21 異変
結果から言うと、俺たちは沼野草を五十本集め切り、依頼達成の条件を満たした。沼野草を取り込んだスライムを俺たち三人で倒して回ったため、効率的に集めることができたのである。
だがその後、フラルとアルドラルのお子ちゃま二人が泥で遊び始めてしまったり、泥を落とすために近隣の民家で水浴びをさせてもらったりと、依頼以外で余計な時間を食ってしまい、すでに夕暮れになってしまっている。
城塞都市ラピスに到着する頃には日が沈んでしまいそうだった。早くこの風呂敷で抱えている沼野草を納品しないとな。
「んふふ~、らんらんらん~なのです~♪」
「随分ご機嫌だなフラル」
「だってだって! こんなにも冒険が楽しいとは思っていなかったのです! アルドちゃんもそう思いますよね!」
スキップしながらラピスに向けて先行するフラルが振り返り、俺の後ろに隠れているアルドラルにうきうきしながら話しかける。一方、アルドラルはおずおずとした面持ちで俺のローブを掴んで、目を潤ませながら俺に訴えてきた。
「れ、レクお兄ちゃん……助けて、なんだゼ……」
アルドラルは戦闘の時のハイテンションとは打って変わって、大人しくなってしまった。歳が近そうなフラルにはより遠慮がちに見える。まるで人見知りしているような……。
「んもぉ~アルドちゃん! いつもみたいに私のこと雑に扱っていいのですよー!」
「な、なあ……ずっと訊こうと思ってたけど……」
「うん?」
「……お前誰だゼ?」
「んなぁっ⁉」
あれ? てっきり二人は知り合いかと思っていたんだが、フラルが一方的にアルドラルを知っていただけだったのか? それにしては親しそうだったけど……。
「あ、あー……あれなのです。多分このアルドちゃんの時代では、まだ私は生まれていないのですね!」
「ん? どういうことだ?」
「カムレードは未来の色んな時代から召喚されることは知っていますよね?」
フラルの言う通り、彼女の成長した姿であるSSRフラルはNフラルよりも未来から来ているのだろう。まだ召喚例が少ないから判断し辛いが、他のカムレードも召喚される時代はバラバラなのか。
「アルドちゃんの時代ではまだ私は生まれていないので、知らなくて当然なのです!」
「つまり……ゼ?」
「つまり! 私、フラルはアルドちゃんの未来のお友だちなのです! 改めてよろしくなのですよー!」
フラルはアルドラルの手を取り、ブンブンと振っている。彼女の明るさに絆されて、戸惑っていたアルドラルが可愛らしい笑みを浮かべている。どうやら二人は打ち解けたようだ。
「あ、アルドラルだゼ! フラル! よろしくだゼ‼」
「わわわわわわわ!」
アルドラルが手を握り返すと、フラルは身体が浮くほど振り回されてしまうのだった。すごい力だな……。
「歳が近いように見えるけど、実は結構離れているのか?」
「そ、それは~あれですよ。アルドちゃんは半分ドラゴンの血が入っているから、歳の取り方がゆっくりなのです」
アルドラルから解放されふらふらになりながらフラルが教えてくれた。「竜の子」ってドラゴンと人間のハーフということか。
「で、でもおれはパパの血が薄かったら……パパはすごいドラゴンなのに……」
「そうなのです! アルドちゃんのパパさんはすごいドラゴンなのです! 確か、魔竜大帝……だっけ? そんなすごいパパさんを超えるのがアルドちゃんの夢なのですよね!」
「ゼ⁉ 未来のおれはそんなことも話してたのか? は、恥ずかしいゼ……」
「アルドちゃんならその夢、絶対叶うのです! 私は信じているのです!」
「フラル……うん、おれ、がんばるゼ!」
フラルは落ち込んでいたアルドラルを励まし、勇気付けていた。少女たちの友情に心がじーん、と打たれてしまうな。父を超えるか……俺も応援したくなるよ。
しかし「すごいドラゴン」とは……?「魔竜大帝」という言葉は聞いたことがない。俺が知っている「すごいドラゴン」と言えば、四天王の――――
考えながら歩を進めているとラピスの門が見えてきた。そして今までの思考が吹き飛んでしまうぐらいの異常事態が発生していることに気付かされた。大勢のラピスの住民たちが門の外で群がっていたのだ。離れている俺にさえ住民の困惑と恐怖の感情が伝わってくる。彼らの視線は時折、上に向けられた。
上空にはラピスの空を覆いつくすほどのワイバーンが飛んでいた。そのワイバーンの身体は紅く発光しており、ほとんど日が落ちているのにも関わらず、まだ眠るのには早いと言わんばかりにラピスを紅蓮に染めていた。
「なっ……なんなのです、これ……?」
「ゼ、ゼゼ……」
「……二人ともここで待っていろ。とにかく状況を把握してくる」
俺は戸惑っているフラルとアルドラルを置いて、ラピスに接近した。安全が確認できるまで彼女たちは呼ばないつもりだが、上空のワイバーンは不思議と人間を襲っている様子はなく、まるで統率の取れた軍隊のように規則的に旋回していた。門の前で不安そうな住民たちも、この異常事態にしては落ち着いていそうだった。
俺は門兵にでも状況を訊こうと近づくと、ルビアがキョロキョロを何かを探すかのように辺りを見回しているのが目に入った。普段の露出の激しい恰好ではなく、きちんと上着を着ているのが逆に違和感を抱いてしまう。そんな彼女を眺めていると、不意に目が合った。
「あ、ルビ――」
「レ……バカっ!」
「ぶへっ⁉」
呼びかけようとした途端、ルビアに頭を上から無理やり押し込まれる。視界が地面だけを映している態勢のまま、ルビアは俺の耳元で囁いた。
「頭を上げるんじゃないよ。このままできるだけラピスを離れるから、黙ってついて来な」
状況がまるで掴めていないが、今まで聞いたことがない彼女の真剣な口調に俺は黙って従うしかなかった。若干二名、黙るのも従うのもしない子がいた訳だが……。
「レクさぁあん! 置いてかないでくださぁああい!」
「レクお兄ちゃん! ワイバーンだゼ! 強そうなんだゼ! やばいゼー!」
待ってろって、言ったちゅーに。フラルとアルドラルは混乱しながら俺に突っ込んできた。腹部に衝撃が走り、思わず頭を上げてしまう。
「うぐぅ!」
「こ、こらフラル! あんた何して……なんかもう一人ちっこいのが増えてる⁉」
「レクさん! どうなってるんですか! どんな状況なんですかレクさぁあん!」
「レクお兄ちゃん! 侵攻なのか? 侵略なのか? どっちなんだゼレクお兄ちゃぁあん!」
「ええいうるさっ! あんたたち同時に喋んな! 頼むから静かに……!」
「レク? ……レクディオ・ベル・ディルトゥーナか?」
俺の名を呼んだのは、ラピスの門兵の一人だった。何事かと顔を向けると、周囲の住人全員が俺を見ていた。視界の端でルビアが自分の顔に手を当て、項垂れているのが見えた。ここでようやく、彼女が俺をこの場から逃がそうとしていたことに気付いた。だが、もう遅かった。
門兵が俺に近づき、どこかほっとした表情で告げた。
「魔王軍四天王の一人、豪炎竜ガルドルドがお前との決闘を望んでいる! 直ちに大広場に向かえ!」
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