18 魔術剣
「まいどありぃ! またのご利用をお待ちしておりまーす!」
俺は短剣を今まで使っていた盾と銀貨十五枚で購入した。金と盾以外の大切な何かを失った気がする。そんな俺と対極のうきうきなルビアから短剣を受け取り、鞘から抜いて掲げてみた。
「わぁぁああ~! レクさんかっこいいですぅー! もっと決め顔してくださいー!」
傍らにいたフラルが目を輝かせながら褒めてきた。無性に恥ずかしくなりすぐに鞘に納めると、フラルは唇を尖らせ、不満そうにぶーぶー言っていた。無視だ無視。
剣の他にポーション類も買っておかないと。沼地に向かうんだし、解毒系も必要だな。この後、別の店で買う備品を考えていると、大きな梱包された箱を持った宅配人が店に入ってきた。
「ちわーっす。お届け物どぇーす。オリーボさんがいらっしゃいましたら認証おなしゃーす」
「ホホォーイ! 待ってたぜぃ! ご苦労さん!」
宅配人の声を聞いたオリーボは似合わないスキップをしながら店の奥から跳び出して、荷物を受け取った。仕事を終えた宅配人を見送り、オリーボは荷物に貼ってあって紙に触れるとあっという間に梱包が解かれた。中には高級そうな箱が入っていた。
「ほぅ、無駄に凝りおって。だが気持ちは分かるぜぃ」
「父ちゃん……まさかこれは!」
「そのまさかだぜ! 見やがれ、これが俺の芸術品「魔術剣」だ!」
魔術剣……だと⁉ オリーボが開けた箱に入っていたのは、柄に赤色に輝く魔石が填められていた長剣だった。まさかそんな魔術剣という珍しい魔装具が見られるとは……!
「レクさん、「魔術剣」って何ですか?」
興奮気味の俺たちに置いていかれている様子のフラルは疑問を投げかけてきた。いいだろう、教えてしんぜよう。
「まず「魔装具」は知っているか? ……そうか、せっかくだし「魔術品」から説明してやろう。魔術品は魔術が込められた品物の総称だ。主に「巻物」「魔道具」「魔装具」に分けられる」
フラルは興味津々に俺の説明を聞いている。柄じゃないが教師になった気分になってきた。
「「巻物」は魔術と魔力が込められた封書で、解くと魔力が無くても一度だけ魔術が発動する。「魔道具」も原理は同じだ。ただ生活で使用することを想定しているため、込められた魔力が切れるまで繰り返し使える。その分、出力は抑えられているけどな」
魔道具の具体例として魔着火器を挙げた。野営で火を起こす時にあると便利なのである。魔鏡伝も魔道具の一種だ。
「そして「魔装具」は主に武器や防具といった装備品に魔術を付与した魔術品だ。魔力は込められていないため、自前の魔力が必要だが半永久的に使える。そして使用者の魔力量で発動する魔術の出力が変化するというのが特徴だ」
視界の端に届いた剣を鞘から抜き、うっとり眺めるオリーボとルビアが見える。俺もその剣を見たいが、まずフラルへの説明を終わらせなければ。
「その魔装具の中で剣を素材にした物が「魔術剣」という訳だ。てか、お前の「次元銃」も魔装具なんじゃねえの? 俺には使えなかったが……」
「……はっ⁉ そう、だったのかもしれません……!」
フラルは腰から次元銃を取り出し、まじまじと見つめている。もしもそれが魔装具なら、俺にも使えたはずだが、オオトカゲの洞窟の時に次元銃を使っても何も発射されなかった。
「これ、私しか使えないみたいです。本人認証がどーのこーのって」
ぐっ……上手い話はなかったか。宅配物のように本人にしか起動できない魔術が組み込まれているのか? だが、魔術剣なら……。俺は魔術剣を未だに眺めているオリーボに話しかけた。
「あの……その魔術剣は注文したんですか?」
「あぁん? おめぇも興味あるんか? 注文ちゃあ注文だが、ちっとばかし事情が違う」
「と、言いますと?」
「この剣自体は儂が打ったんだ。それを知り合いに送って、魔術を刻んでもらったんだ。儂ぁ魔術は嫌いだが、魔術剣は悪かねぇな。よし、ルビア! 試しに振ってみろ!」
「あ、あたしが⁉」
オリーボは魔術剣をルビアに手渡した。それで工房にある鉄の板を斬ってみろ、と彼女に促した。ルビアは戸惑いつつも、剣に魔力を込め始めた。
「ふぎぎぎぎぎ……」
「おぉら! どうした! もっと気合い入れんかい!」
「あたしだって魔術は苦手なんだよ……! えぇい!」
ルビアが一際魔術剣に魔力を込めると、柄に填められた宝石が輝き、刀身に熱が帯びた。そして真下の鉄の板に振り下ろすと、一切の抵抗なく真っ二つに割れた。
「ホホォオオ! ルビアの魔力にしてはいい~じゃないか!」
「うっせぇな。人にやらせといて」
「見せてみぃ? 流石儂が打った剣! 刃こぼれ一つないわい!」
「ぱっと見ですけど、火属性の魔術や斬れ味増加の魔術が付与されてそうですね。もしかしたら自動修復の魔術も付与されているかもしれませんが」
思わず考察が口から漏れてしまった。途端にオリーボが訝しげな表情になる。
「……そういやおめぇさん、ディルトゥーナの一族だったな。こんな魔術剣もそっちでは当たり前なのかぁ?」
「い、いえ魔術剣はディルトゥーナでもほとんど見ませんでした! 実物を見るのは初めてです。てか俺も試させてくれません? ハァ、ハァ、俺にも魔術を調べさせてください!」
「急に気味悪くなるな! なんだおめぇ!」
しまった……! つい未知の魔術に興奮が抑えきれない……! さ、触りてぇ~!
「す、すみません目の前の芸術品に思わず……!」
「芸術品……? はっ! 見る目あるじゃねえか! ちぃっとだけだぞ!」
「ありがとうございますッ!」
俺はオリーボから魔術剣を受け取り、まだ少し熱を帯びている刀身を眺めた。刀身には魔術を発動するための呪文が細かく刻まれている。俺が考察した魔術以外にも隠し魔術が込めらていそうでわくわくするぞ。
「おいっ、どこに行くんだ?」
「一応、外でやります。火事になってほしくないので」
腑に落ちてなさそうなオリーボを尻目に俺は店先に出た。剣を両手に持ち、掲げる。ああ、久々の固有魔術以外の魔術だ。一先ず軽く魔力を込めてみっか!
魔術剣に込められた宝石は強烈に輝き、刀身から放たれた炎は店の屋根を超す勢いで伸びていった。火柱は渦を巻き、熱が一気に広がった。
「な、ななな……」
「わぁあああ! すごいのです!」
「ハァァァアアアア⁉」
「す、すごい……。熱いは熱いけど、持ち主には耐えきれる温度に調整する魔術も込められているのか! この魔術を付与した人はなんて優しいんだ……!」
オリーボたちもこの魔術剣の素晴らしさに感動しているようで、口をぽかんと開けて驚いている。もっとこの魔術剣を調べたい。もう少し魔力を込めてみるか……。
「ちょ、ちょっと! あんた前にもう魔術は使えないって言ってなかった⁉」
「ん? 確かに固有魔術を授かってからは魔術が使えなくなったが、魔力は無くなったわけじゃないぞ。消費する術を失っただけで」
正確にはガチャを起動する時に少し魔力を消費しているが、何度起動しても俺の魔力の総量を超えることはない。その前に回復してしまうからだ。だから久々に発散できる機会ができて気持ちがいい……。さて、この魔術剣にもっと魔力を込めたらどんな輝きを見せてくれるんだ?
「すごい、すごいのです! さすがレク、さんな、の、でぇぇあ~づぅいぃい~……」
「あ、あぶねぇ⁉」
フラルが突然近寄ってきてため、魔術剣の熱にやられかけた。咄嗟に魔術剣に送っていた魔力を止め、刀身に宿っていた炎を消した。仲間がいる時にこの剣を使うと大惨事になりかねないな……。
「フラル大丈夫か?」
「へ、平気なのです。HPもまだまだ残っているはずですよ~」
HP……。フラルのHPを見ようと意識すると、その情報が頭に入ってきた。
〇フラル HP 3/21
結構ギリギリじゃねえか! ……ん? 前に召喚した時よりも最大HPが増えているような……?
「フラル。しばらく休んどきな。後でポーション買ってくるから」
「すみません……回復に励むのです」
カムレードも普通の人のように休めばHPを回復できるらしいが、いざ戦闘の時はそんな悠長なことはしていられないため、ポーションは必需品だろう。
「……ディルトゥーナってのはここまで魔術に長けていたんだな」
なにやらオリーボが俺を見て呆けている。すごいのは俺じゃなくて、この剣に刻まれた魔術だろうに。そう、この剣は素晴らしい。使えば冒険がどれだけ楽になることやら……だから、
「オリーボさん! 俺にこの魔術剣を売ってください!」
「はあ? おめぇさんにそんな金ねぇだろ!」
「……ツケで」
「ふざけんじゃねぇ!」
ダメかぁ……。依頼をこなしていけばいつかは払えるようになるだろうし、この魔術剣を使えればすぐに稼げそうなものだが……。
「そもそも、それは先約がいんだよ」
「だ、誰ですか?」
「ここのギルド長のゼノギルだよ」
あいつか……。そう言えば「力が何倍にもなる武器が届く」とか言っていたけど、この魔術剣のことだったのか。金ランクの冒険者ともなるとこういうことにも融通が利くのか……。
「……では、注文するというのは?」
「望みは薄いぞ? その魔術剣に填め込まれている宝石……魔石が貴重なんだ。魔石は魔力増強器として必要なんだが、いつ市場に出回るか分からん」
それでも欲しい……! この剣さえあれば本当にドラゴンを相手にするのも可能なのでは?俺は名残惜しさを感じながら、魔術剣をオリーボに返した。
「そんなに欲しぃなら、今後また魔術剣を作る機会があったら、置いといてやるよ。それまでにおめぇさんがその分の金を稼いでいたらの話だがな」
「オリーボさぁん……」
オリーボの心遣いに俄然モチベーションが湧いてきた。依頼をじゃんじゃんこなし、金を稼ぐぞぉ!
「おぉー! がんばるのですー!」
「うおっ⁉ フラル、もう大丈夫なのか?」
「はいっ! ルビアさんからポーションを貰いました!」
はっ、とフラルの後ろにいるルビアを見ると、いたずらっぽい笑顔でウィンクしてきた。お茶目な顔とは裏腹のあいつの思惑が伝わってきた。
――宿泊代に上乗せしとくから。
魔術剣が買えるだけの金を貯められるのは、まだまだ先になりそうだ……。
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