8 諦めない心
ドラゴンは体内の魔力炉で作った炎を吸い込んだ空気と共に吐き出す。その炎の息吹は人間の肉体など簡単に燃やし尽くす。
炎が通り過ぎて残ったのは、炭になったアキレスの亡骸だけだった。
「な、なんでぇ……なんでこんなことにぃ……うあああ……うあああああああ!」
炎が到達する前に必死に避けた俺とパロマは何とか助かったが、彼女はアキレスたちの惨状を目の当たりにし、心が折れてしまったようだ。へたり込んでしまい、もう一歩も動けなさそうだった。
炎を吐き出し終えたドラゴンは俺に視線を向けてきた。どうやら次の標的は俺らしい。このままだと俺はアキレスやバルトロのように確実に殺されてしまうだろう。だが生き残る可能性を少しでも上げる手段が俺にはある!
「ガチャ起動!」
片手を掲げると手のひらが銀色に輝いた。カムレードではなく、Rランクのスキルを習得した証だった。同時にそのスキルの情報が頭に流れ込む。
「このスキルは……くっ……」
残された最後の一回のガチャを起動させるか迷ったが、賭けに出ることにした。俺はドラゴンに向かって駆け出した。俺が固有魔術を授かって初めて得たスキルが来たんだ。半ば自暴自棄だが、最期を飾るには相応しいんじゃないか。
『レクさん! ドラゴンがまた炎を吐こうとしてますよ!』
俺の後ろを飛んでいるリンカの忠告通り、ドラゴンは首を上に伸ばし、空気を深く吸い込んでいる。俺はドラゴンの頭に目掛けてスキルを唱えた。
「Rスキル《スポーン・ザ・ミラー》!」
ドラゴンの目前に六角形の鏡が出現した。ドラゴンの炎は勿論、魔術を撥ね返すこともないただの鏡だ。初めて固有魔術を発動し、この鏡が出てきた時の期待と困惑に塗れた己の表情をよく覚えている。
ドラゴンよ、不意に自分の顔を見るのはどんな気分だ?
炎を吐き出そうとして首を下げたドラゴンが鏡に映った自身に気付き、動きを止めた。俺の時のように不快に思ったのか、突然同種が現れたと勘違いしたのかは分からないが、攻撃対象は鏡へと移った。
ドラゴンは空中の鏡に炎を吐き出した。その隙を突いて俺はドラゴンの股下に滑り込んで、広場からの脱出に成功した。
「はあっ、はあっ、まさか本当に上手くいくとは……」
『すごい、すごーいです! やっぱり騙し討ちや搦め手は十八番ですよね!』
リンカは俺のことを何だと思っているんだ。だがこれで窮地を脱することができた。肩で息をしつつも、ほっと胸を撫で下ろす。ドラゴンは広場に続く道よりも大きいため、ここまでは追って来られなさそうだった。
……ならドラゴンはどこから来たんだ? あの広場の天井にずっと張り付いていたのか?
「きゃぁあああ! いやぁあ! 炎! 炎ぁああ!」
広場の奥からパロマの悲鳴と爆発音が聞こえてきた。おそらくドラゴンは標的をパロマに変え、その応戦に彼女は魔術を連発しているのだろう。
『レクさん今のうちに脱出しましょう。彼女は貴方を陥れようとしていたんです。自業自得ですよ』
リンカの言う通りだ。俺は彼らに殺されかけた。助ける義理なんてあるはずがない。それに二次被害を防ぐために、ドラゴンのことを冒険者ギルドに報告しなければならない。俺には彼女を見捨てる正当性がある。
「いやぁ……いやぁああ! 誰か……誰か助けてぇええ‼」
気が付くと俺はパロマを助けようと、ドラゴンの前に立ちはだかっていた。
『レクさん⁉ 何してるんですか!』
ああ、俺もどうかしていると思うよ。リンカの非難の声を無視し、パロマへと手を伸ばす。
「おいパロマ、立てるか! 生きて帰るぞ!」
「うぅ、ひぐっ……」
泣き崩れているパロマはドラゴンに視線を向けていた。ドラゴンは再び炎を吐き出そうと息を深く吸い込んでいたのだ。このままだと二人とも丸焦げだ。
「ちぃ! ガチャ起動! 来ぉい!」
俺は最後のガチャを起動させる。だが手に宿る光はRランクのスキルを示していた。しかもそのスキルは眠気を覚ます泡を放出するという、この状況で役に立つとは思えないスキルだった。だが、今の俺にはこのスキルしかない。俺はなりふり構わずドラゴンに向けてスキルを発動した。
「Rスキル《アンスリープバブル》!」
手から緑色の泡が大量に噴き出した。その泡はいくつか割れながら、ドラゴンの顔の周りをふわふわと浮いている。先ほどのようにドラゴンの注意を引くことを期待したが、ドラゴンは泡を無視し、俺たちから目を離さなかった。
……駄目か。
「ゲホッ‼ ゴホッゴホォ‼」
諦めかけた時、突如ドラゴンがむせた。眠気を覚ます効果がある泡の清涼感を思いっきり吸い込んだせいだろうか。
『あの泡、ミントとかのメントール系なのでしょうか……?』
リンカが何か考察をしていたが、このチャンスを逃す訳にはいかない。パロマ無理やり立たせ、出口に向かおうとした。
「オォォオオォオォォオォオォオォオオォオオオオオオ‼」
しかし、ドラゴンの咆哮により俺たちは地面を転がることになった。咆哮によってアキレスが手放した俺の剣が目の前に飛ばされてきた。これで戦えってことか……?
もうガチャを起動させる石はない。手にあるのは少しばかり意匠が凝ったただの剣。震える身体で立ち上がり、その剣を構える。
「オオオォオオッ、ウオォォオォォオオオオオォオッ‼」
するとドラゴンはまるで弱い生き物を嘲笑っているような雄叫びを上げた。圧倒的強者が弱者を蹂躙するのは楽しいのだろう。
俺は悔しかった。自分ならなんとかなると自惚れていた。変な正義感など出さずに合理的に判断すれば良かったのだろう。だが俺は諦めない。最期まで戦ってやる!
『なーに覚悟決めてんですか! 貴方に死んでもらっては困るんですよ。勝手ですが「ガチャ」のもう一つの機能を発動させて頂きます!』
俺の決意に介入してきたのはリンカだった。彼女は半透明の板を操作している。まだ何かあるのか。俺の固有魔術に!
『えっと、一番高そうなのは……これだ! 《売却》!』
リンカが何かを唱えた途端、俺が手にしていた剣が虹色に光りながら消滅した。
「はあぁ⁉ えっ、リンカ! 何かした……」
戸惑っていると頭上からきらきらと輝く虹色の粒が降ってきた。それは魔繋石の元になる粒だった。
『貴方の剣の価値を魔繋粒に変換しました! これでガチャを引ける分の魔繋石は補えるはずです!』
そんな裏技があったのか……! 家から持ってきたあの剣に思い入れがあったのだが、今はそんなことに拘っている場合ではない。虹色に瞬く空間で俺は片手をかざした。
「ガチャ起動!」
固有魔術が発動し、手のひらから光球が発生した。スキルではなくカムレードが召喚される予兆だった。だがそれはフラルの時の水色ではなく、煌びやかな虹色に輝いていた。光球は俺を中心に数回周り、正面でぴたりと止まった。
「頼む! 来いっ!」
俺にはその虹色の意味を知らなかった。だが微かな期待を抱きつつ、右手をその光球に突っ込んだ。すると光球の中で手を掴まれた感触がし、みるみる内に光球が己よりも背が高い女性の姿に変貌した。
「SSR《時空裁定者 フラル》 ただ今、顕現しました」
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