22 豪炎竜ガルドルド
門兵に連れられ大広場に向かうと、そこにはある男を囲んでいる冒険者たちと、さらに周りを取り囲んでいる群衆が緊張した面持ちで彼らを見守っていた。中央で彼らの敵意を一身に受けているその男は全身を鎧で包んでおり、厳つい兜を被っていた。
「行くぞてめぇら! 気合い入れろぉおおお‼」
「「「おぉぉおおおおおお!」」」
スキンヘッドの冒険者、ゾンドの激励と共に男を囲んでいた冒険者が一斉に突撃した。男は武器を振りかぶってくる冒険者を素手で次々といなした。ある者は投げ飛ばされ、ある者は拳を食らい地面を転がることとなった。男に傷を付ける者は誰一人としていなかった。
「うおぉおおりゃぁああああ!」
ゾンドは吹き飛んでくる冒険者をジャンプで避け、自身の身長以上ある斧を男の兜に叩きつけた。金属と金属がぶつかり合い、凄まじい轟音が響き渡る。
「よっしゃぁあああ!」
「すげぇぜゾンドさん!」
「脳天かち割れただろ!」
冒険者や群衆から歓声が沸き上がる。あの一撃を真面に食らったら一溜まりもないだろう。だが俺には、あの男がわざとゾンドの攻撃を受けたように見えた。
「……その程度か」
「なっ……ごはぁッ⁉」
男はゾンドの攻撃を意に返さず、真後ろに身体を翻した。その瞬間、ゾンドは真横に吹っ飛ばされていった。男が手や足で攻撃した訳ではない、ゾンドを吹き飛ばしたのは男の腰から伸びる太い尻尾だった。
「ふんっ」
男はゾンドの斧によって軽く凹んだ兜を取り払った。現れたのは紅き鱗に覆われた、まさにドラゴンとしか言い表せない頭部だった。
奴こそが魔王軍四天王の一人、豪炎竜ガルドルドだった。
「まだ「レクディオ・ベル・ディルトゥーナ」は現れないのか! いい加減暇つぶしも飽きたぞ! 我との決闘がそんなにも怖いのか!」
ガルドルドが群衆に向けて吠えた。群衆から一気に緊張と恐怖の感情が広がっていくのが分かる。何故奴は俺を探しているんだ……? あっ!
思い当たるのはモニカが消える間際に言い残していた「クライアントに報告」という言葉。つまり奴は白いドラゴンの仇討ちにやってきたのか! 白いドラゴンを倒したのはSSRフラルな訳で、彼女がいない今、ガルドルドを倒せるほどの力があるはずがない……。
「もし隠し立てをするならば、我はこの街を焼き尽くす! そのことを忘れるな!」
しかも奴はラピスを人質に取っているらしい。俺を連れてきた門兵が視線で促してくる。「さっさと行って、この街のために死んでこい」と。嫌に決まってんだろ!
「案ずるな。この吾輩がいるのである」
俺を無理やりガルドルドの前に出そうとした門兵を制したのは、この街の冒険者ギルドのギルド長、ゼノギルだった。この街唯一の金ランク冒険者であるゼノギルの手には、今朝オリーボ鍛冶店に送られてきた魔術剣が握られていた。
「お、おめぇさん! 何でここにいやがんだ!」
ゼノギルと共にやって来たのはその魔術剣の製作に携わっているオリーボだった。彼は驚いた表情で俺を眺めた後、隣にいたルビアをキッと睨んだ。
「わっ、悪い父ちゃん! 見つかっちまった……」
ルビアは手を正面に合わせオリーボに頭を下げている。どうやらこの二人が画策して俺を逃がそうとしてくれていたらしい。門兵にバレてここまで連れて来られてしまった訳だが……。
「まあまあ、オリーボさん。何故奴がレクディオを所望しているか知らんが、関係ない。吾輩が奴を倒すのである」
ゼノギルはそう言っていきり立っているガルドルドの前へとゆっくり歩いていった。そして彼は魔術剣を掲げて名乗りを上げた。
「我が名はゼノギル! この街の冒険者ギルドのギルド長であり、金ランク冒険者である!」
「ほう、少しは骨がありそうな奴が出てきたな。我こそは魔王軍四天王の一人! 豪炎竜ガルドルド・ウォーガイアだ!」
ゼノギルに応えるようにガルドラドも高らかに名乗った。咆哮のような名乗りに空気がビリビリと振動しているのが分かる。群衆が怖気づく中、ゼノギルは身じろぎ一つ起こさなかった。
「……ガルドルド……ウォーガイア? レクお兄ちゃん、あの人って……?」
ぽつりと呟いたのはアルドラルだった。俺のローブにしがみ付いている彼女は顔を上げ、疑問を投げかけるかのように首を傾げている。
「聞きかじった程度しか知らないが、奴は若くして魔王軍の四天王入りを果たした実力者らしい。奴が四天王に就任してから竜族の魔物との諍いが過激化したんだ。いつかは軍を率いて人間との戦争に発展すると言われていたが、単騎で攻めてくるとは……」
白いドラゴンを倒した俺目的なのだろうけど、一触即発の事態に仕掛けてくるのはいつでも戦争をしてもいいということか? 俺が知っているガルドルドの知識をアルドラルに教えたが、彼女の疑問が解消されなかったのか未だに眉をひそめている。
「おい! 始まるぞ!」
オリーボの声で頭を上げると、ゼノギルは魔術剣を構え、今にもガルドルドとの戦いが始まろうとしていた。
「……貴様は武器を構えないのか?」
「くくっ、あいにく我が武装は修理に出していてな。だが我の身体に傷一つ付けられない人間なんぞ、この拳だけで十分だと思わないか?」
「舐めおって……後悔させてやるのである!」
ゼノギルは勢いよく飛び込み斬りかかった。だがガルドルドはその攻撃を容易く手甲で受け止めた。
「ふっ」
「なッ⁉」
ガルドルドは不敵に笑い、両の拳で殴りかかる。疾風の如く迫る拳の連打をゼノギルは紙一重で躱し、後ろに跳び下がった。両者の距離が開き、一瞬の静寂が訪れる。
「はあ……はあ……。一発でも食らえば吾輩も他の冒険者のように地に伏せていただろう。だが見切れぬ速度ではないのである!」
「…………」
ゼノギルはしたり顔で剣を構え直す。一方、ガルドルドは自身の攻撃を避けられたのがショックだったのか押し黙っていた。やがて竜は己の拳を眺めながら心底残念そうにため息を吐いた。
「……この程度か」
そうガルドラドが呟いた途端、ゼノギルは口から血を吐き出し、腹部を抑えながら片膝を付いた。
「ゲホッ! ゴホッ! な……なんだ……⁉」
「簡単なことだ。拳の速さを使い分けていただけだ。人間の目では我が武は捉えきれなかったようだな」
「そん……な……ゲホッ! バカな!」
「どうやら貴様も他の人間どものように地面を転がるのが望みなのだな。叶えてやる」
ガルドルドは片方の拳に力を込め、ゼノギルにゆっくりと近づいてくる。ゼノギルはその光景に怯み、後ずさっている。
「ゼノギル! 魔術剣を使え! 魔力を込めんかい!」
彼を鼓舞するようにオリーボが叫んだ。それに呼応し、ゼノギルは魔術剣を両手で握りしめる。すると剣の刀身がみるみる赤く染まっていった。魔術剣に刻まれた魔術が発動する。
「うおぉぉぉぉおおおおおおお‼」
「!」
ゼノギルは魔術剣から火の粉を散らしながらガルドルドに剣を振るう。ガルドルドは今までと同じように腕を振り上げ、手甲で攻撃を防いだ。しかし、魔術剣はその手甲の鋼をいとも簡単に切り裂いた。カラン、と手甲の一部が地面に転がり、ゼノギルの勝ち誇った高笑いが響いた。
「……ははっ! あははははは! どうだ! 吾輩の剣は! ただデカいだけのトカゲ風情が人間を舐めやがって! ドラゴンキラーのゼノギルが引導を渡してやるである!」
「…………面白い」
気温が上がった。ガルドルドの手のひらから己の顔が隠れるほど巨大かつ、温度差で周囲の景色が捻じ曲がるくらい激しい業火が噴き出していた。
「な……なな……⁉」
「素晴らしいな、その剣に刻まれた魔術は! 我が魔術と力比べといこうか! さあ構えろ! ゆくぞゆくぞゆくぞぉ!」
「ひっ……」
ガルドルドはまるで子供のように無邪気に笑い、炎が噴き出す手をゼノギルに向かって突き出した。
「『豪炎爆竜波』ぁああ‼」
ガルドルドの手のひらから人ひとりを丸ごと呑み込みそうなくらいの炎の束が放たれた。
「う、うわぁああああああ!」
ゼノギルはがむしゃらに魔術剣に力を込め、向かってくる火炎に刃を突き立てた。剣と炎は一瞬拮抗した後、ゼノギルを避けるように炎が二股に別れた。ガルドルドの手から炎の噴出が止み、炎が通った後には無傷のゼノギルが呆然と佇んでいた。
「……あの業火を斬った……儂の剣が……イヤッハァ!」
「すっげえ! やっぱ父ちゃんの剣は最高だ!」
オリーボたちの歓喜の声を皮切りに群衆からゼノギルを応援する声が上がる。
「やっちまえギルド長ー! 四天王なんかぶっ倒せぇええ!」
「お願いゼノギルさん! 私たちを……この街を守って!」
一抹の希望により歓喜の感情が群衆に広がっていく。
しかし、一番喜んでいたのはゼノギルに炎を放ったガルドルド本人だった。
「いいぞいいぞ! そう来なくてはなあ! まだまだ行くぞ! 次はこの技を受けてみるがいい!『豪炎極――――
ピシッ、と何かがひび割れる音が聞こえた。音の発生源はゼノギルが持っている魔術剣だった。瞬く間に剣全体にひびが入り、パキンッと刀身が砕けた。剣を製造者であるオリーボはその光景を目の当たりにし、頭を抱えて嘆いた。
「わ、儂の剣が⁉ う、嘘じゃあ! あの炎に耐えられなかったというのかぁ!」
「あ……ああ……うわぁあああああ! ひぃいぃいいいいいい‼」
ゼノギルは魔術剣だった物を投げ捨て、悲鳴を上げながらガルドルドに背を向けて走り出した。何度も転び、金ランクの象徴だった豪華な鎧を脱ぎ捨てながら逃げていく。
「お、おい! どこ行くつもりだゼノギル! ドラゴンキラーだったんじゃねえのかよ!」
「う、うるさい! あんなのオオトカゲと比べ物にならないのが見て分かるであろう! 敵うわけがない! てめぇらも頭があるなら逃げるんだよぉ! 生きたきゃ逃げろぉおお!」
ゼノギルは群衆の静止を振り切り、全力で逃走した。
「な、なんだよそりゃ……うっ」
群衆は鬼気迫る迫力のガルドルドに振り返ると、ゼノギルを追いかけるように我先と駆け出した。
「うわぁああああああ!」
「逃げろ! 逃げるんだ! ギルド長が敵わなかったんだ! この街はもうおしまいだ!」
「ひぃいいいい! 誰か助けてぇええええ!」
あっという間に彼らの戦いを見守っていた群衆は散り散りとなり、残ったのは未だに剣が粉々になったことにショックを受けているオリーボとルビア、そして俺とカムレードたちだけだった。ガルドルドに倒され地面に転がっていた冒険者たちもいつの間にかいなくなっていた。
「……はあ、つまらん。期待だけさせおって……あんなにも情けない奴だったとは……。残った者は弱そうな奴ばかり。「レクディオ・ベル・ディルトゥーナ」も現れなかったし……気晴らしだ。滅ぼすか、この街を」
「!」
すっかり萎えたガルドルドは気持ちを切り替え、ラピスを焼き尽くさんとする炎を手に集め始めた。俺が出なきゃ、この街が滅ぶ……だがまともに戦って勝てる相手じゃない!
「行っちゃダメ! いい? このまま全力で走って街を出るんだよ。分かった?」
ルビアが俺に小声で囁いた。街が滅ぼされるかもしれないのにそれでも彼女は俺を庇おうをしてくれている。
「レクさん! あんな奴、私たちの手で倒ぶふぅ⁉」
「ばかっ! 名前を呼ぶんじゃない! さっきみたいに見つかっちゃうだろ!」
「さっさと街を出な。おめぇさんにはやることがあるんだろ? ここは儂らの街だ。おめぇさんに背負わせるわけにゃあいかねぇよ」
慌ててフラルの口を塞いだルビアの言う通り、この街を出た方がいいかもしれない。俺はオリーボのようにこの街に思い入れがあるわけではない。たまたま冒険者業が盛んだったからこの街に来たに過ぎない。だけど……それでも……!
「何だ小僧。邪魔だ、失せろ」
俺に「おかえり」と迎い入れてくれた彼らの街を見捨てるわけにはいかない。
俺はガルドルドの正面に立ちはだかった。
「ばっ、何してるの!」
「ルビア。その袋に依頼の納品物が入っている。それ持って離れてくれないか?」
俺はルビアの傍に置いた沼野草が入っている袋を指して頼んだ。
「あんた、何を言って……!」
「……おめぇさん、死ぬ気なのか!」
死ぬつもりはない。俺にはガチャがある。高レアさえ引ければ俺にだって勝ち目が……。
「……貴様、名を名乗れ」
俺の覚悟を察したのか、ガルドルドが名を訊いてきた。答えれば戦いが始まる。だが戦いが始まれば、一瞬で殺されてしまうのでは……? 死の明確なイメージが頭を過る。
「何を黙っている! 早く名乗れ!」
ガルドルドが急かすように怒号を浴びせてくる。心が恐怖に支配されかける。言え――! 名前を言え――! 後に引けなくしろ! 俺はこの街を……。
脳内で恐怖と覚悟がせめぎ合っている時、目の前に人影が現れた。俺とガルドルドの間に入るように立っていたのは、アルドラルだった。
そして彼女はガルドルドを見上げて、こう呟いた。
「…………パパ?」
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