38 エピローグ
四天王ガルドルドの襲撃から五日後。城塞都市ラピスでは奴に破壊された街の復興作業が行われていた。
土木用ゴーレムや運搬用ゴーレムが忙しなく動き回り、大工たちが建物の修復に取り組んでいる。その中には見知った冒険者も数多くいた。
「おぉい! アキレス! へばってないで手ぇ動かせぇい!」
「は、はい! ゾンドさん!」
戦闘で生き残ったアキレスは宣言通り冒険者組合に自首したらしいが、復興作業の手が足りないため重労働に繰り出されている。先輩冒険者たちに扱き使われつつも、爽やかな面持ちで働いている。いつか罪を清算して聖職者になると思うと釈然としないが。
アキレスの怪我を治したパロマは、現在家を壊され避難民となった人々の支援活動の手伝いをしている。アキレスの仲間だったとはいえ、彼女の回復魔術は瀕死だった冒険者たちを救ったため、皆から信頼されるようになったそうだ。
彼らのもう一人の仲間であるバルトロは行方不明だった。アキレス曰く、死体が見つからない以上、生きてはいるだろうと推測していた。元々仲間とつるみたがらない彼はこの機に乗じて旅にでも出たんじゃないか、とも。
事前に避難していたため民間人の被害はほぼなかったが、巨竜となったガルドルドに挑んだ冒険者から、少ないとは言えない数の死傷者が出てしまった。魔物が多く生息する地域と隣接しているこの街で冒険者が減るのは由々しき事態だった。別の街から冒険者が派遣されてくるらしいが、問題はそれだけではなかった。
「レクディオ殿……待たせたのである」
そこにいたのはこの街の冒険者ギルド長、そして元金ランク冒険者のゼノギルだった。彼はガルドルドに敗北した後、自ら金ランクという称号を手放し、冒険者を辞めた。派手だった鎧を脱いでおり、思っていたより老人らしい体つきをしていた。
「言いそびれておったが……この間は済まなかったである。勝手に君をアキレスの囮に使ってしまって。若い者ほど大切にしなければいけなかったであるな……」
ゼノギルはとうに冒険者としての全盛期を過ぎていたが、金ランクという地位を捨てるのを惜しみ、無理を通していたらしい。これからはギルド長の仕事に専念し冒険者を支援していく、とのこと。
「君みたいな者が魔王を倒してしまうかもしれぬな……」
「あの……本当にやるんですか? こんな時に……」
「こんな時だからこそ、活気をもたらせて欲しいのである! 新しい金ランク冒険者を、皆で祝おうぞ!」
俺は四天王ガルドルドを退けた実績を評価され、銅ランクから金ランクへの異例の昇格となった。その昇格を祝う式典が今から開かれようとしている。
「だけど、俺はもうこの腕だし……」
俺はギプスで固定された右腕を軽く動かす。ガルドルドとの戦いで焦げるまで火傷を負った右手は結局治らず、肘から下を切断することとなった。切断口は回復魔法でほぼ治癒しているが、念のためギプスを付けている、という現状だ。戦うこと自体難しいと思うのだが……。
「聞いているぞ。ギルドには「剣士」と登録しているが、本来は使い魔を喚び出す「召喚師」だと。ならば問題ないのではなかろうか?」
だからと言ってこんな俺を街の顔の冒険者みたいに囃し立てるのか……。
「ではそろそろ始めるから、よろしく頼むぞ!」
そう言ってゼノギルはそそくさと退散していった。
重要なことを言いそびれてしまった。いや、言える雰囲気ではなかったが……。
「ゼノギルのおっちゃん老けたよなー。ま、心バキバキに折られちゃしょうがねえよな」
気が付くと隣にルビアが立っていた。ルビアはいつもの鍛冶店での服装とは異なり、きっちりとした身なりの上にエプロンを着ていた。
「さっきまで式典に出す料理の手伝いをしていたからな。本当だったら父ちゃんの仕事を手伝う予定だったんだけど、一人でやるって言って聞かねぇんだ」
「うん? オリーボさんはまだ来てないのか?」
「式典であんたに進呈する用の剣をまだ打ってんだけどさ、こだわりすぎて間に合いそうにないんだわ」
戦いでオリーボから貰った武器を壊してしまったのは俺のせいなのだが、彼はもっといい武器を打ってやらなかったことをずっと悔いていた。俺としては彼の武器があってこその勝利だと思っているのだが。
「あれ? フラルは一緒じゃなかったの?」
「え? ルビアの所にいると思ってたんだが……」
「ちょっとぉ保護者が目を離しちゃダメでしょ。いーよ、あたしが探しとくから」
保護者じゃない、と言い切る前にルビアはフラルを探しに駆け出した。まだまだ顕現時間に余裕があるフラルは基本ルビアの手伝いをしてもらっていたが、今日に限って姿が見えないようだ。
不意にラッパの演奏が鳴り響いた。金ランク昇格を祝う式典が始まった。ここまで仰々しくしなくても、と思ったが活気が戻るならいいか……。いや、逆に余計に言い出せなくなってしまった。俺はもう冒険者を辞めようと思っていることを。
◆◆◆
野外の檀上で金ランクの証である金のタグを受け取っている冒険者――レクディオ。彼を遠巻きからこっそり眺めている少女――フラルはまるで自分のことのように誇らしく、にやにや微笑んでいた。
「……ここから始まったのですね」
フラルは独り言を呟き、彼を祝うために集まった群衆から離れた。途端にその群衆から喝采が起こる。レクディオが金ランクへと昇格したため、皆の活気が戻ったのだろう。
「でもまだまだなのですよ」
フラルが向かった先は、先日の戦いによって半壊した冒険者ギルドであった。倒壊する恐れがあるため誰も近づいてはいけないはずだが、そこにはギルドの受付嬢の一人がいた。
「……ええ、ですから急すぎますよ! もう式典も始まってますし……またやれと言うのですか本部は!」
受付嬢は魔鏡伝で誰かと話している。その魔鏡伝はオリーボ店のと比べて巨大かつ設置型なため、そこから動かせなさそうだった。盗み聞きした内容からして、相手はここから遠く離れた首都にある冒険者ギルド本部の人間なのだろう。
「異例中の異例ですよ……確かに実績はありますが……せめて彼の意志も聞いてからにしてください!」
フラルは彼女の会話をうきうきした気持ちで聞いている。きっとこれがあのことなのだろう、と予想していた。フラルはすでに知っていたのだ。
「彼を……ついこの間まで銅ランクだったレクディオさんを白金ランクに昇格して、勇者パーティに加えるなんて……!」
予想が当たったフラルはさらににんまり顔になり、その場を後にした。言い争っている受付嬢の声が聞こえてくるが、もう彼女の興味は別の場所に向いていた。
「レークさん♪ 金ランク昇格おめでとうございます!」
レクディオは昇格の儀を終え、人々と談笑していた。首から下げた彼の金のタグが煌いて見えた。
「っと、フラルか。どこ行ってたんだ?」
「ちょっと散歩してたのです。それよりも、レクさんはとってもすごいのです! 本当に……」
フラルは自身を召喚した主に賛辞を贈る。心からの言葉に続く単語を飲み込みながら。
「どうしたんだよ、急に……うおっ⁉」
「がっはっはっは! どうだレクディオぉおお! 呑んでるかぁあ? うぃ~」
「俺、酒は苦手なんで……」
レクディオは頭の先が赤く染まるほど酔ったスキンヘッドの冒険者に肩を組まれていた。この状況なら聞かれないんじゃないかとふと頭に過ぎり、フラルは誰にも聞こえないぐらい小さな声で、飲み込んだ言葉を吐き出した。
「本当に……本当にすごいのです。お父さん」
◆◆◆
「ん? フラル、何か言ったか?」
「い、いえいえいえいえ! なーんも言ってないのです! なーんも!」
フラルは慌てながら両手をブンブンと振って否定する。必死すぎないか……?
「こぉらフラル! 一人でどっか行くなって言っただろ!」
「ひゃい⁉ ご、ごめんなさいなのですルビアさん!」
酔っぱらいの絡みをなんとか振りほどいていた時、フラルはルビアに怒られていた。単独でリザードマンを倒せるぐらい強いはずだが、ルビアは危なっかしい彼女が心配でしょうがないのだろう。
「ったく、あたしは配膳の手伝いしてくるから、せめてレクの近くに居ろよ?」
「あっ、私も手伝うのです!」
「そう? じゃあばりばり働いてもらうかな」
「はい! レクさーん! がんばってくるのです!」
手を大きく振りながらルビアについて行くフラルに軽く手を振り返す。なんだろうな。あの子をずっと見ておきたくなるこの感情は……。
――……ク……さ…………。
ガルドルドの戦いの時もあの小さな身体でずっと頑張ってくれたもんな。今度きちんとお礼しないと。
――……レ……ク…………聞こえ…………か……。
そういえば未来で俺はフラルとどんな関係なんだ? そもそも未来の俺はどうなっているのだろう? 教えてくれるだろうか。
『レクさーん! 聞こえてますかぁああ⁉』
「うぉわ⁉ びっくりした!」
俺の目の前には黒い長髪と白いドレスを靡かせる半透明の女性が宙に漂っていた。
『ふぅ、ようやく見えるようになりましたか……』
「…………リンカ……リンカメリアか!」
俺のガチャの機能を説明してくれた女神――リンカメリアが再び現れたのだ。
「てっきり、もう会えないかと……」
『私はずっと見守ってましたよ。本っっっ当にハラハラしたんですから! もっと安全に戦えなかったんですか!』
「無茶言うなあ……。でも貴方が教えてくれたガチャのお陰です。貴方が教えてくれたから、俺は俺の固有魔術を信じ切ることができました」
『そ……それならいいですけど。少し前はあんなにガチャを「クソ」だの何だの言ってたのが信じられませんね』
怒っていたと思ったら、優しく微笑みかけるリンカメリア。そうだった、俺には女神の加護も付いていたんだった。忘れていたな。…………忘れていたのか、俺は?
「あのー……レクディオ様。よ、よろしいですか?」
不意に背後から丸眼鏡を掛けたギルドの受付嬢が話しかけてきた。女神の姿が見えない彼女からしたら、俺は独り言を喋っていたのだろう。変な物を見るような目線が気になる……。
俺は平静を取り繕い、彼女の用件を伺った。内容はガルドルドと戦う前に受けた依頼(沼野草の納品)完了の報せだった。あの後ルビアに納品してもらったのだが、ギルドが機能しておらず、今日まで遅れていた。そして、ようやく依頼の報酬を受け取る事ができたという訳だ。
「で、では私はこれで、し、失礼します……」
気まずい空気を残しつつ、受付嬢は申し訳なさそうに退散していった。何か弁解すべきだったのだろうか……。
まあいい。纏まった金が入ったんだ。やることといったらこれしかない。
「ガチャ起動。……あー、Rスキルか。残念」
『えっ⁉ 何してるんですか⁉』
「何ってガチャだけど……ここ最近、一日一回限定のお得ガチャも引けてなかったしな」
報酬が入っていた袋はすでに空になっていた。
『前はあんなに渋っていたのに……』
「だって引かなきゃ損だろ?」
『それはあの時は石がたくさんあったから……』
リンカの言うことはもっともだ。俺は今、ガチャを引くための魔繋石はないし、勿論金もない。いや、金なら金ランクに昇格した際に特別手当が入るはずだ。それでまたガチャが引ける……。
待て待て待て。俺は冒険者を辞める予定だろ。俺は自身の固有魔術で四天王の一人を倒したという功績がある。充分、ディルトゥーナに戻るための交渉材料になるはずだ。そうすれば、ディルトゥーナの資金でまたガチャが引ける……。
いやいやいや、ディルトゥーナに戻るのは妹のマカレアを独りにしないためだろ! ガチャは関係ない!
だけど……だけど、頭から離れないんだ。
あの最後の最後まで追い詰められた後にSSRを引いた感覚を。
あの光球の色が変わると共に脳を揺さぶるような音を鳴らす昇格演出を。
今まで苦戦していた相手を圧倒する強さを魅せるSSRの高揚感を。
もう一度だけ……もう一度だけでいいから味わいたい。あの気持ちよさを!
ああ……ガチャって楽しいなぁ。
了
これにて完結です!
自分の好きな「ガチャ」という要素で小説を書き切ることができて、大変嬉しい限りです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!




