14 女神の言葉
「N《時の旅人 フラル》再び顕現なのです!」
Nランクのフラルは一度引いているため、思わず落胆してしまう。そんな俺の心情にフラルは気付かず、無邪気に喜んでいた。
「ふわぁあ~い! また喚んで頂きありがとうなのです! こんなに喚んでくれるなんて……フラル、レクさんの想いに応えるのです!」
『喚んでない喚んでない。貴方から勝手に来たんでしょうが』
はしゃぐフラルを嗜めるリンカ。当人に彼女の声が届かないため、効果はないのだが。
既出のカムレードだとしてもフラルはリザードマンに対抗できる力を持っている。今後の依頼の助けになるのは確かだ。悲観するようなことでもないはずだ。
「……そういえばNランクの制限時間はどのくらいなんだ?」
俺はふと疑問に思い、ちらりとリンカに視線を送る。カムレードが顕現できる時間とスキルのキープ時間は各ランクで同じだと前置きされ、
『SSRは三分、SRは三十分、Rは十二時間。そして……』
リンカの声が聞こえていないはずだが、フラルがバトンを受け取るように続きを答えた。
「Nは三ヶ月なのです」
……無駄に長いな。いや、極端な差に驚いてしまったが、これはかなりの利点なのでは? 死なせない限り、ずっと依頼を手伝ってくれるのだから。
きゅぅぅるるぅうくるるぅう~……。
唐突に甲高い音が部屋に響き渡った。発生源はフラルの腹だった。
「……食べるか?」
「いいのですか⁉ わぁーい! いただきますなのです! はふはふっむしゃむしゃ! はぅわああ! 美味しいのです! これまで碌に食べていなかったので余計にほぐほぐばぐばぐ」
居たたまれなくなり差し出した料理をフラルは一心不乱に食べだした。凄まじい食べっぷりで、それなりの量があった料理をあっという間に平らげそうだった。もしかして三ヶ月間こいつの生活費も稼がなければならないのか?
『少しは遠慮しなさいよ……因みにカムレードは強制的に帰還させることもできます。やっちまいますか?』
「……いや、少し揺れ動いたがしばらくは様子を見よう」
リンカの提案に乗りそうになったが、フラルの生活費含めて一緒に稼げばいい。くっ……出費が痛い。装備も買い直さなきゃいけないというのに……。
「ふもっ、んふ、ふごっんぐ、もごもご」
『あー、あー。汚いですね。落ち着いて食べなさいよ』
「食べ物を口に含んだまま喋ろうとするんじゃない。しっかり噛んで飲み込んだ後にしろ」
リスのように頬を膨らませたフラルに水を差しだす。両手でコップを抱え、飲む姿を見守ると、きょとんとした表情でフラルは質問をしてきた。
「ぷはっ、あ、あのっレクさん。誰と話しているんですか?」
「ん? ああ、ガチャのサポートをしてくれる女神さんだよ。俺以外に干渉できないらしい」
「へぇ~、そんな神様もいるんですね。もぐもぐ」
納得した様子のフラルは再び料理を食べ始めた。ガチャから召喚されるのにリンカのことを知らないのか。どこか違和感を抱き、リンカの方を見ると、半透明だった彼女の姿がさらに透けていた。
「⁉」
『レクさん心配しないでください。チュートリアルも終わりましたし、私が全部教えていたら貴方の成長に繋がらないと思うんです。……だから、私は消えます』
「そ、そうなのか……」
リンカはどこか遠い目をしながらフラルの後ろに回って、彼女の肩に手を添えた。
『フラルをよろしくお願いします。……この子は空回りすることが良くありますが、貴方を心から尊敬していますので、貴方の言うことならちゃんと聞くと思います』
「……わかった。俺に任せてくれ」
リンカメリアは優しく微笑むと輪郭がぼやけ、空間に溶けていった。
託された気がした。理由は分からないが、彼女はフラルを気に掛けているようだった。だったら彼女の想いに応えなければならないだろう。俺の固有魔術を、ガチャを教えてくれた女神に。短いが強烈な女神との思い出に馳せていると、無意識に言葉が口から紡がれた。
「……寂しくなるな」
『そ、そんな顔をしないでください!』
「うおっ⁉ まだいたのか!」
完全に姿が見えなくなったかと思いきや、またはっきりと半透明の姿でリンカが現れた。
『き、気が向いたらまた出てきますので! あ、あのこれから色々大変なことが起こるでしょうけど、貴方の力を……貴方のガチャを信じてください』
そう言い残し、女神リンカメリアはまるで最初からいなかったかのように消えてしまった。最後……なんだか泣いていたような……。
それにしても「大変なこと」って何だ? 不穏なことを言うんじゃないっての。だが、彼女の言う通り俺はガチャを信じることはできるだろうか。未だにこれが何なのかよく分かっていないのに。
「もぐもぐ……ぅん?」
ソースで汚れたフラルの口を拭ってやると、満天の笑顔を向けてきた。こっちまで頬が緩んでしまう。こんな小さな子が未来で仲間になるなんて考えらえないが、案外悪くないかもな。
「おぉ~いレクー! さっきから明らかにお前以外の声が聞こえるんだけど、誰かいるの……」
扉を乱暴に開けて部屋に入ってきたのはルビアだった。一瞬、全ての音が消え、空気が凍り付いた気がした。数秒後、ルビアは俺を冷めた目で見つめながら呟いた。
「誘拐……?」
「だっ⁉ 違う‼」
ルビアから「とりあえず一発殴ってからにしよう」という雰囲気を感じ、必死に防御の態勢を取る。殴られるのは覚悟し、ダメージはできるだけ少なくしようとした結果だ。だが、そんな情けない覚悟の前にフラルが立ちはだかった。
「この料理、貴方が作ったんですよね! とってもおいしいのです! ありがとうなのです!」
フラルの天真爛漫な笑顔に当てられたルビアは矛を収め、フラルと目の高さを合わせるためにすっと屈んだ。
「ありがと。そう言ってくれて嬉しいよ。あたしはルビア。で、お嬢ちゃんはどこの子だい? この兄ちゃんに無理やり連れてこられたのかい?」
俺が誘拐したってまだ疑っているのか。フラルが弁明してくれることを願っていると、彼女は何故かもじもじしながら照れている様子だった。
「えっ、えっと……ルビア……さんっ、えへへ。わっ私はフラルなのです。レクさんのガチャから召喚されたカムレードなのです!」
「ガチャ? カムレード? 何のことか分からないけど、レクが関わっているんだね」
ルビアが訝しげな視線を飛ばしてくる。そうだよ。俺が関わりまくってるよ。説明して誤解を解きたいが、明日は朝一でギルドにいってこれまでの経緯を報告しなければならない。今すぐにでも休みたい。そんな俺の想いを察したのか、フラルは俺にウィンクで合図を送ってきた。
「レクさん! 私に任せてください! ルビアさんに全部説明し「くぅうるるるきゅきゅぅ~」わわわぁ! お腹がまた鳴っちゃったのですっ!」
フラルは恥ずかしそうに自分の腹を抑えている。どうやらあれだけ食べても足りなかったらしい。ルビアはそんな彼女を見て、豪快に笑い始めた
。
「あーはっはっはっは! 腹ぁ減ってんのか! いいよ、作ってやる! 勿論、後でレクに請求しとくけど」
ルビアはぼそっと最後だけ俺に聞こえるように囁いた。もうそれでいいから勘弁してくれ。
「わぁああー! いいんですか! 嬉しいのです! たくさん食べたいのです!」
「はっはぁ! いいねぇ作り甲斐があるってもんよ! ついて来な! 調理しながらあんたの話を聞かせてくれ!」
「はいなのですぅ!」
ルビアはフラルを連れて部屋を出て行った。さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静まり返った。俺は力が抜けたようにベットに寝転がると、一瞬で意識が遠退いていった。
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