5月 僕と彼女の関係
明日も更新あります。
『せっかくの高校生。一度きりの青春!見てるだけなんて言わず頑張るぞ!!』
……なんて、思ってた時期もありますよ。えぇ。
僕の名前は永川和彦。9月生まれのA型。
勉強はわりとできる方だと思うし、陸上部に所属しているおかげか運動もそれなりに得意。
クラスの中心でワイワイはしゃぐタイプではないけれど、割と友達は多いし誰とでもすぐ友達になれるかなと思ってる。
受験日インフルエンザで志望校へは行けなかったけど、できれば淡い初恋を抱いてる幼なじみの彼女と青春を謳歌したいななんて思ったりしてる高校一年生。
早いもので入学から一ヶ月と少し、友達はできた。
学習度別学習なるもので他クラスにも知り合いができた。
しかし、意中の幼なじみと、進展は全くありません。何故だ。
幼なじみの彼女の名前は萩谷月奈。吹奏楽部に所属していて朝一に学校の前のコンビニでバイトをしているらしい。
黒髪でショートカットで何故か常にマスクをしていて、小学生の頃のように明るくて活発で誰にでも優しい自慢の幼なじみ、の、ハズ。……なんだけれど。
同じクラスに所属しているはずなのに、入学してから一度も彼女に話しかけることが出来ていない。そもそも彼女とは初日以外目線すら合っていない。
目線すら合わないのに何故か僕は彼女に避けられているようで、廊下や通学路のみならず教室内ですら、すれ違う事もない。
最後に話したのはいつだっただろうか。覚えていないけれど、もしかしたら知らぬ間に何か彼女の"カン"に触ることをしてしまったのかもしれない。
わからない。聞きたいけれど、そもそも彼女に近づくことができない。あと、残念なことに近づけたとしても話しかける話題も持ち合わせていない。
誰に対しても笑顔で優しいはずの彼女なのに、僕には笑いかけてくれない。目線も合わない。すれ違うことすらない。同じ教室なのに。
『僕にだけ特別』なんて、言葉だけはときめくけれど、なんとも嬉しくない特別だよね。
朝のSHR、中間テストがもうすぐあるぞと言う担任の声をぼんやり聞きながら窓際の彼女をチラリと見る。
頰杖をついて窓の外を眺める彼女の短い髪が、ふわりと舞い込んだ風に吹かれさらさらとなびく。
そんな様子を眺めつつ、1番前で窓の外なんか見てたら先生になんか言われそうだなと思っていたら
「おーい萩谷。お前聞いてるか~?」
『!?きーてまーす。バッチオッケー』
ほら、言わんこっちゃない。
「んじゃ、今俺がなんていったか繰り返してみろ」
『あー……?聞いてはいたんですけど残念ながら今日は耳、日曜日みたいで』
「はぁ?何言ってんだお前は。もう一回説明するから次はちゃんと聞いとけよ」
『ほーい。すんませんね、お手数おかけして』
クラスメートの笑い声や雑談に紛れてクスリと僕も笑いながら、どうすればいいのかと取り留めもなくまた考え始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
――数日後の昼休み。
友人たちと購買でおにぎりや総菜パンを買って教室に戻ると、お昼休みはいつも音楽室で昼食を取っている萩谷さんが教室へと入ってきた。
「あれー?月那じゃんめずらし~!」
『やほほ~』
「ほんとだー!今日は部活の友達はいいの?」
彼女に気づいたクラスメートの女子たちがきゃっきゃとはしゃぐ。
ギャル系女子が多い彼女たちグループの声はいつもうるさいなと思うけど、今日ばかしは許そう。
なんせ、会話がよく聞こえる。
『ほら、もうすぐ中間テストじゃん?だから昼練ないの忘れてたのよね!だからしばらくは教室で食べる!……ってことで、一緒に食べてよき??』
「いいよいいよー!」
「こっち座りなー」
吹奏楽部に所属している彼女は毎日4時間目の授業が終わるとダッシュで部室棟にある音楽室に行きお昼を食べて練習をしているらしい。つまりお昼休みはそこで過ごすことが多い彼女が教室にいるということはとても非常に珍しい、ということで。
クラスの半数以上の女子たちが机を向かい合わせにして教室の窓側に大きな島を作るように集まっていた。いつも通りの風景。でも、一人増えるだけで賑やかさは段違い。
3人寄れば姦しいとは言うけれど、3人どころじゃないもんね。教室のあちこちから非難の目がチラチラと向けられるが、なんのその。多分気付いてさえいない。
そんな女子たちを横目にいつものように数人の男友達と空いている席に座り、購買での戦利品を広げつつだらだらと昼食を取り始める。
共働きで忙しい両親の手を煩わせないよう、僕はいつも購買でおにぎりやパン、弁当などを買って食べている。二つ上の姉は貰った昼食代で材料を買いお弁当を作っているようだけれど、朝は少しでも長く寝ていたい僕は、もっぱら購買にお世話になっている。料理もできる気がしないしね。
ちなみに今日買ってきたお昼ご飯は焼きそばパンとメロンパンとコロッケパンに最近ハマってるフルーツオレ。どれも150円しない程度なのに大きくて具材なんかも沢山で食べ盛りの僕たち男子高校生にはありがたい限り。
焼きそばパンをもぐもぐと頬張りながら友人たちの話になんとなく耳を傾ける。
もともとあまりおしゃべりというわけではないけれど、どちらかというと食べるときは静かに食べたいたちであるので、昨日のテレビの話題や午前中の授業であったことなどを話す友人たちの会話を聞きつつもぐもぐと食していく。
いつものお昼休みよりやや人口密度が高い教室ではあるけれど、概ねいつも通りガヤガヤと、しかしながら授業中とは違ってのんびりとした雰囲気が流れる教室内。
そんなお昼休みも半分を過ぎた辺りだろうか。
「えー!美香子彼氏できたの!?」
「マジ!?いいなぁ~」
『おめでとう!』
教室の半分、ほとんど女子の園と化した窓側の大きな机の島から女子特有の甲高い声が響き、教室中から一斉に何事かとそちらの方へ視線が飛んだ。
そんな些細なことを気にしない女子たちは声のトーンをさほど落とすことなく会話を続ける。
「や~、そうなんだよね~照れるなぁ」
「誰々?知ってる人??」
「先輩なんだけど~、他校の人でぇ」
どうやら学級委員長の崔美香子に彼氏ができたという話らしい。
学級委員長の彼女はギャル系女子ともガリ勉女子ともスポーツ女子とも仲良くしている姉御肌気質なタイプの女子で男子とも距離が近い人である。休み時間、いろいろなクラスメートと戯れているのをよく目にする。
突然の嬌声に何事かと驚いた生徒たちもいわゆる女子トークで盛り上がっていただけかとわかるとそれぞれまた自分たちの話に戻っていった。
かくいう僕もまた友人たちの会話に耳を傾けつつ
「いーなぁ、彼氏欲しい~!!!」
「わかる~!!」
(だから、声がでかいんだよ)
やれやれと、ギャル系女子たちの声に内心ツッコミを入れ残っているコロッケパンにかぶりついた。
「えー、みんな彼氏いないの?」
「美和はいない」
「うっそ!美和はいるでしょ!」
「いないの!まじで!募集中!」
「年上がいいよね」
『わかる!』
「え?月那彼氏いるんじゃなかった?」
その後も声がでかい女子たちの声は聞きたくなくても聞こえてき、時折萩谷さんの声も聞こえてくるもんだから友人たちの会話をなんとなく聞きつつ、半分は彼女たちの会話を聞くことになってしまった。
別に聞きたいわけじゃないけど聞こえてくるんだし、まぁ、声がでかいのが悪いってことで。
と、そんな風に考えていると。
『あー、別れたんだよねぇ』
「え、待って!月那、彼氏いたの!?」
「うっそ、知らないんだけど!!」
女子の園の会話は萩谷さんの恋愛事情に突入していた。
もうこうなったら女子の園8:友人2ぐらいの割合での傾聴となってくる。仕方ないよね。
『まぁ、公言してたわけじゃないし?』
「いや、ていうか言ってよ!」
「そーだよ、水臭いなぁ~」
『えー、でも高校入って別れたし?』
「え、じゃーいまフリー!?」
『フリーだね!』
ま・じ・か!!
中学校2年生の時、萩谷さんは確か一つ上のサッカー部の先輩と付き合っていたはずだ。
本人の口からそう言った話を聞いたことがあったわけではないけれど割と学年内では有名な噂だったし、何度か部活帰りに一緒に歩いているところも目撃されている。まぁ、僕が見たわけじゃないけど。
先輩が高校進学してもそれなりにうまくいってると風のうわさで聞いていたんだけど、そうか。
「え、なんで別れたの!?」
「やっぱ学校違ったから?」
「他校はやっぱ難しい?」
『そーなんだけど、そうじゃなくてさぁ。先輩に誕生日忘れられたんだよねぇ』
「え、ひっど。ありえない」
「さいてー」
『家族にバレるの恥ずかしいからって手紙もダメ、家に遊びに行ったりデートも無しで、なんかさみしくてさぁ』
「えー、それはなんか彼氏としてどーなのって感じだね」
『だよねぇ。まぁ先輩うちらと違って開成通ってるしね』
「えー!めっちゃ頭いいとこじゃん!」
「やっば!」
『勉強忙しい感じぽかった』
「だからって誕生日忘れるのは無いよね!」
……そっか。そうなんだ。
萩野さんにはずっと恋人がいると思っていたけど、そうなのか。
じゃあ、クラスメートとして仲良く、だけじゃなく少しはお近づきに、仲の良い友達に、あわよくば……。
僕がこの先の高校生活に夢見て妄想している間にも彼女たちの会話はどんどんと進む。
ついでに、友人たちの会話はもうすでに僕の耳には届いていなかった。すまん。
「クラス内とかでいいなって思う人いないー?」
『えーどうだろ』
「浅葱とか?」
『お調子者は遠慮しまーす!』
「大倉くんとかは?」
『あー、イケメンは苦手』
「吉野ならどう?」
『誰、吉野』
「ウケるwいつも寝てるアイツだよ」
『あー、あの人吉野っていうんだ~。話したことないからパスで』
「クラスメートの名前覚えてあげなよw」
『以後気をつける!』
「三上はどーだ!」
『自分より身長高い方がいいかなぁ』
「めっちゃわがままじゃん!」
『本当だね、ごめw』
きゃっきゃとはしゃぐ彼女たちの声は相変わらず教室中に聞こえてるんじゃないかというくらい大きくて、友人たちの会話なんかそっちのけでそれに聞き耳を立てていた僕の耳にその言葉が聞こえてきたのは自業自得、仕方がないことなんだろうと思う。
人づてで聞かされるよりは、きっと、マシ。
「落ち着いた人で、イケメンじゃなくて、話したことあって月那より身長高い人??
…あ、永川は?確か、同じ中学だったんでしょ?」
『は?絶対ない』
一瞬、時が止まったのかと思った。
「ガチトーンじゃん!ウケるw」
『いや、欠片も笑えないからw』
ガチ目なトーンで発せられたその言葉の意味を頭が理解する頃には彼女たちの会話は次へと進んでいたけれど、僕の中のさっきまで繰り広げられていた妄想は粉々に砕かれ、崩れ去ってしまっていた。
「永川いいじゃん。なんでダメなの?」
『こっちの問題じゃないよ。あっちの問題。多分私嫌われてるからさぁ』
「え?そうなの?」
『うん。多分だけどね』
「そんな風には見えないけどなぁ」
『あと、永川それなりにイケメンじゃん。失礼だよ』
「え、ごめーん」
そんな会話があったとか。永川君きっと聞こえてなかったよ。どんまい。