3 固有魔術
「『エクスチェンジ』!」
固有魔術の発動と共に、袋の中の銀貨が消えた。そして袋を持っている逆の手に、様々な色に輝く粒が出現した。
「……は?」
彼らは困惑していたが、構わず続ける。俺の固有魔術はまだ終わっていない。
「この粒は全部で千個ある。この千個の粒から七百個消費すると、宝石が手に入る」
粒が七割消え、虹色に輝く手のひらに収まるくらいの大きさの宝石が出現した。俺は残った粒を仕舞い、出現した宝石と同じ物を腰につけたポーチから四つ取り出した。
「これで最後だ」
合計五つの宝石が輝きながら消滅すると、その光の残滓が手に宿り、一瞬銀色に光った。と同時にとある名称が頭の中に流れ込んだ。
「……《オートヒール》か」
「な、何だったんです? 今の一連の流れは!」
「結局何が起こったわけ?」
「俺の固有魔術『エクスチェンジ』は金を引き替えに「スキル」を手に入れる魔術だ」
「すきる?」
「魔力を使わずとも発動できる力のことだ。傍から見たら魔術と見分けがつかないだろうが……。スキルは何種類もあって、何が手に入るかは俺でも分からない。完全にランダムなんだ」
そう、全ては運次第だった。このスキルも。俺が授かったこの固有魔術も。結果から見て不運だったとしか言えなかった。
「それで……スキルは何が手に入ったの? 割と高めの代償や妙に長い工程を踏んだんだもの。いい力なんでしょ?」
「これは……《オートヒール》と言って……数分の間、徐々に身体を回復させるスキルだ」
「回復系ってこと? 今度は私と被ってんだけど……ちなみに効果はどのくらいなの?」
「一度に……切り傷程度の怪我が限界だ」
「は? ショボっ」
ぐっ……正直に言いやがって……。だがパロマの言う通りだ。エクスチェンジで手に入るスキルははっきり言ってどれもショボいのだ。
「ぱ、パロマ! 回復系が得意な君の気持ちも分かるけど、もしもの時もあるかもしれないじゃないか。例えば、魔力が切れた君が怪我をしたときとか!」
「……スキルの対象になるのは俺だけなんだ。俺しか回復できない」
「使えなっ!」
少しは歯に衣を着せたらどうなんだ! ちくしょう……。
「ちょっと待て……レクディオ、粒やら宝石やらを挟んでいたが……詰まる所スキルをひとつ手に入れるのに……いくらかかるんだ?」
ずっと黙っていたバルトロが動揺した様子で問いかけてきた。そうだよな、気になるよな。正直に答えてやるよ。聞いて驚くなよ?
「銀貨五十二枚と銅貨五枚だ」
「この依頼の報酬とほぼ同額じゃねえか!」
大声を上げたのはアキレスだった。普段から冷静な彼には似つかないほど声を荒げていた。
「ご、ゴホンッ……贅沢しなきゃ銀貨百枚もあれば一ヵ月生活できる世の中ですよ? こんな……回復魔法なら当然、銅貨五枚のポーションでさえ事足りそうな力が銀貨五十二枚? 考えられない……」
全くの同感だ。手に入るスキルのショボさの割に、支払う金額が高すぎる。
因みにこのスキルはいつでも使えるが、一度使ったら消える使い切りで、使わなくても十二時間後に自動で消えてしまうのだ。クソにも限度があるぞ?
「……だから俺は魔術師ではなく、剣士として活動しているんだ。期待させてしまって悪かったな」
重たい空気が流れる。まるで使い物にならない俺の固有魔術に失望してしまったのだろう。騙していたつもりはないが、ディルトゥーナの名が独り歩きしてしまっているせいで余計な期待をさせてしまった……。これ以上、彼らを失望させないために依頼はきちんとこなさなければ……!
「で、でも! あのディルトゥーナだよ? 固有魔術以外の魔術はかなりの腕前なんじゃない?」
パロマが重たい空気を変えようと俺のフォローをしている。……しかし、ここはきちんと訂正するべきだろう。
「確かにディルトゥーナの一族は全員高尚な魔術の教育を受けている。だが己の身に固有魔術を刻んだ時点で普通の魔術は一切使えなくなる。俺は本当にただの剣士だ」
「…………」
俺の言葉がとどめになったのか、誰も一切話さなくなった。無言のまま、オオトカゲの洞窟に向けて再び歩き始める。道中、ずっと気まずい空気が流れていた。
こうなるぐらいだったら始めからパーティに加わるべきではなかった。やはり仲間など必要ないんだ。胸の内に後悔がずっと渦巻いていた。
日が完全に暮れた頃、俺たちはオオトカゲの洞窟の近くで野営をしていた。洞窟は山の側面が入り口となっており、人ひとりが余裕で入れそうな大きさだった。一晩身体を休めた後、早朝のオオトカゲの動きが鈍い時を見計らって洞窟に突入する予定だ。
月明かりが周囲を照らす中、皆は仮眠を取り、俺は焚き火の前で周囲を警戒していた。不意の敵の襲来に備え、交代制で見張りをしており、今は俺の番だった。
「……とにかく、今は実力を付けなきゃな」
昼頃、アキレスたちを失望させてしまった光景が思い浮かぶ。魔術師としての俺はもう死んだも同然だ。ならば剣士としての俺を見せていくしかない。
剣術は幼少期から教養として習って、人並みには自信がある。魔物との戦いの経験は少ないが、これから学んでいけばいい。
「大丈夫だ……まだ時間はある」
俺の目的を達成するためには冒険者として実力をつけて、何かしらの手柄を立てる必要がある。そして……あいつを見返してやるんだ。
「やっぱ、金が必要だよなあ……」
魔術が付与された魔術剣が欲しい……。俺の力を充分に発揮させるにはそれが必要なのだが、滅多に市場に出回らない上に、今の所持金じゃ買えないぐらい高価だ。
そもそも金がないのは固有魔術のせいだ。あれほど磨いた魔術を犠牲にしてまで手に入れたというのに、どうして俺の固有魔術は愚術なのだ!
――レ……レク…………ガ……を…………引いて……。
ん⁉ 何だ今の女性の声は? パロマとも違った声だ。どこから聞こえてきたか方向がまるで分からない。不思議に思い、辺りを見渡すと、すぐ背後にアキレスが立っていた。
「うわっ⁉ ビックリした! 急にどうしました?」
「あ、アキレスこそどうした? いや、どこからか女の人の声が聞こえた気がして……」
「僕はただ見張りの交代に来ただけですが……声なんて別に聞こえなかったですよ」
「そ、そうか……」
聞き間違いだったか……? いや、そんなはずは……。頭を抱えているとアキレスが俺の隣に座ってきた。
「疲れてるのでは? 君は君で悩みがあるんでしょ? 僕で良かったら聞きますよ?」
悩みなんていくらでもある。だがそれを赤の他人に話してどうする?
「…………」
「話せないんだったら……そうだ、レクディオは何で冒険者をやっているんです?」
押し黙ってしまった俺を見かねたのか、質問を投げかけてくれた。これ以上、気を利かせるのも悪いと思い、俺は質問に答えることにした。
「……冒険者業が一番俺を認めてくれると思ったんだ」
「……誰にだい?」
俺は一呼吸置いてから話を続けた。
「ディルトゥーナ魔術商会の現会長にだ」
「会長って……魔術商会のトップオブトップですよね⁉」
「ああ、冒険者になって手柄を立てることで、あいつに俺を認めさせたいんだ」
「そ、それは何で……」
「俺は…………ディルトゥーナを追放されたんだよ」
俺の事情をここまで他人に話したのは初めてだった。俺はずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。その証拠に、まるで壊れた水道のように口から流れ出る愚痴が止まらなかった。
「俺が授かった固有魔術がクソ過ぎるのと、い……弟の固有魔術が優秀だったのもあって、俺は邪魔な存在になってしまったんだ。ディルトゥーナ魔術商会会長の後継者としての、な」
「……後継者?」
「俺の父親が現会長なんだよ。俺は元々、ディルトゥーナ魔術商会会長の後継者候補の一人だった。だけど会長は俺を勘当してでも弟を後継者にしたかったんだろうな」
俺の声は段々と震えていた。事実を口に出すことがこんなにも辛いと思わなかった。
「君は再び後継者になるために、冒険者として手柄を得ようとしていたのですか……」
「いや……俺は後継者にはさほど興味はない。ただ……ディルトゥーナに戻して欲しいだけだ」
俺は顔の前で両手を組み、目を瞑る。思い浮かべるのはあいつの笑顔だった。
「弟を独りにしたくない。あいつはまだ成人してないというのに、固有魔術を己の身に刻んでしまった。元々身体が弱いのに、そのせいで一度生死の狭間を彷徨ったんだ。昔から無茶する奴なんだよ。せめて俺だけはあいつの傍にいてやりたいんだ」
目を開き、決心を固める。あいつが成人になって魔術商会会長を引き継ぐ前に、父親に俺を認めさせてやる。
「……レクディオ、君が抱えている者は分かりました。辛かったのでしょう? ですが安心してください! 僕たちが力になりますよ!」
アキレスは意気揚々と胸を張った。何を言っているんだ? これは俺の個人的な事情でお前には関係ないはずだ。彼の発言に困惑していると、アキレスは背後の草むらに向かって呼びかけた。
「なあ、皆もそう思うでしょう?」
すると隠れて盗み聞きしていたであろう、バルトロとパロマが申し訳なさそうに出てきた。これじゃ交代で見張りをする意味がないじゃないか。
「……お前のこと……誤解していたようだ……」
「あんたの固有魔術、バカにして悪かったわね。しょうがないから、あんたが家に戻れるように力になってあげる!」
「ど……どうして……?」
「そんなの当たり前ですよ!」
アキレスは二人の前に立って、俺に向かって手を差し伸べた。
「僕たちは仲間じゃないか!」
仲間……これが仲間というものなのか……。不安だった気持ちが安らいでいく気がする。
俺は自分の素性を明かしたことで、失望されるんじゃないかと怖かった。だが、彼らは受け入れてくれた。だったら俺も彼らに応えるしかないじゃないか。
「ああ、よろしく頼む。俺も精一杯お前たちの力になるよ」
俺は差し伸ばされたアキレスの手をしっかりと握る。俺はようやく仲間がいるという安心感を知ったのだ。
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