28 豪迅竜姫
ガルドルドが吐き出した炎に呑み込まれる直前に俺はガチャを引いた。すると気が付いた時にはフラルと共に家の屋上に移動していた。そしてガチャで引いた金の光球から出現したであろうカムレードが屋上の縁に足を掛けて立っていた。
「SR《豪迅竜姫 アルドラル・ウォーガイア》ここに顕現だゼ!」
・SR《豪迅竜姫 アルドラル・ウォーガイア》
〇HP 1223
〇ATK 1063
〇MATK 0
〇DEF 86
〇SPD 1130
その女性はすらっと細い褐色の身体を露出させ、足元に届くぐらい長い金髪をなびかせていた。見た目が十年以上成長しているが、紛れもなく先ほどまで召喚していたNランクのアルドラルだ。小さい時に着ていたフードと似たような上着を着ている。
「アルド、ラル……なの……か?」
「ようレクの兄貴! 元気……じゃねえよな」
「アルドちゃんなのです? お、おっきいのです!」
「お? フラルか? ははっ、お前は随分ちっちぇんじゃねぇの?」
「こ、これからおっきくなるのです!」
アルドラルは体格差のあるフラルを小突くように戯れた後、俺に真剣な眼差しを向けてきた。
「レクの兄貴……、あん時せっかく親父を超える機会をくれたというのに、期待に応えることができなかった。それどころかこんな傷を負わせてしまうなんて……不甲斐ないゼ」
彼女の視線の先にあるのは崩れかけた俺の右腕だった。これは俺の実力不足故の怪我だ。アルドラルが気に病むことはない。そう説明しようとしたが、すでに体力や精神力が尽きかけており、まともに口が回らない。
そんな状況の俺を察したのか、アルドラルは優しく微笑み、地上のガルドルドに向き直した。
「後はオレに任せてくれ。今度こそ親父を超えてみせる」
アルドラルは低く身を屈むと、静かにスキルを唱えた。
「いくゼ《ハイ・クイックアップ》」
「ぐぉおおッ⁉」
一瞬でアルドラルの姿が消えたかと思うと、ガルドルドが向かいの家の壁まで吹っ飛ばされていた。そしてガルドルドが元々いた場所に片足を高く上げたアルドラルが立っている。
状況から察するに、おそらく《クイックアップ》の上位互換であるスキル《ハイ・クイックアップ》で高速で移動し、飛び蹴りを食らわせたのだろうか。
「どうしたクソ親父。調子いいこと言ってた割にはその程度か?」
「く、クソッたれがぁあああ、がッ⁉」
家の瓦礫を乱暴にぶちまけて立ち上がるガルドルド。しかし、目にも止まらぬ速さで接近したアルドラルの蹴りが顔面に突き刺さる。
「まだまだいくゼぇええ!」
アルドラルは腕に仕込んだ鉄爪を展開させ、連続攻撃を仕掛ける。その鉄爪は主に攻撃に使用せず、速すぎる己のスピードを抑えたり、方向転換したりする際に地面や壁に突き刺していた。
「グッガァアアアアア!」
「おらぁああ!」
ガルドルドの反撃を地面に突き刺した鉄爪で身体を浮かし躱す。そしてその鉄爪を軸に半回転、再びガルドルドの顔面に鋭い蹴りを入れた。
「かはぁッ⁉」
「しゃあっ!」
ガルドルドはその身体を回転させながら、地面に倒れ込んだ。
「どうだ親父! おれ強くなっただろ!」
「……親父、親父と…………一体誰のことを言っている!」
ガルドルドは倒れたままアルドラルを睨みつける。奴の苛立ちが遠く離れた屋上にいる俺にまで伝わってくるようだった。
「貴様なんぞ…………知らぬわぁあ!」
ガルドルドの全身の鱗がさらに鮮やかに輝く。勢いよく立ち上がったガルドルドは手から火球を放った。不意打ちで放った攻撃をアルドラルは簡単に避けたが、その火球は彼らの戦いを傍観していた俺たちがいる家に着弾した。
「うぉおおああああああ⁉」
「ひゃわぁぁあああああ⁉」
俺とフラルは倒壊する家に巻き込まれ、そのまま地面へと落下する。
「レクの兄貴! フラル! 助けに……ぐがッ――――」
「ふんぬぅああああ!」
アルドラルが俺たちに気を取られた一瞬の隙を見逃さず、ガルドルドは彼女に渾身のタックルを食らわせた。
「ぐっ、げほっ、ごほっ……ふー、ふー……」
地面を何度も転がり、体勢を立て直すもアルドラルのダメージは甚大そうだった。
「う……、フラル……生きているか……?」
一方、俺は崩れた家屋からなんとか生還し、瓦礫の上で倒れていた。
「私はスキルで無事です! レクさんこそ大丈夫ですか⁉」
「ああ……すでに全身の感覚が、ほとんどないから、平気、だ……」
「全然大丈夫じゃなさそうですぅ⁉」
意識が朦朧とするが「しっかりしてくださぁい!」と俺の頬をぺちぺちと叩くフラルのお陰で何とか気を保つ。ボーっとしている場合ではない。アルドラルが来てくれたんだ。彼女のサポートをしないでどうする!
俺は霞が掛かった頭でガチャを回し、使えそうなスキルを確保していく。
「このォ!」
「ぐっ! ぬおぉお! がッ! どりゃああ!」
アルドラルは得意のスピードでガルドルドをかく乱しつつ、攻撃を加えていく。ガルドルドは攻撃をかわすことを諦め、一発を食らわせることに集中しているようだった。
現にアルドラルのHPはさっきのタックルやスキル《ハイ・クイックアップ》の自傷ダメージでかなり削れており、後一、二発で致命傷を負いかねない状況だった。
「はあ……はあ……貴様からも竜の血を感じる。あの時消えた小娘といい、何者だ?」
「ん? おれだゼ、アルドだゼ? さっきまでちっこいおれと戦ってたんだろ親父?」
「だ、だからオレに子などおらん! おらんおらんおらん! おらんったらおらぁあああん!」
「自分から訊いといてなんだおめぇ。へっ、別に認知して欲しいわけじゃねぇ。オレはただアンタを超えてぇだけだ……ゼぇ!」
「ごはぁッ!」
アルドラルは話の途中で急接近し、ガルドルドの腹に飛び蹴りを食らわせる。そして立て続けにバク宙をし、蹴りを奴の顎目掛けて放った。
「くぁあッ!」
ガルドルドはその蹴りを当たる寸前で背中の翼を広げ、上空へ飛び上がるように躱した。
まだあんな力を隠していたのか……。くそっ、アルドラルがかなりダメージを与えているはずなのに、一体いつ倒れるんだ……!
「逃がさねぇゼ! スキル2《ハイ・フライ》!」
空中のガルドルドを追い、アルドラルも宙へと舞い上がった。
「らぁあ!」
「ウオォオオオオオ!」
上空で二人の激しい応酬が繰り返されている。空中で待機していたガルドルドの手下であるワイバーンたちが彼らの戦いに巻き込まれまいと慌てて避難しているのが見える。
空中でもアルドラルの方が速く、徐々にガルドルドを押していく。
「ッ! ハァァアアアアア!」
ガルドルドの掲げた右手から炎が噴き出し、一点に集中していく。あの技は……!
「『豪炎極竜――――グワァアアア⁉」
しかし、炎が球になるどころか膨張し、ガルドルドの眼前で爆発した。
高出力の火炎を凝縮するあの技はかなりの魔力を使うはずだ。そうか、奴はすでに限界が近いのか!
「ハア……ハア……ハア……オレは、まだやれル……まダやレルんダァアアアアアアアアア!」
鱗をより輝かせたガルドルドは急加速し、アルドラルに突っ込む。紅蓮の竜鱗の副作用で知能が下がってしまっているのか、口調が片言になりかけていた。
「ガァアハァアアア!」
「ぐあぁっ⁉」
アルドラルは咄嗟に防御を固めるも、両腕を振り下ろした攻撃に耐え切れず真下へ一直線に吹き飛ばされた。
このままだと地面に落下してHPが0になってしまう。俺は感覚が鈍くなっている身体を起こし、アルドラルへと走った。
「レクさん! 無茶です!」
フラルの悲痛な叫びが聞こえる。この身体じゃ受け止めるなんて無理だと分かっている。そもそも落下に間に合わない。だけど俺の手には彼女を助ける可能性がある!
「《ミドルアトラクト》!」
「⁉」
地面に落下する直前のアルドラルをスキルで引き寄せる。落下方向が直角に折れ曲がり、地面と水平に飛ぶアルドラル。これで落下ダメージを負わずに済んだはずだ。
「えっ、ちょ! レクの兄貴どいてぇ!」
このままだと飛んでくるアルドラルに轢かれてしまうだろう。このスキルは引き寄せたモノが俺に接触しない限り止まらないからだ。でもこんな疲労困憊の俺より彼女が生き残る方がマシなんじゃないか?
「こん、のッ!」
アルドラルは地面に両足、そして両手の鉄爪を突き刺し、俺に接近するスピードを抑えようとしている。俺も受け身の体勢を取れたら良かったのだが、目がくらみ膝を付いてしまう。
「くぅううううぅぅううう、ひゃうっ⁉」
ん、一瞬何か柔らかいものが顔に触れたような……。
「れっ、レクの兄貴! だい、大丈夫か……?」
「ナイスクッションです! アルドちゃん!」
「ばっ⁉ フラルこらぁ!」
いまいち腑に落ちないが、アルドラルが止まれたなら何よりだ。顔を真っ赤にして尻を抑えているのが気になるが……。
「グゥウウルルルルルルァァアアア…………はあ……はあ……はあ、しぶとイなァアアア!」
ズンッ、と地面を揺らして着地するガルドルド。紅蓮の竜鱗という奥の手も使い、体力の残りももう少ないはずだ。あと一手、何か決定的な一撃を加えることができれば……あ、奥の手だったらこっちにもあるじゃないか!
「しぶといのはてめぇだゼくそ親父! いい加減ぶっ倒されろ!」
「アルドラル……こいつを渡しておく……」
「こいつぁ……へっ、いいゼ。少しだけ残念だが、今回もおれたちの力を合わせて親父を超えてやるか!」
「ああ……そのための作戦がある。二人とも、頼まれてくれるか……?」
この続きは明日の20時更新!




