31 巨竜
……何が……起きた?
目が霞む。頭がくらくらする。俺は思いまぶたを開け、いつの間にか地面に転がっていた身体を起こす。
「グオォオォォオォォォオォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
轟音が響き、空気が震える。その音が生き物の叫び声だと気付くのに時間は掛からなかった。
周囲の建物よりも遥かに巨大な四足歩行のドラゴンが暴れていた。
ドラゴンは紅い鱗を禍々しく輝かせながら、建物を無造作に破壊していく。光の隙間から見える傷のついた胸部と潰れた左目が目に入った。
「あのドラゴンはまさか……」
「そう、あれがガルドっちの本当の姿。あいつは知能が下がるのを嫌がって、今までヒトに近い体型をしてたんだよ。本人は「武」を極めるため、とか言ってたっけ」
俺を見下すようにモニカが目の前に立っていた。
「ぷっぷっぷ。なのにあんな本能まるだしで暴れちゃってみっともないよねぇ。うちがやったんだけどねぇ♪ くすくすくす」
「てめぇ……なんのつもりだ! あいつの仲間なんじゃないのかよ!」
「べっつにぃ~、ただの協力関係だしぃ。てか四天王の一人がわざわざ出陣したってのに、おめおめ逃げ帰ったら魔王軍の顔が立たないっしょ。だーかーらー、最期にでかい花火を上げさてあげよってわけ♪」
「花火……?」
モニカは疑問を口にした俺の顔を馬鹿にするようにくすくす笑い、心底楽しそうに答えた。
「レクディオくんも見たでしょ? ギランド君のように紅蓮の竜鱗の果ては魔力炉の暴走による自爆。ガルドっちだったら、こんな街なんか丸ごと呑み込むぐらいの規模のねっ♪」
自爆だと……ギランドとはオオトカゲの洞窟にいた白いドラゴンだ。奴を倒した時に爆発が起きたが、それ以上の威力の爆発が起こるというのか……!
「くふ、くふふ~❤ 焦ってる焦ってる❤ いいねぇ、もっともぉ~っと苦しめ。嘆いて絶望して懇願して死んじゃえばぁ? キャハハハハハハ!」
モニカの挑発的な笑い声が鼓膜に響く。だがその瞳は一切笑っていなかった。
「なんっ……お前は俺に、恨みでもあるのか……?」
その言葉にモニカは口が裂けたかと思うくらい、にやりと口角を上げ、俺の耳元で囁いた。
「うちねぇ、アンタのこと……だいっっっ嫌いなんだよね」
ずっとふざけている様子のモニカが初めて本音を見せたかと思うくらい、感情がこもった言葉だった。だが俺はこいつのことを知らない。誰かに恨まれることをやった覚えもない。知らないところで恨みを買ってしまった可能性もあるが、奴の俺に対する憎しみは何かが違う気がする。
「お前は……一体何なんだ?」
モニカは一瞬無表情になったかと思うと、ゆっくりと口を開いた。
「うちは……何なんだろうねぇ。でも一つ確かなのは、うちはアンタの――――」
「てぇんめぇえええ! おれの親父に何しやがったぁあああ!」
何かを言いかけたモニカにアルドラルの飛び蹴りが襲い掛かる。それを軽く躱したモニカは宙に浮き、俺を見下ろしながら手を振った。
「ま、いっか。どうせ死んじゃうんだし。じゃあねレクディオくん。跡形もなく消えてなくなることを願ってるよ」
「オォオオオォォォォォォォォォオオォォォォオオオオオオオオオオオオ!」
巨大なドラゴンとなったガルドルドが咆哮し、モニカに向かって口から火球を吐き出した。
「やびっ」
モニカはその場で一回転すると空間に吸い込まれるように消えた。彼女がいた場所を火球が通り過ぎ、街の端に着弾した。
その地点を中心に、山と見間違うほどの大規模な爆発が起こった。
「なっ……⁉」
「レクの兄貴!」
アルドラルは俺を抱え、建物の陰に避難した。それと同時に熱波と数多の建物の破片が飛んできた。あのままその場にいたら一溜まりもなかっただろう。
「ぎょぇぇええええええええええ⁉」
「フラルぅ⁉」
フラルが爆発の突風に乗って転がってきた。なんとかアルドラルが救出することができたが、相当転がったのかフラルは目をぐるぐると回していた。
「ふ、フラル! 大丈夫か……?」
「うぅ~……は! 無事なのです! スキルとレクさんのオートヒールで無敵なので!」
「……たくましいな」
爆発の余波が収まり、アルドラルが建物を駆け上り、周辺の様子を見に行った。
「どうだ……アルドラル」
「……何もない。消し飛んでやがる……」
ガルドルドの火球による爆発は都市ラピスの五分の一を吹き飛ばした。溜めもなく吐いた火球がこれだけの威力だったら、奴自身が爆発したら本当にこの街全てが消し飛んでしまうだろう。
これ以上被害を出さずにこの街を救う術はあるかと思考を巡らせていると、アルドラルが建物から降りてきた。
「……おれがやる。おれが親父を殺すよ」
「アルドラル……?」
「このまま紅蓮の竜鱗を発動し続けていたら、体内の魔力炉の暴走で大爆発が起きちまう。だが魔力炉を傷つけずに殺せば、暴走を止められるはずだ」
アルドラルは達観した眼差しで鉄爪を見つめる。彼女に親殺しをさせていいのか……? だが、彼女の目はすでに覚悟に満ちていた。
「ダメです! ガルドルドさんが死んだら……アルドちゃんが消えてしまいます!」
……どういうことだ? 事態が飲み込めずにいると、フラルが神妙な面持ちで話し始めた。
「この時代は私たちにとっての過去、この時間のガルドルドさんが死んだら……未来でアルドちゃんは生まれなかったことになってしまうのです!」
「なっ……⁉ ……いや待てよ。未来のアルドラルがここにいるってことは、結局ガルドルドはこの場じゃ死なないんじゃないか? でないとそもそも召喚できないだろ?」
「いえ……未来から召喚された私たち、カムレードの力は過去を改変する可能性を秘めているのです。もし時間矛盾が起きるほどの過去改変を起こしたら、時間修復力によりそのしわ寄せが襲い掛かってくるはずです」
たいむぱら……? よく分からなくなってきたが、要するにガルドルドを死なせずに鎮めなきゃならないんだな。ただ大人しくさせるよりも難易度が高そうだ……。
「さっきまではおれの時代じゃ親父は死んでないから、いくらぶっ飛ばしても無事だと思っていたけど、やっぱそう上手いこといかないか。……いや、好都合だゼ。おれの手で引導を渡すことができるんだからな!」
建物に身体を打ち付けるように暴れているガルドルドへ駆け出すアルドラル。俺は自滅の道へ行こうとする彼女に咄嗟に呼びかけた。
「時間を稼いでくれ! 何か……何か手を考える!」
「! ハッ、レクの兄貴を信じてっけど、待たねえからな!《ハイ・クイックアップ》!《ハイ・フライ》!」
アルドラルはスキルを発動させ、ガルドルドと戦い始めてしまった。彼女が自身の父親を殺す前に俺は……。
「ど、どうするのですか?」
「SSRフラルを引く」
「わ、私ですか⁉」
オオトカゲの洞窟でSSRフラルが見せた「因果解放【決意の時間遡行】」なら、ガルドルドを暴走する前に戻せる可能性がある。それに懸けるしかない。
「SSRフラル一点狙いだ! 出るまで回すぞ!」
ドゴンッ! と自身の真上、身を隠していた建物の一部が突然弾けた。
「アルドちゃん!」
それはガルドルドの攻撃によって吹き飛ばされ、建物に突っ込んだアルドラルだった。頭の片隅に入れておくべきだった。人形態の時でさえ互角だったというのに、暴走した今のガルドルドにアルドラルが手も足も出ない可能性を。
「フラル! アルドラルを救出するぞ!」
強烈な一撃により気を失っているのか、アルドラルは動く気配がない。だが彼女のHPはまだ0になっていなかった。彼女が倒れている上層階に行こうとするが、戦いの疲労により脚が動かない。
「レクさん⁉」
「俺はいい! 早くアルドラルの元へ……!」
黙って頷き、建物に入るフラルを見送る。くっ、せめて動けなければ俺が足を引っ張ってしまう。ガチャを回してオートヒールが来てくれることに願うが、来てほしい時に限って引けない。
「グルルルルルルルルルルルルゥ…………」
建物の隙間から巨大なドラゴンが俺を覗き込んでいた。くそっ、見つかった!
「グゥウゥゥォオオオオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ‼」
ガルドルドの咆哮が間近で轟く。咆哮の風圧で吹き飛ばされ、広い通りまで地面を転がった。
はあっ……はあっ……くそっ、何度俺は地面を転がるんだ……。
建物を壊しながらドラゴンが近づいてくる音が聞こえる。奴は俺に執着しているのか、明らかに俺を狙っている。
ガチャを回せ……SSRを……引く……ん…………だ……。
意識が遠のいていく。掠れた視界に映るのはガルドルドが接近して俺を踏み潰そうとしている光景だった。
目の前が黒に染まる。それは奴が振り上げた脚の影なのか、意識を失う直前の景色なのか判別できないまま、俺の意識は闇に堕ちていった。
「巻物『斬撃波』!」
……ん。今の魔術は……「斬撃波」?
……剣に乗せた魔力の塊を撃ち出す高等魔術。剣筋に沿った斬撃が飛ぶため、応用が利くだけでなく見栄えからも人気な魔術だ。剣術が優れている程纏まったな魔力が飛ぶため、魔術が使えた頃仲間内でどれだけ綺麗な斬撃波を繰り出せるか競ったものだ……。
……って、突然懐かしい魔術が込められた巻物が発動したから、目が覚めてしまったぞ!
「グォオォォォオオォオオオオオ!」
「斬撃波」が直撃したガルドルドは仰け反り、怯んでいた。紅蓮の竜鱗が発動中だったため、傷は付いていなさそうだが、それでも奴を押し出す程の威力があった。
「ちっ、この巻物高かったんだけどなぁ!」
地面に横たわる俺の前に、その巻物を発動させただろう剣士が現れた。そいつは俺を陥れ、殺そうとした男、アキレスだった。
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