20 ガチャを回せ!
「N《竜の子 アルドラル》ここに顕現なんだゼ! イヤッハァアー!」
「竜の子」……? 少女は高いテンションでアルドラルと名乗った。深々と被ったドラゴンを模したフードからはみ出る金髪、健康的な褐色の肌、それらを目立たなくする両手の凶悪な鉄爪が印象的だった。
「レク兄ィ! オレが来たからにゃー、もー安心なんだゼ! あのスライムたちをぶっ飛ばせばいいんだろ? さあ、ぶち駆けるゼ」
アルドラルは身を低くして、鉄爪を装備した両手を後方に下げた。
「スキル《クイックアップ》!」
スキルを唱えた瞬間、アルドラルは急加速してスライムに突っ込んでいった。スキル《クイックアップ》は俺のガチャからも排出されるスキルだ。一時的に脚力が強化され、スピードが上がるが、身体の耐久力自体はそのままのため、強化された脚についてこられず負傷しやすくなるという特徴がある。
「ヒャァアアアアーーーーーーーハァァアアアーーーーーーー‼」
俺はそのスキルを使いこなせなかったが、アルドラルはものすごいスピードで次々とスライムを切り裂いていく。しかし、スライムは斬られても傷がすぐにくっつくため、斬撃による効果は薄い。俺とフラルも戦いに参加しなければ……。あれ、そういえばフラルは……?
「ごぽ……ごぽ……ぐぽ……」
フラルは沼に沈みかけていた。水面からこぽこぽと泡が浮き出ては消えており、唯一見える片手が弱弱しい。
「ふ、はる……がちゃ……ひどう!」
フラルを助けたいが俺はスライムよる麻痺毒で痺れており、ポーチに入っている解毒薬にさえ手を伸ばすことができない。解毒するスキルが来ることを願って俺はガチャを起動した。しかし望んだスキルはやってこなかった。
――いや、このスキルならきっと……!
俺は完全に沈んでしまったフラルに向けてスキルを放った。
――Rスキル《スポーン・ザ・スローン》!
心の中でスキルを叫ぶ。沼から玉座がせり出し、フラルを掬い上げた。
「げぇほ、げほっ! ごほっ……な、何ですかこれぇ……」
このスキルは地面から玉座を出現させる。ただそれだけのスキルだ。その玉座に座ってもなにも起きず見た目が豪華なだけの椅子だが、こんな場面で役に立ってくれたのは驚きだ。
「ふら、ふ……だい、ほうふ……か……?」
「わぁああ⁉ レクさんこそ大丈夫ですか⁉」
フラルは玉座から飛び降りて、俺の元に駆け寄ってくれた。俺は痺れる身を無理やり捩り、腰のポーチをフラルに向ける。
「げ、どく、や、く……を……」
「買っていた解毒薬ですね! えっと確か青色の……えとえとっ」
フラルは慌てながら俺のポーチをまさぐる。なかなか見つからないのか、別の荷物を取り出したり、仕舞ったりしている。
「これじゃない、これでもない、えっとええっとあわわわわ!」
「おち、つ、け……」
「ああ、あったありました! これですよね! 今飲ませ、くっ……うわぁッ⁉」
「目がぁ⁉」
フラルはやっと見つけた解毒薬を開けようとして、勢い余り俺の顔面にぶちまけた。
「ひぇえええ! すみませんすみません!」
「い、や……助かっ、た。けほっ」
その解毒薬は即効性の高いものだ。まともに飲めていなくても、しばらくすれば回復するはず。すでに痺れは弱まり、手足が動くようになっていた。
「オラオラオラオォオリャァアア! はぁ、はぁ……、いい加減にこんにゃろぉおおお!」
「あっ、あれ! アルドちゃんがいるのです! レクさんが喚んだんですか!」
フラルはスライムと戦っているアルドラルを指を差してはしゃいでいる。二人は知り合いなのか? 俺はウィンドウを取り出し、アルドラルのステータスを確認してみた。
《N 竜の子アルドラル》
〇HP 54
〇ATK 36
〇MATK 0
〇DEF 2
〇SPD 88
魔力や防御がかなり低いという極端な性能をしているのが気になるが、ほとんどの数値が一桁だったNランクのフラルと比べたら、なかなかの高ステータスをしている。最も高いスピードをスキルでさらに増加しているため、動きが鈍いスライムを圧倒している。圧倒しているが……、
〇HP 9/54
なぜこんなにもHPが減っている⁉ アルドラルはスライムの攻撃を貰っている様子はない。
もしや毒を食らっているのか? いやあのスライムは麻痺毒を分泌する。彼女の動きが遅くなっている訳ではなさそうだが……。
「あぁあもぉおおう! しぶといなぁあ! 今度こそ決めてやるゼ! 《クイックアップ》!」
〇HP 8/54
アルドラルがスキルを再発動するとHPが減った。肉体に負担がかかるスキル「クイックアップ」が徐々にアルドラルのHPを削っていたのか! 斬撃に強く数が多いスライムをこのまま相手し続けるのはじり貧だぞ!
「フラル、「虚空砲」を、撃てる、か?」
「は、はい! 充填開始します!」
まだ少し痺れる舌でフラルに指示を出す。リザードマンさえ吸い込んだ「虚空砲」ならスライムを倒せるはずだ。その前にアルドラルが自傷ダメージでHPがゼロになるのだけは避けなくてはならない。俺は彼女のサポートをするためにガチャを引いた。
「Rスキル《サウンドオン》? 初め、て、取得したスキル、だが、名前からしてこれは……」
いや、なりふり構っていられない。効果は発動しなきゃ分からないが、有効じゃなかったらまたガチャを引けばいい。俺はスライムに手をかざし、スキルを唱えた。
「スキル発動! 《サウンドオン》!」
スキルの発動と共に今の状況に似つかわしくない陽気な音楽が鳴り始めた。
「わわわっ! レクさんから変な曲が流れてるのです!」
「くっ……しかも止まらねぇ!」
流れる音楽には何も効果がなく、このスキルはただ音楽を自身の身体から鳴り響かせるだけのようだ。しかも時間が経つにつれ、音楽は激しさを増し、音量が上がっていく。いつ止むんだこれ!
「あれ……? レクさん! スライムたちがおかしいです!」
アルドラルと戦っていたスライムが少しずつ彼女から離れて行っていた。いや、俺の方に向かって来ている! 聞いたことがあるぞ。目を持たないスライムは音を察知して襲い掛かってくる、と。この俺から鳴る音楽に引き寄せられたってことか!
役に立たないスキルかと思いきや、アルドラルからスライムを引き離すことができたのは運が良かった。しかし、役に立ちすぎた。沼地に生息する全てのスライムが集合する勢いで俺に近づいてくる!
「フラル! 俺から離れて、充填が溜まり次第、スライムに「虚空砲」を撃て!」
「りょ、了解なのです!」
フラルが駆け出した方向とは逆に移動し、スライムを引き付ける。俺が時間を稼げば、俺たちの勝ちだ! だがスライムは待ってくれない。スライムの触手が再び俺を捉えようと伸びてくる。
「せめて武器があれば……! はっ、このスキルは!」
スライムから逃げながらガチャを何度か引くと、使えそうなスキルが手に入る。俺はある場所に向かって手を伸ばした。そこには落とした短剣が沈んでいる!
「Rスキル《ミドルアトラクト》!」
スキルを唱えると、沼の底に沈んでいたはずの短剣が飛び出してきた。短剣は俺の目の前にそびえるスライムを貫きながら俺に飛来した。
このスキル《ミドルアトラクト》は少し離れた地点の自分の所有物を引き寄せる効果がある。その場を動かず必要な物を取りたい時や、一人キャッチボールをするぐらいしか使い道がないと思っていたが、結構便利なスキルだと考えを改めよう。
だが、飛んでくるスピードまでは調整できないというデメリットもあるのを忘れていた。スライムを貫いた短剣の勢いは衰えず、俺さえも突き刺す速さで飛んでくる。
「あっぶねぇえ⁉」
咄嗟に左腕の盾で短剣を弾き飛ばすことに成功した。ミドルアトラクトによって引き寄せた物体は、一度俺に接触すると効果を失う。弾いた短剣は近くの木に深々と突き刺さり、動かなくなった。
ほっとしたのも束の間、別のスライムの触手が何本も俺に向かって伸びていた。刺さった短剣を木から抜いている時間はない。だが俺にはこの状況を打開するスキルをもう一つキープしている! 俺は右手を左腕の盾に添えた。
「Rスキル《ショートスワップ》!」
スキルを発動した瞬間、盾が消え、短剣が現れた。俺は右手で短剣を掴み、今にも俺に捉えようとしていたスライムの触手を斬り落とす。続けてスライムの本体にも短剣で斬りつける。スライムは斬られてもすぐに回復してしまうが、回復している間は近づいて来られないはずだ。
俺は伸びてくる触手に気を付けながら、スライムに攻撃を加えていく。ちらりと視界に入ったのは、先ほどまで短剣が刺さっていた木。今その木には俺の盾がめり込んでいた。
このスキル《ショートスワップ》は近い距離の自分の所有物を瞬間的に入れ替えることができる。離れた道具を取る《ミドルアトラクト》と使い道は似ているが、物体を瞬間移動できるため使い勝手がいい。自身の道具と交換しなきゃいけないのがネックだが。
短剣でスライムをけん制し続けるのも限界がある。だがこの戦いはすぐに終わる。俺から離れた場所で、次元銃を構えているフラルに呼びかけた。今まさにスライムたちに終止符が打たれる!
「フラル!「虚空砲」は⁉」
「はい! 今充填しています!」
「…………」
「…………」
「えっ? まだなのか⁉」
「へ? は、はい! もう少しかかります!」
戦いを終わらせる鍵となるフラルの「虚空砲」はまだ充填中だった。俺が次元銃に魔力を注いだ時はすぐに充填できたのだが……今からでも俺が充填しに行くか? いや、身体から音楽がまだ鳴っている状態で、フラルの元に行ったら共倒れになってしまう可能性がある。だがこのまま耐え切るってのも……。
フラルを待つかイチかバチか俺に次元銃を渡してもらうか迷っている隙を突かれ、何本ものスライムたちの触手が今まさに俺を絡めとろうとしていた。
「しまっ……!」
「イィィィィィィーーーーーーニャッッッハァァァアアアーーーーーーーー!」
スライムに勢いよく突っ込み風穴を開けるアルドラル。その勢いのまま俺に伸びる触手を次々と切り落としていった。
「レク兄ィ! ぜぇ、ぜぇ……無事か! ぜぇ……コヒュー……」
〇HP 1/54
息も絶え絶えすぎる! ずっと自傷ダメージを負いながら戦っていたアルドラルはすでに限界だった。あと一度クイックアップを使えば、すぐに死んでしまう。俺は彼女を回復させるためにポーションを取り出そうとしたが、そんな悠長な隙をスライムは見逃さず、さらに触手を伸ばしてきた。
俺がキープしているスキルはあと一つ。来るタイミングが遅く、もう一度触手に掴まれた時にでも使おうと残していたが、スライムに有効だと願うしかない。俺は腕を横に払いながら、スキルを発動した。
「Rスキル《アンポイズンバブル》!」
俺の手の先から青色の泡がいくつも放たれた。解毒作用がある泡がスライムの目の前に弾けていく。ダメージはなさそうだが、身体に毒性を帯びているスライムは怯んでいる!
「す、スライムの動きが鈍った! やっぱレク兄ぃのスキル使いは一流だゼ!」
アルドラルが興奮しつつ褒めてくれるが、たまたま運良くスライムに有効なスキルが引けただけで、次もこう上手くいくとは思えない。……そう、次だ。この戦いはもう終わりにしよう。
フラルが光り輝く次元銃を構え、叫んだ。
「お待たせしました! 充填完了なのです! いつでもいけまぁああーす!」
「アルドラル! 全力で退避だ!」
「イェッッッサァアーーーーー!」
俺とアルドラルはスライムの群れを走り抜ける。それと同時にフラルの次元銃が一層輝いた。
「あっ、ちょ出ちゃ……出ちゃいますー!」
「えぇ⁉ まっ、いや行け! やっちまえぇえ‼」
「『次元銃・虚空砲』発射ぁあああああ‼」
次元銃から巨大な紫色の光球が発射された。その光球はまるで栓を抜いた風呂のように周囲を吸い込み始めた。そして踏ん張ることのできないスライムたちはいとも簡単にその光球に呑み込まれていった。
虚空砲の光球はやがて徐々に小さくなり消えていった。スキル《サウンドオン》により俺の身体から鳴っていた音楽もいつの間にか止み、戦いが終わったことを暗に示している気がした。
「ふぅ、一網打尽なのです! えっへん!」
フラルは次元銃を不器用に回しながらドヤ顔をしていた。思ったより充填が遅く焦ったが、無事スライムを倒せて良かった。だが、今回最も頑張った功労者は……、
「アルドラル。助かった。お前がスライムたちと戦ってくれたお陰で掴めた勝利だ」
「レ……レクお兄ちゃぁあああああん!」
アルドラルが顔を赤らめながら、俺に駆け寄ってきた。なんかこの状況どこかで……そうだあの時はフラルのHPが残り1で……。
「わぁあああああ、うえぇっ⁉」
「どりゃあああ‼」
案の定、アルドラルは地面のぬかるみに足を滑らせ、体勢を崩した。予想ができていた俺はすかさず彼女が地面に身体を打ち付ける前に、ポーションを浴びせることに成功した。
「ぶべっ! ……ありぃ?」
ぶちまけたポーションがアルドラルを回復させ、なんとかHPが0になることを防げた。良かった……これで目の前でまた、ぼしゅっと消える様を見る羽目にならなくて。
ところでこの戦いで何回ガチャを引いたんだ……? 確か六回……現金換算すると……いや、計算しなくても大赤字だ! 依頼の報酬を魔繋石に変換しない方が良さそうだな……。魔繋石の補充は魔物の遺体を「売却」して稼ぐとしよう。
しかし、誰の犠牲も出さずに窮地を脱することができたことは本当に良かった。冷静になって頭に浮かんできた、沼野草が「虚空砲」によってスライムや沼地ごと吸われていったという事実から目を逸らしつつ、ガチャを使いこなして戦い抜いたことに誇りを抱くのだった。
「あっ、そういえばレクさんは沼野草をどのくらい見つけましたか? 恥ずかしながら私は一本も見つけられなかったのです……てへっ」
依頼達成できるかなぁ……。
この続きは明日の20時更新!




