6 ガチャ
「『ガチャ』起動‼」
その叫びと共に掲げた右手が光った。いつもの固有魔術の時の銀色ではなく、それは水色に光っており、やがてその光は球体に纏まった。
俺を取り囲んでいたリザードマンたちは突然の発光に驚き、攻撃の手を止めて戸惑っている。光球は地面に横たわっている俺を中心に何度か周回し、俺の目の前でぴたりと止まった。俺はまるで予め決まっている行動を取るかの如く、その光球に向かって手を突っ込んだ。
ぱしっ、と突っ込んだ手が掴まれた感触がした。するとたちまち光球は人の姿に変貌した。
「N《時の旅人 フラル》ここに顕現なのです!」
俺の手を握っているのは十歳も満たなそうな小さな少女だった。この辺りの出自ではないのか、見慣れない服装をしている。そして、被っている大きな帽子の下にクリーム色の髪がちらりと見え、天真爛漫な笑顔をこちらに向けていた。フラルと名乗ったその少女は両手で俺の手を握り、ぶんぶんと振り回した。
「お……レクさん! お喚びいただきありがとうなのです! 私があなたの『カムレード』なのですよ! ……とぅわっ⁉ リザードマンがこんなにいっぱい! 私にお任せください! 行きますよー!」
慌ただしく捲し立てたフラルは俺の手を離し、懐から小さな筒を取り出した。
「『次元銃』なのです! てぇいやー!」
フラルは派手な部品が付いた筒のような物ををリザードマンに向けると、その筒の先から紫色の光弾が連続して発射した。
「ギャウ⁉」
何発もの光弾が薄暗い洞窟を照らし、リザードマンに直撃する。光弾が当たったリザードマンたちは怯み、困惑しながら後退していく。
俺自身も今の状況が呑み込めず、困惑しているのだが……。
俺の固有魔術「エクスチェンジ」でスキルではなく、人が生まれた……? いや召喚したのか? フラルとかいう奴……「カムレード」とか聞き慣れない単語をいくつか使っていたな。咄嗟に「ガチャ」と叫んでしまったし、俺の魔術のはずなのに知らないことが多すぎる!
『ようやく固有魔術との結びつきが強くなりましたね。それが貴方の固有魔術「ガチャ」の本来の力です』
頭上から透き通った女性の声が降ってきた。その声は時々断続的に聞こえていた女性の声で、今やはっきりと耳に届いていた。
『姿をお見せするのは初めてですよね。私はリンカメリア。貴方の「ガチャ」のサポートをするために喚ばれた女神です』
リンカメリア。そう名乗った半透明の女性は空中でふわふわと浮いており、黒い長髪と白いドレスを漂わせていた。女神? サポート? 混乱しかけていた脳内がさらにぐるぐると回り始める。
「ガチャ……? 俺の固有魔術が……?」
『そう、貴方の固有魔術の本当の名は「ガチャ」 魔繋石を捧げてスキル、もしくはカムレードを召喚する魔術です。今までの貴方は自身の固有魔術との結びつきが弱かったせいか、カムレードを召喚できなかったようですが』
女神は俺の周りを回るように飛びながら、つらつらと「ガチャ」について説明した。知らなかったことばかりだが、まず気になるのが……、
「『カムレード』って何だ……?」
「貴方のガチャによって召喚された協力者です。いえ、仲間といった方が正しいでしょうか。貴方に恩義を感じている人物を喚び出し、共に闘ってくれるのですよ」
「恩義……? いや俺はフラルとかいう子、知らないぞ!」
女神は一瞬肩を揺らしたかと思うと、一拍置いて話を続けた。
『……それもそうでしょう。だってカムレードは未来で出会う貴方の仲間なのですから』
「未来で……?」
女神の説明でより俺は困惑してしまう。俺の固有魔術は未来の人物を召喚できるのか……。いやそれよりも、俺は未来で仲間ができるのか? ついさっき、仲間なんて作らないと誓ったばかりなのに?
「くたばりやがれなのですー!」
一方、俺の将来の仲間らしいフラルがリザードマンを追いかけながら光弾を連射していた。その光弾は何発も当たっていたが、一向にリザードマンが倒れる気配はなかった。
『やっぱ低ランクは弱っちいですね』
「は? 低ランク?」
女神は空中で肘をつきながら不機嫌そうにフラルを眺めていた。
『カムレードにもランクがありまして、上から「SSR」「SR」「R」「N」と言い、高ランクほど能力が高い分、ガチャで引きにくくなっています』
「R」はレア、「S」はスーパーやスペシャルなどの意味があるらしいが、そのまま読むのが一般的と女神は説明した。
『そしてあの子、「時の旅人 フラル」はNランクという最低ランクのカムレードなので一般人よりも弱いです。その証拠に……ステータスオープン』
女神が聞き慣れない単語を唱えると、目の前に半透明の板が出現した。空中で静止しているその板には、とある情報が書き記されていた。
・N《時の旅人 フラル》
〇HP 9
〇ATK 3
〇MATK 12
〇DEF 8
〇SPD 3
ステータスはその人物の能力を数値化したものだと女神は教えてくれたが、肝心の数字の基準が分からないためフラルの強さが分からない。すると女神が具体的に例を挙げてくれた。
『この世界で一番多いランクである鉄の冒険者のステータスを平均化した場合、全項目を……100と見做していいでしょうね』
よっわッ⁉ 常人の十分の一の力しかないじゃないか⁉
「えいえいえいやぁー!」
そんなフラルは未だに光弾を連射していた。だが攻撃対象のリザードマンたちはダメージを受けている様子はなく、それに気づいた奴らは被弾しながらもフラルに近づいていった。
「お、おいっ! 危ねぇぞ!」
「えっ? あっ、スキル《ワン・モア・チャンス》!」
フラルが何かを唱えた瞬間、彼女の間近まで接近したリザードマンのメイスが振り下ろされた。避ける間もなくメイスはフラルの脳天に直撃し、ゴッ! と、地面に叩きつけられた鈍い音が響いた。
フラルはぴくりとも動かなくなった。
「え……死んだ?」
『あーあ』
「あ、あの子、死んだのか⁉ なんてことだ……」
目の前で命が失われ、動揺してしまう。フラルがメイスで殴られた際に、持っていた次元銃なる筒が手から離れ、俺の手元まで転がってきていた。これは「魔装具」か……? だったら俺でも使えるはず! 俺は次元銃を手に取り、魔力を込めた。
《充填完了》
次元銃から固い声が鳴り、凄まじい力が集まっていることが分かる。この状況の打開を願って、俺は次元銃の引き金を引いた。この操作をすればフラルのように次元銃から弾が発射される。そう予想したのだが、
《エラー》
「えっ? な、何故だ!」
次元銃からは警告を促すような音と音声が鳴るだけで、次元銃から弾が出る様子は全くなかった。想定外の出来事にパニックになっている自分に構わず、リザードマンたちは俺に敵意を向けてきた。
ここは一旦退かなくては……。だが逃げ切れるか……?
『あの子はNランクですから大抵の魔物に敵いません。ですが、カムレードにはそれぞれ特有のスキルを持っています』
女神は倒れているフラルを冷静に見据えていた。全てのリザードマンが俺の方へ走っってきた時、フラルはがばっと勢いよく起き上がった。
「レクさん! 次元銃を私に投げてください!」
「えぇ⁉」
『あの子のスキル《ワン・モア・チャンス》はHPが満タンの時、どんな攻撃でもHP1で耐えることができます』
死んだはずのフラルに明らかに困惑しているリザードマンたち。俺は戸惑いつつも、次元銃をフラルに投げ渡した。
「とぅわ! ナイススローなのです! のわっ⁉ すでに充填完了しているのです⁉ これならいけるのですよー!」
フラルは次元銃をキャッチすると、ギュンギュンと奇妙な音がフラルの手元から鳴り始めた。リザードマンたちはフラルが最も危険だと感じたのか、来た道を引き返すように全員で襲い掛かった。
『レクさん、呑み込まれます! 伏せてください!』
女神の突然の警告に従い、急いで地に伏せる。その間もフラルの次元銃から鳴る音がけたたましくなる。リザードマンたちの攻撃がフラルに届こうとした瞬間、彼女が叫んだ。
「『次元銃・虚空砲』発射ぁああ‼」
フラルの筒から巨大な紫色の光球が射出された。ゆっくりと前進するその光球は、近くにいたリザードマンを吸い込んだ。光球に呑み込まれたリザードマンはたちまち姿が見えなくなった。その光球の吸引力は徐々に強くなり、逃げようとする残りのリザードマンたちも吸い込んでいった。
「なっ……! このままだと俺も……」
近づきながら吸引力を増す光球により、身体が浮き始める。近くにあった岩にしがみつくも、
岩ごと持ち上げられ光球へと吸い寄せられてしまう。
「うぉおお⁉」
気持ちが悪い浮遊感に襲われ、リザードマンたちと同じ目に合うことを覚悟した瞬間、光球は一瞬で小さくなり消滅した。
「いでっ!」
脅威の大本が消え、重力に従い落下した。尻をしこたま打ち付けてしまい、涙目を浮かべながらも窮地から脱することができ、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
『レクさん、ご無事ですか?』
「……あんたは平気なんだな」
『私は女神なので、この世の物理現象とは無縁なのですよ』
「……そういうものなのか」
あの光球に吸い込まれる様子が全くなかった半透明の女神は、変わらずふわふわと浮かんでいた。一方、リザードマンとは別のピンチを作り出した元凶とはいうと、
「どーですか! 私の力は! 充填に時間がかかるのですが、Nランクにしては規格外の力なのですよ! いえい! ミッションコンプリートなのです!」
誇らしげに胸を張っていた。まあ、彼女がいなかったら俺は確実に死んでいたから何も言うまい。
『貴方の力というより、次元銃のお陰でしょうに……レクさん、すみません。あの子、すぐ調子に乗るところがありまして……叱りつけても構いませんから!』
女神はそんなフラルをまるで保護者のように頭を抱えていた。Nランクだからか時々妙にフラルに当たりが強いな。
「自分で叱ったらいいじゃないか」
『あー……実は私はレクさん以外に干渉できないんですよ。私の声はレクさんにしか聞こえないし、姿も見えないので他人がいる時は注意してくださいね』
「えっ?」
たまに聞こえていた彼女の声も、やはり俺にしか聞こえていなかったのか。元気に駆け寄ってくるフラルが女神リンカメリアの身体を突き抜けた。彼女の言う通り、女神の姿は俺にしか見えていなさそうだった。
「レクさん! すごかったですよね! ばしゅばしゅって撃って、ごーんってやってくる敵の不意を突いて、ぎゅぅうおぉーんって吸い込んだのです! 私、強かったのです!」
フラルは目をキラキラと輝かせながら満面の笑みを向けてきた。奥にいる女神が何故か悶えているのが気になったが、今は目の前の彼女に礼を言うために片膝を付いた。
「ありがとう。助かった。君は命の恩人だ」
「ふわわわわ……」
たちまちフラルは顔を真っ赤にし、まるでダンスを踊っているかのようにふらふらと舞い始めた。
「大丈夫か? それにさっきリザードマンにぶん殴られていたが平気なのか? どこも怪我はなさそうだが……」
「あははー嬉しいのですぅ! 実質あなたも私の命の恩人というか……でもそんなあなたの力になれて感激なのですぅー!」
ご機嫌な様子のフラルはくるくると回りながら、俺を助けたことを喜んでいた。確かカムレードは未来でできる俺の仲間だったな。未来の俺はこんな幼い子に何をしたんだ?
『レクさんレクさん。ひとつアドバイスを。彼女のステータスを開けますか?』
女神の言葉に従い、ステータスとやらを開こうと意識すると、目の前に半透明の板が出現した。そこには《時の旅人 フラル HP 1/9》と書かれていた。
『HPとはそのカムレードの生命力を表します。0になった時、死亡……もとい元の時代に強制的に帰還します』
「「1/9」って瀕死ということなんじゃないか? よく動けるな……」
『それがカムレードとして喚ばれた者の利点であり、欠点でもあります。カムレードはHPが0にならない限り、基本最大のパフォーマンスを発揮し続けられるのです』
つまりカムレードはHPが減っても動き続けることができるらしい。人間なら少しの怪我で動きが鈍る場合があるし、損傷の箇所によっては致命傷になることもある。その可能性がないというなら、カムレードは負傷が当たり前の冒険者業に革新を与えるぞ……。
『欠点はですね。たとえどんなに小さなダメージだとしても、HP1の時に負ったら……』
「レクさーん! 誰と話してるんですかー! わっ」
俺に駆け寄ってきたフラルは足元の小石に躓き、こてんと転んだ。
すると、ぼしゅんと消えてしまった。
『はい、死にました』
「えっ、死んだ⁉」
初めてできた未来の仲間はこうして元の時代に帰っていった。
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