4 仲間とは
「レクディオ! そっち行きましたよ!」
日が昇り、俺たちはオオトカゲの洞窟に突入していた。まだ気温が上がり切っておらず、体温が気温によって変動するオオトカゲは動きが鈍い。だが俺たち侵入者に対抗しようと、オオトカゲは巨体ながらも俊敏に動き突撃してきた。
頭から尻尾の先の長さが人の身長を超すぐらい巨大な体格であるオオトカゲが人に突進したら……その威力は想像に難くない。
「しぃッ!」
俺は一直線に突進してくるオオトカゲにタイミングを合わせ跳び、背中に剣を突きつけた。暴れるオオトカゲを抑えつけるように剣に全体重をかける。洞窟に断末魔が響く。
程なくして痙攣していたオオトカゲの身体は力が抜けたように動かなくなった。
「はあ……はあ……、よし、討伐数……これで五体目か?」
俺はオオトカゲが完全に息絶えたことを確認し、懐の小さなナイフで死体の右手の親指を削ぎ取った。これは魔物を討伐した数を冒険者ギルドに報告し、追加報酬を得るための証拠となる。今回の依頼である「オオトカゲの洞窟の探索」の報酬は仲間で分配するため、追加報酬は地味に有難かった。
だいぶ奥に進んできたな……。
俺は剣士職なため、積極的に前に出て敵を引き付けていた。新しくできた仲間のために少しでも貢献しようと思った行動だった。通ってきた道を振り返ると、アキレスが爽やかに笑い、その後ろで光の魔術で周囲をぼんやりと照らしているパロマが緊張した面持ちをしているのが見えた。さらにその後ろの最後列で、バルトロが弓を構えながら背後を警戒していた。
「ナイスですレクディオ! その剣、素晴らしい業物ですね!」
アキレスが褒めたこの剣は、ディルトゥーナ家から出る時に餞別に貰った品の一つだ。武器の価値に疎い俺でも、それなりに上物だと分かる。冒険者としての経験の浅さを補ってくれているのだ。俺がこれからも冒険者を続けていくならこの剣は絶対に手放してはいけない。
……っと、いつまでも突き刺してはいけないな。
俺はナイフを仕舞って、オオトカゲの背中を貫通し、地面にまで達している己の剣を抜こうとした。その時、洞窟の天井付近から何かが動く気配がした。アキレスの真上の天井でオオトカゲが張り付いていたのだ。
「アキレス! 上だ!」
俺は剣を抜くのさえ後回しにし、アキレスに駆け寄った。同時に天井に張り付いていたオオトカゲがアキレスに跳びかかった。アキレスはオオトカゲに気付くも、まだ迎撃態勢が取れていない。
「アキレスッ!」
俺はアキレスを押しのけ、左腕に装備した盾でオオトカゲを受け止める。左腕にオオトカゲの巨体が押しかかる。力を一瞬でも緩めると押し倒され、首筋を噛みつかれてしまうだろう。その場合、即死してしまう可能性がある。死んだらたとえ回復役がいたとしても魔術では生き返られない。
「終わって……たまるかぁあああ‼」
全身の力を左腕に込め、オオトカゲを弾き飛ばす。追撃を行おうとしたが、オオトカゲはすでに空中で体勢を整え、着地の瞬間に攻撃を仕掛けてこようとしていた。一方、俺は無理やり盾を振ったため体勢が崩れ、隙だらけだ。
しま……ッ!
「バルトロ!」
アキレスは後方で控えていた弓使いに指示を飛ばす。バルトロは空中にいるオオトカゲを正確に射抜いた。ギャッ、という小さな悲鳴と共に、オオトカゲは背中から地面に落下した。
地面を不格好にのたうち回るオオトカゲにパロマは杖を向け、魔術を唱えた。
「炎よ(ファイア)!」
オオトカゲの身体は一瞬で燃え上がり、しばらく悶えた後、炭になってピクリとも動かなくなった。
「ははっ! やりましたね皆! ナイスチームワークです!」
アキレスは朗らかに笑いながら、ぐっと親指を立てた。俺一人だと確実にやられていた。互いの不足している部分を補い合う……仲間との連携はこれほどの成果を生み出すものなのか!
心臓の高鳴りがなかなか止まなかった。「仲間なんて必要ない」なんて思っていた頃が恥ずかしい。
「レクディオ、僕を助けてくれたのでしょう? ありがとう!」
オオトカゲを盾で弾いた際に、体勢を崩し尻もちをついてしまった俺にアキレスは手を差し伸べた。その手には、俺をゲストではなく仲間として対等になったという意味が込められている気がした。
俺……このパーティに入れて良かった。仲間とはこんなにも素晴らしいものなんだな!
俺はアキレスの手を握り返し、立ち上がろうとした。アキレスは力強く握り返し、思いっきり引っ張ってきた。勢いが強くアキレスに寄りかかるようによろけてしまう。
その瞬間、腹部に衝撃と鈍い痛みが走った。
「がっ……はぁ⁉」
耐え切れず地面に膝を付く。腹部から広がる不快感と、肺を押し上げる圧迫感に咳き込んでしまう。その原因が俺の鳩尾に入ったアキレスの膝だと気付くのに、時間はかからなかった。
「げほッ! ゴホッ! あ、アキ……レス?」
アキレスはすかさず自分の剣の柄頭で俺の頭部を何度も殴りつけた。衝撃で意識が飛びそうになる。俺の頭から響く打撃音の向こうから、アキレスの怒鳴り声が聞こえてきた。
「うっぜぇえんだよ! 世間知らずのボンボンがッ‼」
アキレスは今までの彼からは想像できない程の乱暴な口調で俺を罵倒した。唐突な豹変に困惑している俺の顔面に再び衝撃が走る。アキレスの鋭い蹴りが直撃したのだ。
「ごッ……⁉」
地面を転がり、うつ伏せに倒れる。目の前には俺が剣を刺して倒したオオトカゲの亡骸が転がっていた。まるで俺の未来を暗示しているようだった。
「ど……どう……して……」
立ち上がることもできない身体を無理に動かし、アキレスを睨みつける。奴は心底呆れている様子だった。
「はあ~……オレさあ、お前みたいな金持ち大っ嫌いなんだよね。オレたちみたいな庶民を見下して、踏みにじっていく。同じ人間だと思っていないかのように!」
「そんな……ことは……」
アキレスは地面に這いつくばっている俺の前でしゃがみ込みんだ。そして、俺の髪の毛を乱暴に掴み、罵倒を正面から浴びせるために自身の正面に持ち上げた。
「しかも無自覚だからたちが悪い! 目障りなんだよ! その無駄に高そうなローブとか! 無駄に凝っている装飾が入ってる剣や盾とか! 金持ってる自慢がうぜぇんだっての! どうせ愚民とは違うってことを見せつけたかったんだろ?」
そんなことを思っていたのか……。俺はただ家にある物を持ち出しただけだ。それだけなのに俺はこんなにも恨まれてしまったのか?
アキレスは俺の頭を雑に離すと、オオトカゲに刺さった俺の剣を抜いた。オオトカゲの血に濡れた剣を恨めしそうに見つめているアキレスはその剣を俺に向けた
。
「お前、今どこに住んでんだ? どうせ色々高いもんあんだろ? 言えば楽に殺してやるよ」
「アキレス! 話が違うわ!」
割って入ってきたのは魔術師のパロマだ。だが俺がアキレスに殴られている時でさえ静観していた彼女は、俺を庇っている訳ではなさそうだった。
「こいつの弱みかなんかを掴んで、継続的に金を提供してもらう計画だったでしょ! こ、ここで殺しちゃ、もったいないわ」
こいつら……初めからディルトゥーナの財産目当てで俺に近づいてきたのか……。畜生……どうして俺はこんな奴らを信じてしまったんだ!
「こいつはディルトゥーナを追放されてんだよ。長期的に搾り取れるほどの金は持ってねえんじゃねえの? だったら今持ってる分だけでも奪っておいた方がいいだろ」
「だからって殺すほどじゃ……」
「ここまでしたんだ。始末しなきゃ、逆に俺たちが処罰されちまう。こいつは冒険者を舐めてたせいで一人で突っ走って、勝手に死んじまったことにしちまえばいいんだよ」
「でも……」
「大丈夫だ。こいつにゃもう後ろ盾も何もねえんだ。こんな冒険者なんて仕事を従者も無しにやっていることが何よりも証拠だろ? こいつが死んだって誰も気にしてねぇよ!」
クソが……。好きかって言いやがって……。
アキレスの言う通り、俺が死んだとしてもディルトゥーナ家は一切冒険者ギルドに介入してこないだろう。そもそも俺が勘当された時点でディルトゥーナにとっては死んだも当然だからだ。
「はあ……はあ……、仲間だと……思ってたのに……」
「仲間だあ? オレとお前は立場が違いすぎるってのに、なれるわけねえだろ! だけどな、その立場のお陰で冒険者ギルドに良い報告ができそうだ」
アキレスは地面で蹲っている俺に剣を振り上げる。
「道楽で冒険者業を始めたお坊ちゃんには手綱を付けましょう、ってな!」
アキレスは俺の首目掛け剣を振り下ろす。俺はすかさず奴の顔面に握りしめた砂を投げつけた。
「ぶはっ⁉ 目潰しのつもりか!」
アキレスが怯んだ隙に俺は洞窟の奥へと走り出した。
「なっ⁉ てめぇ、あれだけボコしたのに動けるのか⁉」
剣の柄頭で何回も殴られたんだ。本当だったらまだ立ち上がることもできなかっただろう。だが俺はアキレスに膝蹴りを食らった時、すでに固有魔術の「エクスチェンジ」で昨日獲得したスキル《オートヒール》を発動していた。徐々に回復していくスキルのため、まだ完全回復はしていないが、その場から逃げるには充分だった。
「待ちやがれ! ぶっ殺してやる!」
殺されるってのに、待つ奴がいるかよ!
後方からの怒号に一切目もくれず、奴らがいる逆方向の洞窟の奥へと駆け込む。オオトカゲの洞窟は途中で何本も道が別れるように入り組んでおり、俺は何度も曲がってがむしゃらに突き進んだ。
奴らが俺を見失うまで逃げ切れれば……!
追いつけないように敢えて崖際の細い道を壁沿いに進む。下が見えないほど暗く、落ちたら一溜まりもなさそうだ。俺を罵倒するアキレスの声が段々と遠ざかっていく。心に余裕が生まれ、少し胸を撫で下ろした。
――気を……て! まだ……
「っ⁉ 誰だ⁉」
突然女性の声が聞こえた。昨日見張りをしていた時に聞こえた声と同じだった。だがあの時と同様に姿が見えなかった。
「どこにいるんだ! お前は一体何なんだ!」
謎の声は答えなかった。だがその声は徐々にはっきりと聞こえ、俺に警告を発した。
――まだ、狙われています!
その声と同時に後方のアキレスが怒鳴るように命令を下す声が響いてきた。
「バルトロ! 射て‼」
「ああ……巻物『追尾弾』」
あの魔術は……⁉ まずいっ!
魔術の発動と矢が射られた音が洞窟に響く。バルトロが使った巻物に込められていたのは、付与した物体を標的に自動で当てる魔術だ。標的は勿論俺だろう。矢が何度も空中で曲がって風を切っている音が聞こえてくる。
「クソッ!」
俺は今にも足を踏み外しそうなぐらい細い道を全力で駆け出す。「追尾弾」の探知外まで逃れられることに期待するしかない。それか防御を固める手もあるが、飛来する矢を防ぐなんて至難の業だ。
「……ッ!」
風を切る音が大きくなってきた。魔術の効果範囲外に出ることは叶わなかった。だったら一抹の希望を乗せて盾で防ぐしかない。俺は振り返って左手の盾を構える。なるべく身体を縮こませて、被弾の可能性をできるだけ少なくする。
ヒュンヒュンと俺を探している矢が飛ぶ音だけが聞こえてくる。俺は通ってきた道に目を凝らす。暗闇の奥が一瞬だけ光った。
ガキィン!
飛来した矢が盾に直撃した。左手がじんじんと痺れる。だがなんとか成功した。これで標的に当たったと判断され魔術が解かれる。もう矢が追ってくることはない。
そう思ったのも束の間、バックラーに弾かれくるくると回転していた矢が空中でぴたりと止まった。
……あの巻物、ディルトゥーナ製かよ‼
ディルトゥーナによって作られた巻物は最低限の保証も充実している。例えば「追尾弾」は何らかの事故で標的に当たらなかった場合でも、一度だけ魔術が再起動するようになっている。
つまりあの空中で止まっている矢は、再び俺目掛けて射出される。
「ッ……があああ‼」
体勢を立て直す間もなく、矢は俺の左肩に突き刺さった。激痛が全身を駆け巡る。同時に浮遊感が襲われる。俺は崖から落下し、暗闇の中に吸い込まれていった。
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