4月 プロローグ
実在する知り合いをモデルに書いたフィクション作品です。
大幅に脚色してはいますが、大筋は本当にあったどこかの誰かの高校3年間の話です。
こんなやつ居ないだろと思うかもしれませんが、いたんですよ。こんな子が。世界は広いね。
小学5年生の夏の終わり、夏休みが終わってしばらく経った頃に彼女は僕の通う小学校に転校してきた。
最初の印象は給食をよく食べる子だな……と、そんなぐらいの印象だった。
周りの女の子たちに比べて少しぽっちゃりしていて、人見知りなのかあまり喋らなくて。休み時間はいつも教室の隅っこで分厚い本を読んでる、そんなちょっと暗い感じの子だとみんな思っていた。
6年生の終わりごろには活発な女子や男子たちと校庭を走り回ったり誰にでも笑顔で話しかける姿がよく見られた。
特別に仲が良かったりするわけではないけれど集団下校の班が同じだったり僕の姉貴と彼女の兄貴が同じ塾で何かと接点があった。
だからなのかなんなのか、何故かいつも彼女のことをよく見ていたような気がする。
僕たちの小学校の学区は少し歪な形をしており、校舎を中心として南西側とそれ以外で中学校の校区が別れていた。
だから、南西側に住む彼女と北西側に住む僕は中学校の校区は違うはずだった。なのに、入学式で彼女を見つけて驚いたし、クラスまで一緒で少しばかり浮かれた。
その時は好きだとか付き合いたいだとかそういうのはまだわかってなかったけれど、今思うときっと多分、そうだったのだろう。
中学へ進学したからと言って僕と彼女の関係が何か変わるということもなく。僕と彼女はただのクラスメートで、誰とでも分け隔てなく接し、いつでも明るく元気だった彼女は密かに人気者だった。相変わらず少しぽっちゃりで、さばさばした性格で、女子っぽくないけれどちゃんと女の子だったからかもしれない。転校してきたばっかは”隠キャ”だったのにな、なんて。思春期を迎えた僕たち男は素直になれない感情を持て余し気味だったと思う。
僕?どうだろ。自分のことってあまりわからないんだよね。それなりに交友関係は広かったかなとは思う。男子ばっかりだけど。
2年生はクラスが違った。1学年が7クラスもある大きな学校だったので1組の僕と5組の彼女が学校内で出会うことは少なく、休み時間や登下校、人が騒めいているときなんかについいつも探してしまっていたかもしれない。
3年生に進学し、また彼女と同じクラスになった。そのころには彼女は活発だった性格は鳴りを潜め、大人しい文学少女へと戻っていた。あんなに溢れんばかりの笑顔は他クラスの仲の良い数人の友人ぐらいにしか見せることはなく、いつも無表情でぼんやりしていて、誰とも話さないで1日を終えることも少なくなかった。
何があったのか気にはなっていたけれど、まだまだ思春期でそこまで社交的でない性格の僕が“女子と仲良くおしゃべりする”なんて出来るはずがなかった。
進路に悩んでいた頃、偶然彼女が進学する高校を知った。なんとなくほんとになんとなく滑り止めとしてその高校名を志望校に追加してしまった。
ただ、県内有数の進学校だった(らしい)僕たちの中学校から進学する先としては彼女の選んだ高校はいささか偏差値が低くて、そこそこ勉強ができてしまった僕は親や教師に変えろと言われた。他にもいくつかの偏差値の高い高校を受験するという事で見逃してもらったけれど。
本命の高校には落ちた。受験の日運悪くインフルエンザになってしまったのだ。滑り止めに受けたいくつかの高校は受験日がズレていたので受かった。彼女が行く高校にも難なく受かっていた。
少しでも偏差値の高い高校に行かせたがった親の説得はなかなかに大変だったけど、家から近いからという理由で彼女と同じ高校に進学することにした。
高校では出来れば彼女と仲良くなりたいな、なんて夢見ながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕が入学した高校は一番栄えている街中から少し外れた高級住宅街の外れに建っており、国立大を狙う特進科、大学進学を目指す進学科・一般科、就職に有利な各種資格取得を主にした就職科がある市内でも有名な私立高校である。
特進科と進学科は県内最難関の大学へ進学出来るぐらいの高い学力を誇るが、この学校の売りはどちらかと言うと県内でも珍しい就職科である。就職科は部活推薦で入学してきた学生が多く、入試では自分の名前と学校名を漢字で書ければ受かるとかなんとか……。どんなに勉強が苦手でも出席さえすれば何とかして就職させてくれるという噂。
毎年定員割れの特進科と来るもの拒まずの就職科、退学や中退は非常に少ないが平均を取ると最低レベルの偏差値。市内1おバカで有名な私立高校だった。
入学さえできれば余程のことがない限り必ず就職か進学ができると言われている学校であるため、毎年入学人数が非常に多い。
で、今年の入学数は311人。A組が特進科でB・C組が進学科、D~H組が一般科(2年生から就職科に分かれる)、A組は定員割れしているとしても1クラスはおよそ40人。廊下で見かけることができたらいいな、程度に思っていた。
入学式の日。
真新しい制服を見に纏い、ドキドキとほんの少しの緊張を持って事前に知らされていた教室に入った。ふと見やった先の机に座っていたのは、幼馴染の彼女。びっくりしたような顔の彼女と目があって、僕も少しだけビックリした。
まさか、同じクラスになれるだなんて。
これは、奇跡。
そうとしか言いようがない。
別に神様なんて信じてないけど、ありがとうございます。
――なんて、内心喜んでいるうちに彼女はふいっと窓の方へ顔を背けてしまった。
ほんの少し寂しく感じたけれど、気を取り直して自分の席を確認。
黒板に貼ってある座席表を確認すると、このクラスは39人らしい。
座席順は廊下側から出席番号順で4列が男子、21人。
窓側3列が女子で18人。
彼女の席は窓側の1番前。そして僕の席は廊下側から3列目のちょうど真ん中。
見えないこともない席だななんて思いながら、指定の席に向かう。
廊下ですれ違えたらしいなと思ってたのがまさかの同じクラスだったんだから。奇跡に感謝しよう。
……って、見るだけで満足とかそんな哀しいことは嫌だ。
せっかくの高校生。一度きりの青春!見てるだけなんて言わず頑張るぞ!!
なーんて心の中で強く意気込んで、自分の席へと座る。先生が来るまで、まずは周りと交流して友達作りから始めよう。