37 おかえり
SSRガルドルドが放った拳の余波で俺の身体は地面へと転がった。いや俺を肩に乗せていた奴がわざと離した気もするが、今はそんなことよりも――
「…………ッ!」
倒した……! この時代のガルドルドを……! この街を守ることはできた。だけど……!
「そんな顔をするな、レクディオよ。貴様の勝ちなのだ。四天王であった男を倒したのだぞ?誇るがいい!」
未来から来たガルドルドは俺を元気づけようとしてくれているのか? こいつにまで気を使わせてしまうとは……。
「すまない……俺は、お前の未来を閉ざしてしまった……」
思わず口に出してしまう。ガルドルドだけではない。彼の娘であるアルドラルも消えてしまうのだ。己の力不足が悔しく肩を震わせてしまう。何もかも救おうなどと強欲が過ぎたのだ。
対してガルドルドは首を傾げながらしばらく黙り込んでいる。まるで俺の言っている意味が分かっていないかのように。
「…………あっ、貴様、この時代の我が死んだと思っているのか?」
「………………はぁ⁉ 死んでねぇの⁉ あの爆発で⁉」
「確かに魔力炉は爆発した。しかし、その直前に腹に穴を開け、爆発の方向を強制させたのだ。内部から爆発四散することは免れただろう。遠くの山まで吹っ飛んで、しばらくはまともに動けんだろうがな」
つまり巨竜のガルドルドは、空気を放出しながら飛んで行く風船のように破裂はしなかったということか……。
「い、いやいやいやいや! あの規模の爆発で生きてるはずがないだろ!」
「ふん、でないとこの傷の説明がつかないだろう?」
そう言ってガルドルドは腹部の鎧を外した。そこには痛々しい大きな傷跡があった。
「長らく疑問だった。昔、貴様と戦い、気が付いたら負っていた傷だ。貴様にこれ程の威力のある攻撃ができたと思えなかったが、全てに納得した。未来の我の究極の技を食らったことが真相だったのだと!」
自慢げに己の傷を見せびらかすガルドルド。にわかに信じがたいが、未来から召喚されたこのガルドルドが消えていないのは、今のガルドルドが死んでいないということなのだろう。
「おっ……親父ぃ⁉ レクの兄貴が召喚したのか? って、ななななんで半裸なんだよ!」
気絶から回復したアルドラルが慌てながら駆けてきた。すでに半透明の姿ではなかったことから、あの爆発の中でも今のガルドルドが生きている信憑性が高くなったな。
「おお! 愛しき子よ! パパがんばったぞぉ~!」
「あぶなっ⁉」
勢いよく抱き着こうとしたガルドルドを寸前で屈み、避けるアルドラル。一瞬でも遅かったら全身の骨が砕けていそうだった。てか何だそのガルドルドの緩んだ雰囲気は! さっきまでの厳格な態度が嘘みたいだ。
「ぬおっ⁉ そうだったな、その身では耐え切れぬよな。いつまで経っても慣れぬなあ……」
ガルドルドはその大きな身体が小さく見えるほどにしゅんとしていた。そんな奴に対してアルドラルは心底面倒くさそうに頭を掻きながら詰め寄った。
「だーかーら! そういうのはおれがアンタを超えるぐらい強くなってからにしろ、って言っただろ!」
そう文句を言う彼女の顔は紅潮していた。アルドラルが父親を超えたがっていたのは、奴の愛を受け止めるためだった、という訳か。言い争っている二人からは確かに親子の絆を感じられた。
「若いアンタを後一歩まで追い込んだんだ! 超えるのなんてすぐだゼ!」
「ふふ、我は強かっただろう?」
「くっ……ああ! 悔しいぐらいな!」
口をいーっ、と大きく開けるアルドラルからは親に反抗する子供のようで可愛らしい。そんな彼女をガルドルドは慈しみを込めた眼差しを向けている。邪険に扱っていた現代の奴からはは考えられないな。
「あれっ?」
「むっ? 時間切れか」
気が付くとアルドラルとガルドルドの二人が光の粒子に包まれていた。SSRフラウの時と同じようにこの時代での顕現時間が過ぎ、未来に帰還するのだろう。
「レクの兄貴! 次はもっとおれの力を見せてやるゼ! だから……絶対また喚んでくれよな!」
「またこいつを「兄貴」などと……まあ、よい。必要ならば我も喚ぶがいい。再び喚ぶことが出来ればの話だがな」
こいつ……俺を挑発してやがる。上等だ。お前を召喚したい訳じゃないが……、
「SSRだろうが何だろうが、何度だって引いてやるよ」
俺の強がりをフンと鼻で笑い、ガルドルドとその娘のアルドラルは光に包まれて消えていった。いつの間にか上空の煙が晴れており、戦いが始まった頃は夕暮れだった景色が月の輝く夜となっていた。
今更だが不思議な気分だ。さっきまで自分と殺し合いをしていた相手が、仲間として未来からやって来たんだからな。俺は一体この先どんな人生を歩むんだろう……?
「レ、レクさぁあああああん! うぎゃぉ⁉ 何で裸なんですかぁ⁉」
背後から何度目かの俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとフラルが両手で自分の目を覆っていた。ぼろぼろで貧相な身体だから見苦しいよな。
「服さえも「売却」しちまったんだ。悪いな、こんなみすぼらしい恰好で」
「い、いえ、レクさんは今、とっても格好いいのです!」
格好いい? フラルは指の隙間から俺を見ながら、変なことを言っている。試しに余ったスキル《スポーン・ザ・ミラー》を発動し、鏡を出現させてみた。
「……なるほど、我ながらいい顔してるな」
そこには初めて固有魔術を発動させた時の着飾った自分とは違って、剥き出しの姿が映っていた。だが今の俺の表情は、誰にでも誇れるぐらい清々しさに満ちていた。
一度生きる目的を見失った俺は今、自分の未来に期待してしょうがないのだ。
「あの、ちょっとだけ見えたのですけど、アルドちゃんのパパさん……魔竜大帝さんを召喚したのですか?」
「ああ、奴が今のガルドルドを倒してくれたよ。しかも殺さず戦闘不能にしたお陰でアルドラルも消えずに済んだ。流石SSRだよ」
「私は最後まで諦めないで、限界ギリギリで引いたレクさんがすごいと思いますよ!」
俺はあいつに担がれていただけだが、フラルの言葉に頬が緩んでしまう。
「ふふ、そうだろ? 俺の固有魔術はすごいんだ
」
自身を一度絶望の底に叩き込んだ固有魔術。それは今や俺の誇りであり、自信となっていた。
「レェェエエエエエエクゥゥううううううううううううううう!」
「うぐぅ⁉」
全身に衝撃が走り、地面に倒される。勢いよく俺に飛び込んできたのは、避難していたはずのオリーボ鍛冶店の娘、ルビアだった。
「うぉおおおお! レクぅうううう! こんな傷だらけになって……よく生きてたなぁあ! 身ぐるみまで剥がされて屈辱を与えられたとしても生きてるってことは、それだけで勝ちだからな!」
ルビアは戦闘の疲れで抵抗する気力もない俺の上で、興奮しながら捲し立てている。何か勘違いをしているようだが反論もできず、されるがままに揺さぶられるのだった。
「あ、あのルビアさん! レクさんは四天王のガルドルドさんを退けるのに成功したのです!」
「……え? 退ける……?」
「さっき空でおっきな爆発がありましたよね? あれガルドルドさんが爆発したのです。生きてはいるらしいですけど……」
「………………マジ?」
「マジなのです」
フラルの弁解を聞き、きょとんとした表情で俺を見つめ直すルビア。本当かどうか疑っているのか?
「……俺だけの力じゃない。この街の冒険者たちが助けてくれたし、何よりフラルを始めとした俺の仲間のお陰だ。全体的に運が良かったからなん――――」
「…………うぅ~」
「⁉」
ルビアはぽろぽろと涙を流し始めた。
「えっ、なんっ、何で泣いて……?」
「あ、あたし……あんたが死んじゃうと、お、思ってて……。なのにっ! 生きてるどころか、あんたはこの街を守ってくれた! うぅ、うぅうううぅううう~!」
ルビアは俺の胸に顔をうずめるようにして泣きじゃくっている。どうしたらいいか分からず、フラルに目で助けを求めると、何故か彼女も俺に覆い被さってきた。重いんだが……?
「ルビアさん、泣かないでください。レクさんはあなたのそんな顔を見たくて頑張ったんじゃないのですよ」
「ぐすっ、そ、そうか。じゃあさ! 何かお礼させてくれよ! うちの商品でも何でも欲しい物言ってくれよな。父ちゃんにはあたしから言っておくからさ」
「いえいえ、レクさんは別にお礼が欲しいから四天王と戦った訳じゃないのですよ」
「いや、せっかくだし貰おうかな」
「えぇー⁉」
欲しい物か……。いくらでもあると言えばあるが、今最も欲しいモノは……。
「まだ今日は言ってくれてないだろ? ……アレが欲しい」
フラルは何のことか分からず困惑していた。俺は少し照れ臭くなり、ルビアの顔を見ることができない。彼女は俺の考えを察し、おそらくにんまり笑って全力で俺の要望に応えた。
「おかえり‼」
この続きは明日の20時更新!




