7 行き止まり
「リンカメリアさん、フラルは本当に死んだのか?」
「リンカでいいですよぉ。「時の旅人 フラル」はNランクですから、どうせその内また引けますよ」
「いや、彼女が無事か聞いているんだが……」
「え? ただ未来に帰還しただけなのでお気になさらず」
だったら「死亡」なんて言葉を使わないでくれ。ほっと一息入れ、ふと目の前で浮いている半透明の板に触った。するとフラルの情報が消え、代わりに今まで使ったことがあるスキルが表示された。
《R スポーン・ザ・ミラー》
《R オートヒール》
《R リフレッシュアイ》
《R ミドルアトラクト》
《R ヒートレジスト》
《R ショートスワップ》
《R クイックアップ》
・
・
・
『やっぱこう……個性的? なスキルばかりですよね。しかしどれも絶妙に使い辛そう……い、いえ! 例えばこの疲れ目を癒せる「リフレッシュアイ」は普段使いできそうですしね』
リンカが俺のスキルを横から覗き込んでいた。スキルは普段使いするものじゃないんだが……。それに、何かフォローされているような心遣いが感じられたのは気のせいだろうか。
「しかし……全部「Rランク」なのか。Nランクのフラルよりも優れているとは思えないが」
『あの子を評価しすぎですよ。それと、スキルに「Nランク」は存在しません。ガチャから排出されるのはRランク以上のみです』
そ、そうなのか。いまいちNとRの違いが分からないが、確か高ランクほどガチャで召喚されにくいと言っていたな。つまり、スキルよりも彼女の方が召喚しやすいということか?
『ちなみにですが、RランクのスキルよりNランクのカムレードの方が召喚しにくいのであしからず。スキルとカムレードじゃそもそも排出確率が異なっているので』
なんだその微妙な仕様は! 今は少しでも人手が欲しいというのに。
『でもそんなの欲しいものが出るまで、ガチャをどんどん引いちゃえばいいんですよ! 上手くいけばもっと高ランクのカムレードが召喚できるかも!』
リンカは謎にガチャを急かしてくる。ガチャを起動するために必要な石……魔繋石と言ったか、その石の残りは十個。ガチャは最大二回が限度だ。ガチャを使う場合は慎重にならなければならない。
「おい! こっちから声が聞こえたぞ! レクディオか!」
くっ、アキレスたちが追いついてきたか! 後方からバタバタと近づいてくる音が聞こえてくる。静かに近づかれていたら気付けなかったのに、馬鹿な奴らだ。
足跡は三人。全員で俺を探していたのか。どこかに潜んでから入り口に引き返すのも手だが、ここは一度奴らを撒くために奥に進もう。ガチャでカムレードを召喚できればまだ対抗できたかもしれないが、ガチャ回数残り二回で召喚できるとは限らない。
他のリザードマンやオオトカゲとの遭遇に警戒しつつ先に進むと、開けた空間が広がっていた。周りを囲むように壁に燭台が設置されており、どこか闘技場を思わせる雰囲気があった。
天井がかなり高く、そこまで地下に降りていないことから、ここは空洞となった山の中心だろうか。さらに先に進む道を探すが、この広場の入り口以外の道は見つからなかった。仕方なく引き返そうとすると、俺を追いかけてきたアキレスたちと鉢合わせしてしまった。
「ははっ! 行き止まりのようだなレクディオ!」
アキレスは俺が持っていた剣をまるで自分の物のように俺に剣先を向けてきた。この洞窟内で俺を殺そうとしているのは変わりないらしく、彼の仲間からも敵意を感じる。
「……俺の矢を受けたくせに……平気そうだな……」
「……抵抗しない方がいいわよ。苦しみたくなかったらね」
「そうだ、いい加減殺されやがれ、この無能野郎!」
『はぁー⁉ レクさんになんて言い草ですか! レクさん、あんな奴ガチャでコテンパンにしちゃってくださいよ!』
アキレスたちの罵倒に対して怒りを露わにしているリンカは置いといて、果たしてガチャでこのピンチを乗り越えられるのか? フラルが来てくれれば、あのリザードマンを吸い込んだ光球で脅すこともできるだろう。だがいつも通りのRランクのスキルだったら、この窮地を脱するのは格段に難しくなる。
今まで使ったことがあるスキルの中だと、一定時間走力が上がる《クイックアップ》がこの場を凌ぐのに最適か……? 脚は速くなるが体力等は据え置きなため、スキル後は激しい疲労に襲われてしまうというデメリットがある。しかし、この状況で背に腹は代えられない。もしくは《オートヒール》で回復しながら無理やり押し通すか?
唯一の出口を弓使いのバルトロに抑えられ、左右からじりじりとアキレスとパロマがにじり寄ってくる。少しずつ後退して距離を取るが、いずれ反対の壁に追い込まれる。俺はここで死ぬわけにはいかない。この状況を逆転できることを祈ってガチャを起動しかけたとき、背筋にぞわりと悪寒が走った。
冷や汗が止まらない。何かが近くにいる……何かが……!
「上だッ!」
突如、巨大な白いドラゴンが降ってきた。
「オオオオォォォォオオオオ!」
着地と共に生じた地響きで俺たちは体勢を崩され、つんざくようなドラゴンの咆哮が襲い掛かってくる。そのドラゴンは奇妙なことに身体の一部に鎧を装着しており、顔の上半分が兜で覆われていた。そしてその巨体はこの広場の出口を完全に塞いでおり、俺たちはドラゴンに閉じ込められてしまった。
「どうして……この洞窟はオオトカゲみたいな弱い魔物しかいなんじゃなかったのかよぉ!」
アキレスは尻もちをつきながら困惑していた。それもそのはず、大型のドラゴンと相対できる冒険者は金ランク、もしくは勇者パーティの白金ランクだけだ。俺たちのような下級ランクの冒険者が敵うはずがない。
「うわぁあああ! 巻物『複射弾』ぉおお!」
ドラゴンと一番距離が近かったバルトロが発狂しながら、巻物の魔術を発動させる。続けて射った一本の矢が魔術で数十本と複製され、矢の豪雨がドラゴンへ降り注いだ。
しかし、その矢はドラゴンの白い鱗や鎧に弾かれ、一本も刺さらなかった。
「えっ……そんな……ああああぁぁ! 巻物『豪――――
別の巻物を発動させようとしたバルトロは、振り払われたドラゴンの尻尾でいとも簡単に吹っ飛ばされた。壁には数秒前バルトロだった肉塊が潰れていた。
「……えっ、バルトロ? うそっ、バルトロ! バルトロ! いやぁぁああああ!」
「ちくしょう! よくもバルトロを! ……やってやる。オレはやってやるよぉおお!」
泣き叫ぶパロマとやけくそになっているだろうアキレス。誰の目でも明らかだった。ただ蹂躙されるのを待つしかないということを。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
アキレスはドラゴンへと突っ込み、がむしゃらに俺の剣で斬りかかった。しかし、ドラゴンを覆う強靭な鱗に傷を付けることは叶わなかった。そんな彼をドラゴンはぼーっと眺めている。
「うわぁぁああああ! ……あっ」
何度も剣を振り下ろす内に握力が無くなったのか、鱗に弾かれ剣が飛んで行ってしまう。ドラゴンはそんな彼を見て、にやりと笑った気がした。
そしてドラゴンは首を上にあげながら空気を吸い込み始めた。あの予備動作は……!
「アキレス! 奴の正面に入るな!」
「あああぁぁぁああぁぁぁあぁあぁぁああああああぁぁああ‼」
完全に自棄になったアキレスに俺の言葉は届かなかった。ドラゴンはアキレスを捉えるように見下ろすと――
口から豪火を吐き出し、アキレスを焼き尽くした。
この続きは明日の20時更新!