそう思ったのか考えてみてください。あとで何組かに発表してもらいますよ」
ほらきた。隣の人と話し合いましょう。
これは困った。
8列4~5人で座っている席順的に、窓側からの2列は必然的にペアを組まされることになるわけで、授業の大半を寝ているか読書してるかケータイをいじっている不真面目な隣の席の萩谷さんとペアを組まされる僕。
別に彼女のことが嫌いなわけでは全く欠片もこれっぽっちもないけれど、これは本当に困った。
まず、僕は彼女と会話ができない。
だいたい睨まれるか舌打ちをされてしまうわけで、どうしてこんなに嫌われているのやらなんでこんなに無視されなくてはいけないのやら怒りと困惑と少しの寂しさで会話どころじゃない。
たまに彼女から声をかけられることがあるけれど、それも最低限一言。会話にはならない。
意地やプライドとかそういうのはないけれど謎に萎縮しちゃった僕から彼女に声をかけることは、ちょっと無理、かな。っていう感じ。
ということで、隣の人と話し合うのは無視ですよ、先生……。
『ねぇ』
今日も一人で考えるかと思っていた僕に突然声がかかる。
びっくりして左を見ると萩谷さんは一枚の紙をこちらに差し出していたところだった。
『・・・たぶん今日当たる』
「え?」
差し出してくる紙を受け取ると彼女はプイッと窓の外に視線を向けてしまった。
受け取った紙を見るとルーズリーフに先ほど先生から指示のあった部分について彼女の考察が書かれている。
…え。いつ書いたんだろう。さっきまで寝てたと思ったのに。
罫線いっぱいの少し丸っこい字でいくつかの考察が書かれていて、隅の方に小さく『あとは勝手にどーぞ』と書かれたルーズリーフと窓の外を見ている彼女の後頭部とを見比べる。
いや、会話しようよ……?と思わなくもないけれど、まぁ、うん。
彼女から話しかけてくれたからといあえずいいってことにしようかな、と。
ついでに、前の席の武藤くん崔さんペアが当てられていたけど、僕たちペアが当てられることはなかった。
隣からはまた何故か舌打ちが聞こえたけれど、まぁ当たらなくてよかったんじゃないかな。
彼女の小さなメモ付きルーズリーフは大切にノートに挟んでいたけれどいつの間にかどこかへといってしまっていた。たぶん誰かにノートを貸した時にどこかへいってしまったんだろう。
あまり物をなくす方じゃないから少しショックだったけれど、きっと後生大事にそれを持っているとちょっと気持ち悪いだろうから。うん。これでよかったんだと思うことにした。
◆◇◆◇◆◇◆
3時間目 英語
英語の授業も3つほどに分かれている。
クラス単位で行われる英語と理解度別で行われるリーディングとライティング。
クラス単位の英語は基礎、理解度別授業では応用だったり復習だったり。中学までと全然違う授業形態でちょっと面白いよなとか思った。
さて、今はクラス単位で行われる英語の授業中。
中間テストではリスニング問題といくつかの選択問題以外全問不正解を叩き出したらしい萩谷さんと唯一、一緒に受けられる英語の授業である。
そんな点数でよくクラス内6位だったよなと感心する。他の点数が良かったのか、他の生徒があまりにもな点数すぎたのか。……貼り出されてたテスト結果を見る限り、どっちもかな。
親戚に英語圏の人がいるらしい萩谷さんは、それなりに読めて会話できるけれどさっぱり書けないらしく、赤点ギリギリだったと答案用紙返却の時に話しているのが聞こえた。……答案返却の時に先生と会話していたから知っているだけで、盗み聞きしていたとかそう言うんじゃないんで安心してほしい。このクラス中全員が聞いていたわけで決して盗み聞きではない。マジで。
で、英語の授業といえばたぶん必ずあることなんだけど、
「じゃあ今日は、窓側の前から縦に順に読んでいきましょう。
止めるまで” . ”で次の人どんどん読んでいって~」
そうこれ。教科書の本文読ませるやつ。
現代文の教科書朗読もまぁまぁ嫌なのに英語で朗読とか、英語の授業が嫌いになる原因の一つに絶対これが入っていると僕は常々感じる。
多分読めてるし多分書けてるけど、喋るのが苦手な僕は本当にこれが嫌いだ。
今日は窓側から順に縦に読んでいくことになってしまったので、窓側から2列目、一番後ろの僕は比較的早い段階で読まなくてはならない。下手すれば二巡目回ってくる分量だな……、なんて見ていた教科書から何気なく顔を上げて左隣を見ると、萩谷さんは相変わらず机に伏して寝ていた。
しかもよく見ると机の上には前の授業の日本史の教科書が載っていて、そういえば号令の時から寝てたな……、なんて。
(え、ヤバくね。起こす?起こした方がいいよね。てかいっつも寝てるよね。ちょっとは真面目に授業受けなよ。君みたいな不真面目生徒にテストで負けたみんなが可哀想じゃないか)
内心ワタワタしながらそっと手を伸ばし、彼女の肩をトントン叩いてみるが
『…zzz』
無反応で眠り続ける萩谷さん。
彼女の前の席の崔さんが立ち上がり読みはじめてしまって、ということは必然的に彼女の番はもうすぐそこで。
なんで僕がこんなハラハラしないといけないのか、と思いながらさっきより強めに肩を叩いてみるけれど少しモゾモゾしただけで起きる気配はさっぱりない。
そうこうしているうちに崔さんは読み終わり、着席してしまった。
『…zzz』
「……ん?次誰?」
『…zzz』
「座席表は……と、萩谷ね。……え?寝てる?」
はい、バレましたー。
僕は関係ないけどなんとなくギクリとしてしまう。
「え?ずっと寝てたの?ちょ、永川起こしてあげて」
段々とクラス中がクスクスザワザワする中、先生から指名された僕は本格的に彼女を起こしにかかる。
萩谷さーん。これは、不可抗力ですよー。寝てるあなたが悪いですよー。だから、舌打ちしないでねー。
「萩谷さーん、起きてー」
『…zzz』
「萩谷さーん」
『zzz…』
「おーきーてー」
『んむぁ……?…ぁぇ?』
あちこちから聞こえる堪え切れない笑い声の中、ようやく起きた彼女は大きく伸びをして自分の机の上と周りを見回していた。
「もう英語の授業だよ。教科書読んで」
『んぁ。いつのまに……。ぁ~…どこ?』
「え、あ、えっと、、ここ」
『……ん』
寝ぼけているのかなんなのか、睨まれることなく舌打ちされることもなく、大きくあくびを一つ、教科書を覗き込んでくる彼女にしどろもどろになりながら答える僕。
枕にしていた腕の制服の縫い目の跡がほっぺたについてるよ。とか、自分の教科書だしなよ。とか、寝ないでちゃんと授業受けなよ。とか、言いたいことは色々あったけど全て言葉にはならずただただ彼女を見つめてしまっていた。
「萩谷、ちゃんと授業聞いて。いや、聞いてなくてもいいけどせめて起きてて」
『ごめんなさ~ぁふぃ』
ビックリするほど流暢に読み終わった彼女に先生は怒るでもなくそれだけ言う。
軽く返した彼女は猫のように顔をゴシゴシこすりながら着席し、眠そうな顔で教科書を返してきた。
彼女をみてフリーズしてた僕と目があうと、少し気まずそうな顔をしていつものようにふいっと窓の外を見てしまった。
順番的に僕の番なので続きを朗読しその後何事もなかったかのように進んでいく授業中、さっきのシーンが繰り返し思い出されてしまっていた僕はしばらく彼女の方を見ることが出来なかった。
だから、少し赤くなった彼女の耳を見ることはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
5月29日(金) 6時間目 英語
本日最後の授業。いつかの英語の時の一人ずつ順に読んでいくアレはなかった。
だからと言って安全快適に授業が受けられるというわけでもない。何故なら教科書の内容はトムとハナコさんの会話文であったから。ということは、だ。
「隣同士でペアを組んでトム役とハナコさん役にわかれて会話文の練習しましょう。後で何組かに読んでもらうから、ちゃんと練習してね」
先生がこう言うのはわかってた。わかりきっていた。
よくわからないけれど、何故か会話文になるとペアで読ませ合いをさせてくるよね。んで、その後には必ずといっていいほど何組か発表になる。この流れも中学の頃からよくあるし結構苦手。
人前に出るのがまず嫌なのにさらに拙い英語を発さないといけないなんて苦行以外のなにものでもない。中学校の時もそうだったけどやめた方がいいと思う、コレ。本当に。
自分だけでの予習じゃ普段触れ合うことない英語に対して合ってるかわからないとかそういったアレでペアでの練習なんだろうけど、ペアの両方が英語わからない場合どうするのさって思うよね。
「せんせー!ここ読み方わかんなーい」
まぁ、こうやって聞けばいいだけだろうけど。
全員がそんな簡単に聞けると思うなよ、って言っておく。
あ、僕はわからないこと聞けるタイプなのでご心配なく。
さてさて、今日は珍しく起きている萩野さん。
「あー……練習、する?」
『………』
はい、無視されましたー。結構勇気を振り絞って声かけたのになー。悲しいなー。
ちらっとこっちに目線を向けたけれどすぐにそれは外され、いつものようにその先は窓の外へと向かう。
少し前の寝起き英語の日以来、彼女に舌打ちされることはほとんどなくなった。だからと言って僕たちの間に会話はない。したがって、会話練習なんかもすることはない。
幸い、英語わからない組につかまっていた先生はそんな僕たちに気づくことはなく、窓の外を見る彼女を視界の端に僕は教科書の英文をぼんやり眺めていた。
「じゃ、何組かに読んでもらうかな~」
そんな声が聞こえ、ぼんやりしていた思考を現実世界へ戻す。
周りの喧騒も徐々に静かになっていき、指名された生徒たちが嫌そうな声を出しながら席から立ち上がる。
(読みに不安なところはないけど、練習とかしてないから当てないでくれよ、先生)
何組かが立って会話文を読み、時折先生から修正されつつ座っていく。
そろそろ終わればいいな~なんて思いながら、教科書から顔を上げた瞬間先生と目があってしまった。
はい、残念。これは当てられる確定コースです。
「よし、最後は永川。ペアは、、萩谷ね。はい、読んでー」
『チッ』
いや、ごめん。久しぶりに聞いたこの舌打ちは甘んじて受け入れます。ごめん。
可能であれば先生と目があってしまった瞬間僕も舌打ちしたかったです。
嫌そうに立ち上がる彼女に遅れないように僕も立ち上がり教科書を見る。忌々しそうな彼女からの視線といくつかのクラスメートからの視線を感じる。
あー、できればこっち見ないでもらえますかね。
「二人ともどっちも練習した?」
『しました~』
「じゃあ萩谷トム役永川ハナコさん役でやって」
『うい』
「返事は、はい」
『へーい』
「…はぁ」
息を吐くかのように嘘をつく彼女に少し呆気に取られながらも僕から始まるトムとハナコさんの英会話文を読む。
さわさわと風でカーテンが揺れる教室内。
グラウンドや廊下の先からかすかに聞こえる他クラスの喧騒の中、少し不機嫌そうな彼女の声と緊張気味な僕の声だけが教室に響く。
全く読み合わせの練習をしてないのにその会話のやり取りは淀みなく、きっと誰にも萩谷さんが普段は僕と一切会話をしてくれないだなんて知らないんだろうな、とそんなことを思った。
隣の席の萩野さんは、発表の時だけ僕と普通のクラスメートの関係になる、そんな少し困った人です。
これは僕が高校生をしていた10数年前当時のカリキュラムなので、今の授業内容とは違っているかもしれません。
教科書朗読が本当に嫌だったなぁ……。どの教科でも文章読ませるじゃないですか。日本語が苦手だった僕は当たらないでくれ、といつも願ってました。大体当たるけど。