29 本命は
「はあ……はあ……、くそっ落ち着け! 紅蓮の竜鱗に呑まれるなオレ……いや我よ! 落ち着いていればあんな奴など…………貴様ぁ! ふざけているのかぁあああ!」
平静を取り戻そうとしていたガルドルドが急激にぶちギレた。それもそうだろう。俺は今、アルドラルにおんぶされながら、フラルから受け取ったポーションを彼女の頭に振りかけている、という傍から見たら可笑しな姿となっていた。
「良かったのかごぼ、レクの兄げほっ。無事だったポーションをおれに使っげぼごぼぼ」
「ああ……俺に使っても焼け石に水だ。オートヒールさえ引ければ……いや、それよりも思いっきり……やってくれよな……」
「気が引けるけど、勝つためだもんな! よし、任せとけ!」
この作戦が成功するにはどれだけ全力を出せるかに懸かっている。俺はこの作戦の成功率を少しでも上げるために、遠くで激昂しているガルドルドに呼びかけた。
「ガルドルドぉ! 次で必ずお前は終わる! 覚悟しとけぇ!」
「なぁんだとォ! 貴様ごときがオレを倒せルとまだ思っているのカ!」
「ああ……だからここからの選択は重要だぞ。結果次第でお前の運命は決まる!」
「なにィ……貴様がオレの運命を語ろうなど甚だしいわァアアア! すおぉォオオ!」
鱗が輝き、息を深く吸い込む。ガルドルドは口から炎を吐き出す大技、「炎の息吹」を再び繰り出そうとしていた。
「アルドラル! 頼む!」
「おうよ! 死ぬんじゃねぇゼ!」
アルドラルは抱えている俺をぶん投げた。
「ハァ⁉」
俺の身体は放物線を描きながらガルドルドの真上を飛んで行く。俺は地上で口を開けて呆けている奴に向けてありったけのスキルを発動した。
「《アンスリープバブル》《スポーン・ザ・スモーク》《スポーン・ザ・スティンク》《アンポイズンバブル》《サウンドオン》《シャイニング》!」
「クァッ⁉ ゲフッ! ゲフンッ!」
煙やカラフルな泡を放出し、身体が発光しながら上空を通り過ぎる。発動したほとんどのスキルが意味はないし、只々変な音楽を垂れ流す珍妙な流れ星になっただけだっただろう。
だが白いドラゴンと同じように大きく息を吸い込んだガルドルドに、眠気覚ましの効果がある泡を放つスキル《アンスリープバブル》の清涼感と悪臭を放つ《スポーン・ザ・スティンク》で咽させることに成功した。
「Rスキル《フロート》!」
地面に落下する直前で空中に浮けるスキルを発動する。アルドラルのスキル《ハイ・フライ》のように自由に飛ぶことはできず、ただ浮き上がるだけだ。
スキルによって着陸はしないが、アルドラルに投げられた勢いのまま地面を滑るように水平移動する。俺は自身の身体を止めるためにもう一つキープしていたスキルを発動する。
「《スポーン・ザ・スローン》!」
地面から玉座が召喚され、俺は身を捩って玉座に飛び込むように座った。ちょうど頬杖をつき、片足がもう片足の膝に乗ったポーズとなった。
「ゴホッ、なっ、王にでもなったつもりか貴様ァアアアア!」
偶然のポーズがガルドルドを挑発してしまい、俺に向けて炎を吐こうとしている。まずい! 予定外だ! だが俺はこの場から動くことはできない。今まさにガルドルドの口から炎が噴出されようとし――――
パキンッ、とガルドルドの後方から何かが砕けた音がした。
「⁉」
不意の異音に振り返るガルドルド。それは作戦が始まる前にアルドラルに渡した魔繋石が砕けた音だった。
「因果解放」
魔繋石を一つ消費することでカムレードの本来の力を引き出す『因果解放』が発動し、MATKが0だったはずのアルドラルから膨大な魔力が溢れ出す。
「この気配……ドラゴンの魔力炉か⁉」
アルドラルはドラゴンを模した上着のフードを深く被ると、フードの底の穴から伸びる金の長髪があっという間に赤く染まった。ピンとそびえ立ったその赤髪はまるでドラゴンの尻尾を思い起こされ、フードはみるみるうちに本物のドラゴンと違わない姿に変化した。
彼女の上着は魔術剣と同じく、魔力を注入することで真価を発揮する「魔装具」だったのだ。
「オオォォォォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
頭部がドラゴンとなったアルドラルは四つん這いになり、顎を大きく開けた。口内に凄まじい魔力が集中していく。
「貴様は囮だったのカ! だが遅イわぁ! 『豪炎竜の息吹』!」
「!」
魔力を貯めきる前に、ガルドルドは先に攻撃を仕掛けた。吐き出された火炎は容赦なくアルドラルを呑み込んでいく。炎が通った後には先が一切見通せない程濃い黒煙が広がっていた。
「がははははハハハハァ! ドラゴンの血が入っている癖に弱い弱イヨワイ! オレが強い! オレが最強サイキョウ最強ナンダァアア! ウワッハッハッハッハッハァア!」
ガルドルドは鱗を輝かせながら勝利を確信して高笑いをしている。
その通りだ。お前は強い。そこは尊敬しているよ。ただ弱者を見くびる性分さえなかったらな。
風が吹き黒煙が晴れる。そこから現れたのは――――
「けふー、熱かったのです」
「ま た キ サ マ かぁぁああああ⁉」
アルドラルがいた場所にはスキルで炎を耐えたフラルが立っていた。作戦が始まった時から俺のローブの中で抱えていたフラルと、アルドラルの位置をスキル《ミドルアトラクト》によって入れ替えさせてもらった。
本命は俺であり、アルドラルだったのだ。俺の目の前にいるアルドラルはすでに攻撃の準備が整っている。フラルは避難し、ガルドルドは再び俺の方へと向き直すがもう遅い。さあ、最後の仕上げだ。
「お前が弱いと見下した強さを味わいやがれ」
「【魔装・豪炎竜の息吹】!」
アルドラルのドラゴンの顎からガルドルドのブレスと引けを取らないぐらい強大な業火が吐き出された。
「グォォォォオオオオォオオオォォォォォォオオオォオオォオオオオオオ‼」
灼熱の津波はガルドルドの身体を確実に呑み込んだ。
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