17 オリーボ鍛冶店
カーン、カーン、と気持ちのいい鉄の叩く音が聞こえてくる。俺はギルドで依頼を受注した後、一度オリーボ鍛冶店に戻ってきた。店先でフラルとルビアが鍛冶店の商品を使って楽しそうに遊んでいた。
「あっ! レクさん見てください! フルアーマーフラルなのです!」
フラルは大の大人が身に着けるような大きなヘルムと上半身の鎧で、身体全体がすっぽりと覆われていた。ガシャガシャとうるさい鉄の塊の後ろで、ルビアが必死に笑いを堪えている。
「これで心配な防御面をカバーできるのです!」
「……どうやって動くつもりだ?」
「………………はっ⁉」
「ぶはっ!」
ようやく鎧の欠点に気付いたフラルのリアクションに、遂に堪え切れず噴き出すルビア。フラルはそんなルビアに頬を膨らませて、ぷんすかと怒っている。
「る、ルビアさん! からかっていたのですねー! むきゃー!」
「ごめんごめん、あはは、がちゃがちゃうるさっ。んで、鎧の値段だけど……」
「買う訳ないだろっ!」
ルビアは流れで俺に鎧を買わせようとしやがった。そんな高い物を買う余裕なんてない。もっと実用的な装備を整えなきゃならないのだから。
「それよりも剣を買わせてくれ。なるべく丈夫なのがいい」
「お金あんの?」
「昨日の依頼の報酬を受け取ってきた。それにさっき別の依頼も受けてきた。低ランクの依頼にしては報酬が弾んでいるし、なんと前金も貰ったんだ」
俺は今しがた受けてきた依頼受注書をルビアに見せた。適当に選んだ依頼がこんな好条件だとは運がいい。これで前の依頼で失った装備を揃えられる。
「ふーん、沼地で薬草集めね。ここから結構近いけど……あー、なるほどそーいう依頼か」
ルビアはどこか納得した様子で依頼受注書を眺めている。何か引っかかることがあるのか?
「じゃあ、しっかり準備しないとね。予算はどのくらい出せんの?」
予算か……。剣以外の冒険道具も買い揃えなきゃいけないし、今後の生活費も顧みると……、
「銀貨二十……いや十五でどうか!」
俺は手を合わせてルビアに懇願した。するとルビアは朗らかな笑みのまま、店の中に向かって呼びかけた。
「……父ちゃーん!」
「おうルビア。ちゃ~んと聞こえていたぜぃ!」
いつの間にか鉄を叩く音が止んでいた。店から出てきたのは老人のドワーフだった。このオリーボ鍛冶店の店主、オリーボである。ルビアとは血が繋がっていないらしいが、親子としてこの鍛冶店で共に働いている。小柄ながら全身を覆う白い髭と筋骨隆々の四肢による威圧感がひしひしと伝わってきて、途端に身体が緊張する。
「安く見られたもんだなぁ? おめぇさんよぉ……職人舐めちょるんか! えぇ?」
「や、やっぱり安すぎましたか……?」
「おめぇみてぇなひよっこはこれで十分だ!」
オリーボが押し付けるように渡してきたのは、短剣だった。鞘から抜くと、鏡かと思うくらい綺麗に磨かれており、自分の姿が刀身に反射して映った。前まで使っていた剣よりも短く軽いが、使い勝手は良さそうだった。
「良いんですか! こんな上物を銀貨十五枚で……」
「五十」
「……え?」
「銀貨五十枚だ」
完全に予算オーバーなんですが⁉ 予算内の商品を持ってきてくれたんじゃないの⁉
「だがおめぇには何度かここで働いてもらったからな。まけてやるよ」
さっすが大将! 太っ腹!
「四十九だ」
おちょくってんの?
「がっはっはっは! 冗談だ! おめぇさん顔に出やすくてからかいがいがあるねぇ!」
爆笑しているオリーボに豪快に背中を叩かれ、膝を付きそうになる。本当に冗談なんだろうな? 銀貨十五枚で売ってくれるんだよな!
「だがうちにゃこれより安い剣はねぇんだ。だからおめぇさんの盾を下取りさせてくれるっちゅーなら、銀貨十五枚でいい」
「い、いやこれが無くなったら……」
流石に盾を売ったら冒険に支障をきたす。剣のために手放すのは惜しい。断ろうと言い淀んでいると、ルビアが店から商品の盾を持ってきた。
「これとかいいじゃん?」
「え?」
「代わりに儂が打った盾をやる。多少武骨だが、今のより軽くて丈夫だ。そもそもおめぇさんの盾は観賞用だろ? 冒険者なら実用に合った良い装備を身に着けてくれ」
なんだかんだオリーボは俺を心配してくれていたのか? 確かに俺の盾は元々家に飾られていた物だ。盾全体に凝った装飾が施されていて、実際に使うことを想定していなさそうだった。
差し出されたオリーボ製の盾を左腕に装着すると、不思議と安心感が湧き出てきた。元の盾と見た目はまるで違うが、機能としてはこちらの方が申し分ない。だったらこの条件に乗るのが得策なのだろう。
「……分かりました。銀貨十五枚と俺の盾で、その剣を買わせてください」
「ヒャッハァ! 取引成立だ!」
「⁉」
「父ちゃん、この盾どーするよ? とりあえず融かして素材にすっか?」
「ばぁかもんが! まず装飾を全部剥がせ! バラしてもいい金になる!」
「はいよぉ!」
……どうやら上手く乗せられてしまったようだ。
しゅ……守銭奴どもがぁ!
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