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35 ガチャを信じて

 ◆◆◆



 固有魔術を魔導書から授かり、その力が無用の長物だと判明した頃、俺は失意のどん底にいた。この魔術を得るために自慢の魔術を捨てたのだ。自身の全てを否定された気がしていた。


 今までの努力は何だったんだ。習得した魔術は完全に無駄になってしまった。ディルトゥーナの一族で固有魔術を授かった者は全員有能な魔術を得ている。俺はこの一族から爪弾きにされるだろう。


 俺は何のために生きているんだろう。


 終わらない自問自答を繰り返していた時、事件は起こった。妹であるマカレナがまだ成人していないというのに無断で魔導書を開き、固有魔術をその身に刻んでしまったのだ。


「はあ、はあ、はあ……ぐっ、うああ……うぁぁああああああああああああ!」


 拒絶反応だ。マカレアはベットの上で全身から血を流し、悶え狂っている。

 固有魔術を授かるには常人以上の魔術の才能と充分な体力が必要だ。妹にはどちらも備わっていない。元々病弱だった彼女の身体を固有魔術は容赦なく蝕もうとしている。


「魔術医はまだ来られないのですか!」


「出発したようですが、この嵐の中です! どこかで足止めされているかもしれません!」


 使用人たちがマカレアの周りで忙しなく動き回っている。窓の外は目が開けないぐらい激しい雨と強い風が吹いており、様々な物が飛び交っていた。ディルトゥーナのかかりつけの医者がここに辿り着けないのも無理はない。


 せめて父と連絡がつけばいいのだが、商会の会議中なのか魔鏡伝が繋がらない。


「はあ、はあっ……おにぃ、ううっ……お兄さま……」


 呆然と立ち尽くしていた俺にマカレアは手を伸ばしてきた。


「レクディオ様……マカレアお嬢様のお手を握ってくださいませんか」


 メイド長に促され、言われるままに朦朧としているマカレアの手を握った。


「はあ……はあ……お兄さまの手…………温かい……」


 額から滝のような汗を吹き出しているマカレアは、苦しいはずなのに安堵した表情を浮かべている。俺はそんな状況ではないと分かっていたが、思わず訊いてしまった。


「どうして……こんなことを……?」


 マカレアは荒い呼吸を整えて、目尻に涙を溜めながら絞り出すように答えた。



「……お兄さま……を…………独りに……したくなかった……の…………」



 当時の俺は無能な固有魔術を授かり荒れていた。努力を積み重ねてきた魔術は使えなくなり、憧れていた固有魔術に裏切られ、目の前の道が真っ暗な闇に包まれた気がした。


 今までの周囲が俺に向ける羨望の眼差しが一変し、蔑みの視線が纏わりつく。俺は周りを拒絶し、周囲もまた俺を除け者にしようとした。


 そんな俺を妹は見捨てようとしなかったのだ。俺と同じ立場になって、俺の想いを共有しようとした。俺が孤独にならないように。


「お兄……さま……お願い……ずっと…………ここに……い……て…………」


 俺の手を握る力が弱まり、マカレアは気を失った。容体が悪化したのだ。


 彼女の命が消えかけているのが分かる。


 マカレアは俺のために固有魔術を刻んだというのに……俺は何もできないのか!

 俺は気が付くと彼女の手を離し、部屋を飛び出した。メイド長の静止を振り切り、風雨が吹き荒れる館の外に出て、魔術医を迎えに行こうとしたのである。


 何もできないのが歯痒かった。自身の無力さが情けなかった。何でもいいから何かをしなきゃいけないと思った。それ故の行動だった。



 だが俺はマカレアの傍にいるべきだったんだ。俺はその選択を今でも後悔している。



 暴風雨でまともに前に進めない。魔術が使えた頃の自分ならこの程度、水をはじく魔術や大気を操作する魔術で難なく進めただろう。俺はそんなこともできずがむしゃらに進み、飛来物が頭にぶつかって呆気なく気を失った。


 目を覚ます頃には全て終わっていた。マカレアは回復していた。後から聞いた話だが、一度心臓が止まるほどの危険な状態になったらしい。


 彼女の髪は、マカレアを産んだ時に亡くなった母に似た黒髪だったが、今は真っ白に染まっていた。死にかけたストレスのせいか、定着した固有魔術が影響しているのか原因は分からない。ただ彼女の部屋に戻った時、日光に照らされたその白髪が強く印象に残っている。


「お兄さま……お兄ぃさまぁあああ……わぁあああああああああああああ!」


 体調が回復したマカレアは俺に抱き着いて泣き始めた。目が覚めて俺がいないことで寂しい思いをさせてしまった。俺はここに居ることさえできなかった。彼女を独りにしてしまった。

 俺はマカレアを抱き返しながら、心に誓った。


 ――二度とこの子を独りにしないと。



「レクディオ。貴様を勘当する。貴様はディルトゥーナに必要ない人材だ。二度とディルトゥーナの敷居を跨ぐことを許さん」


 それから数週間後の出来事だった。マカレアの固有魔術が判明し、父は彼女を当主とするために俺をディルトゥーナから追放した。



 ◆◆◆



 一瞬のフラッシュバックから我に返る。



 そうだ……俺は生きてディルトゥーナに戻る。

 俺を孤独にさせないために命を懸けて固有魔術を刻んだマカレアを……妹を独りにさせないために、俺は死んでなんかいられないんだ!



「《売却》!」



 俺は再び「売却」を発動させ、ガルドルドの拳を受けてひしゃげた盾を始めとした装備品や、残り少ない所持金を全て魔繋石に変換。それでもガチャを回せる数に届かず、一張羅であるローブさえも売却した。


 なっ……ボロボロなせいか価値が全くない! ガチャが回せない!


 これまで何回ガチャを引いてきたと思っている! その全てはここでSSRを引くため! ここで諦めたら今までが本当に無駄になってしまうじゃねえか! だったら……!


 俺は身に着けている物を手当たり次第売却していく。そしてなんとかぎりぎり魔繋石を五つ、ガチャを一回引ける分を確保することができた。


 パンツ一丁というみすぼらしい姿になってしまったが。

 だが恰好などどうだっていい。今はこの一回のガチャに全てを懸けるしかないのだから。



「これで本当に最後の最後だ! だから頼む! 来てくれ! 本当に本当にお願いだから……SSRフラル……来いぃいいいいいいい!」



 嘆願し懇願する。縋る思いで俺は魔繋石を五つ消費し、ガチャを引く。かざした左手から光球が出現する。カムレードが召喚される前兆。しかしその光は最低ランクを示す水色に輝いていた。



 ……終わった。



 今更Nランクじゃガルドルドに対抗できる訳がない。もう石を補充する手段もない。完全に詰みだ。


 脳裏をよぎるのは俺を待ってくれている妹の顔。冒険の思い出。不慣れながら依頼をこなしていた日々。ディルトゥーナを追放された俺を向かい入れ「おかえり」と言ってくれた場所。


 そして、俺の固有魔術――ガチャに抱く希望。


 だが、それは打ち砕かれた。俺は膝から崩れ、項垂れてしまう。こんな運に頼る魔術に縋ってしまったこと自体が間違いなんじゃないだろうか。もう二度とガチャなんかしねぇ……いや、もうそんなチャンスなんてない。


 半狂乱のガルドルドが突っ込んでくる地響きが全身に伝わってくる。奴に轢かれて俺は死ぬ。もう何もかも終わったんだ。



 ――――ガチャを信じて。



 頭に声が響く。その言葉に惹かれ、俯いていた頭を上げる。

 ビカッと音が鳴った。


「なん……だ?」


 ガチャで引いた光球が銀色に輝いていた。さっきまで水色だったはずだ。


 ビギャァン!


 けたたましい音と共に銀色の光球が金色に変化した。


「何が起こって――――」


 混乱する頭に無理やり理解させるかのように情報が流れ込んでくる。これは……カムレードのランクが上がっている!


 金色の光球の輝きが一層増した。



「昇格演出だ‼」




 ズギャォォォォォオオオオオオオオン‼




 脳を揺さぶるほどの激しい音。光球は虹色に煌く。

 その光は突っ込んでくるガルドルドごと俺を呑み込んだ。



「SSR《魔竜大帝 ガルドルド・ウォーガイア》ここに顕現である」


この続きは明日の20時更新!

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