33 アキレス
「オオオオォオォォォオォォォォオォォォォオォオォオォオオォォォオオオオオ!」
ガルドルドの咆哮が響き、俺はアルドラルが突っ込んで崩れた壁から身を乗り出して周囲を見渡した。奴と戦っている冒険者はもうほとんど残っていなかった。潰れて全身から血が噴き出している者、燃えて炭となっている者、引き裂かれ四肢がバラバラになっている者。ガルドルドにやられた冒険者の死体があちこちに転がっていた。
「……ッ」
関わりは少ないが冒険者ギルドで顔を合わせたことがある同僚たちだ。彼らを撒き込んでしまった罪悪感に陥りかける。だがまだガルドルドの前に立ちはだかる男がいた。
「巻物『輝光剣』!」
アキレスだ。彼は刀身を光らせる巻物を発動している。剣限定でただ光るだけという低級の魔術を使っているのは、すでに有効な魔術は使い切ったということなのか?
「グルゥウ……⁉」
だがアキレスはただの光を上手いことガルドルドの開いている目に当て、怯ませた。
「今だバルトロぉ!」
「巻物『豪弓』」
アキレスが合図を送った先の屋根の上には、彼の仲間であるバルトロが弓を番えていた。そして巻物によって発動した魔術の矢が凄まじい勢いでガルドルドに着弾した。
「グォォォォォオオオオオ!」
「よしっ!」
「ふん……お前に力を貸すのは……これで最後だからな」
ガルドルドは反対側の建物まで吹き飛ばされ、倒壊した際の土煙がその巨体を包みこむ。ガルドルドは立ち上がらない。
気絶しているアルドラルの身体がさらに透けていく。彼女の父親であるガルドルドの命が尽きようとしているのか?
だが、舞い上がる土煙の奥で光が明滅していた。
それは紅蓮の竜鱗の光。奴の身体の中心に魔力が集中していくのが分かる。あの技は……!
「まずい……! 熱波が来る!」
「シャォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ガルドルドの身体から灼熱の波動が広がる。その熱波は周囲の建物を燃やしながら、アキレスとバルトロを吹き飛ばした。
「くっ、こっちまで……!」
「『被熱遮幕』!」
熱波が俺たちのいる場所まで届こうとした寸前で、パロマが耐熱効果を上昇させる魔術を発動した。そのお陰で熱波に耐えることができたが、それでも呼吸が苦しくなるほどの熱を感じた。至近距離で受けたら一たまりもなかったに違いない。
「アキレス! バルトロぉ!」
つまり彼らはもう……。
「パロマ! アルドラル……こいつの回復を続けてくれ! 俺があいつらを探してくる……」
「う……くっ……わ、分かったわ……」
「レクさん……」
「フラル、お前はここに残るんだ。もしもの時は……アルドラルを見届けてくれ」
フラルは己の涙をゴシゴシと拭い、目元が赤く腫れたまま力強く頷いた。
俺は彼女たちにアルドラルを託し、階段を下りる。魔術である程度回復したとはいえ、本来なら絶対安静の身体で壁にもたれ掛かりながら建物を出た。
「この状況になってまで最善を行きたいと思うのは……贅沢か……」
俺はガチャを回しつつ、ガルドルドの注意を俺自身が引く方法を考えていると、建物の陰に何か動くものが見えた。
「よ……よう……レク、ディオ……逃げろって……言った、だろ……」
全身が赤く爛れたアキレスが倒れていた。喉も焼けているのか、喋ることも辛そうだった。
「お前……何でそこまでして俺を……。贖罪のつもりかよ」
冗談のつもりだった。俺はアキレスの考えが分からなかったからだ。だが、彼は少しだけ頬を上げた。
「そう……だよ」
「え……?」
「キミが……言ったんだろ……行動し続けろって……オレは本当に……キミに許されたいん……だよ……」
アキレスはぽつりぽつりと語り始めた。スラム街出身で金持ちが憎かったこと。一攫千金を狙って冒険者を目指したものの、騙されて一度再び地に落ちたこと。だから逆に他人を騙してやろうと思ったこと。
「だけど……ずっと心に、しこりが……あった。罪悪感だ……。だからオレを許さない、と言ったキミの言葉が……嬉しかった……。オレは懺悔したかったんだ……」
「お前、そんなことを考えて……」
アキレスはずっと罪悪感と戦っていた。正直、知ったこっちゃないが彼のことが少し理解できた気がした。こいつにはこいつの、ここに至るまでのルーツがあったことを。
「オレ……生きて帰ったら……オレがやったことを、全部……ギルドに話す……よ……。償い……たいん…………だ……」
「っ、バカヤロウ! 死にかけで言うじゃねえ! Rスキル《アンバーンバブル》!」
アキレスに左手をかざして発動したこのスキルは、火傷を癒す泡を放出するというもの。ガルドルドの火炎で再び負傷した際に使おうと取っていた。
「オレ……冒険者辞めて……教会で……はたらき……た…………い……ん…………だ……」
だが、アキレスの全身に広がる重度の火傷を癒すには力が足りなかった。
「くっ……! ガチャ起動!」
もう一度、《アンバーンバブル》を引ければ、スキルの重複発動で効果が倍増するはずだ。だが目当てのスキルは出て来なかった。
「……………………」
「アキレス! 意識を保て! まだ俺に謝ってないだろ!」
アキレスの呼吸が浅くなっていく。俺はガチャを回し続ける 俺が許す前にこいつに死なれてたまるか!
アキレスはいけ好かない奴だが、死なせたくはない。そう思うようになってしまった。しかし俺の想いとは反して、すでにアキレスからは生気を感じなかった。
「くっ……くそっ……チクショウ!」
それでも俺はガチャを引くしかなかった。
すると俺の手からカムレードを示す光球が現れた。それはNランクを表す水色ではなく、銀色に輝いていた。
「R《聖アキレス》 ここに顕現しましょう」
今より一回りは歳を取っただろうアキレスが神父の姿で現れた。目の前の光景に驚きを隠せなかったが、まず思ったことは――――
「生きてんのかよ!」
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