11 不穏な足音
「はぁ~~~~、これでよかったのかなあ…………」
アキレスたちが去り、誰もいなくなった広場で俺はへなへなと地面にへたり込んだ。奴らを許さなかったことで逆にまた襲われたら元も子もなかったが、この判断に後悔はない。許したら俺の魂が奴らに屈してしまうような気がしたからだ。
それにしても、運が良くないとSSRというドラゴンをも倒す強者を召喚できない、というガチャの仕組みがバレなくて良かった。
『レクさんは優しすぎます! 本当だったらあんな奴らに慈悲なんて必要ないですよ!』
あ、リンカがいたか。女神の癖に割と人に厳しいんだな。
『それじゃ、早くこの洞窟を脱出して、冒険者ギルドに今回のことを報告しましょうよ。彼らにはしっかり罰を受けてもらわなきゃ!』
「俺はあいつらとの約束を破るつもりはないよ」
『ええ⁉ それでよく虫の居所が収まりますね……』
いや今でも仲間という甘い餌で俺を釣り、裏切った奴らに対して怒っている。しかし……ふと思い浮かぶのは彼らがドラゴンに蹂躙され殺される光景だった。一度死んでいるし、その惨劇をパロマは間近で見たんだ。罰は十分受けただろう。
この後、口封じとして奴らから闇討ちを食らう可能性がないとは言い切れないが……それはアキレスと同じように信じるしかないか。
「そんなことよりも、金がないことが問題だ……」
この戦いで剣は消滅し、ポーションを始めとした冒険者にとって必要な物資も崖から落ちた時にほとんど損壊してしまった。オオトカゲの討伐で追加報酬があるとはいえ、この依頼の報酬だけだと完全に赤字だ。せめて、リザードマンの遺体が残っていたら、さらに報酬が見込めたんだが……。
「いや待てよ……このドラゴンの遺体を持ち帰えれば……!」
ドラゴンの討伐でかなりの報酬が貰えるのでは? いや、それだけじゃない。ドラゴンの爪や牙は武器の素材として買い取ってもらえると聞いたことがある。最後の爆発でバラバラになり、原形を留めていない部位もあるが、今後の資金としては十分なのでは?
「だが、全部を持ってこの洞窟を脱出するのは難しいか。せめてできるだけ高そうな素材だけでも……」
『でしたらガチャの「売却」を使ってみたらどうですか?』
リンカは半透明の板を持って見せてきた。そこにはローブや盾、ポーチといった俺の所持品が表示されていた。その一番下には「ドラゴン」と書かれている。
『レクさんの所有物や倒した魔物、獲得した素材はそのリストに表示されます。例えばその「ドラゴン」を選択して「売却」を実行してみてください。慣れれば脳内だけでこの操作ができるので覚えておいてくださいね』
俺は言われるがままに板を押していく。思い返せば、ドラゴンとの戦闘中にリンカもこの操作をして「売却」をやっていたのか。……ん? その結果、俺の剣はどうなったっけ?
ドラゴンの遺体はきらきらと虹色の粒子になって消滅した。
「え……? もしかして……いやまさか……」
『レクさん、魔繋石の数を見てください! すごい数になっていますよ!』
脳がある事実に到達するのを必死に抑え、手元の板に目を向ける。そこには「魔繋石:380 魔繋粒:120」と書かれていた。
『つまりえっと……、七十四回はガチャを引けますよ!』
「……いや、あのさ……」
『もっとドラゴンが完全な状態だったら、より沢山貰えたでしょうけど、それでも充分な数ですよね? ガチャ引けまくれますよ!』
「な、なあ!」
『はい?』
リンカはきょとんとした様子で俺を覗き込んでくる。聞きたくないが、訊かなければならない。今後の資金繰りのために!
「こ、この魔繋石を現金に変換することは……」
『できませんよ?』
リンカはまるで当たり前のことを言うようにあっさり答えた。あれだけ必死に戦ったドラゴンが一瞬でガチャ以外では使えない石に変わってしまった。ドラゴンの素材で一攫千金を望めたのに、結局資金難に陥ってしまうのだった。
やっぱりクソガチャじゃねぇぇええええかぁああああ!
ドラゴンを売却したことで得た大量の魔繋石。これは俺の手元から離れて、しばらくすると消えてしまう性質があるため、質に出すことはできない。そもそもこの石にどれ程の価値があるのか分からないが。
『ま、まあこれで沢山ガチャを引けるので、依頼をびしばしこなしてお金を稼ぎましょう!』
がっくしと膝を付いて落胆している俺を励まそうとしているリンカ。一度掴みかけた希望がごっそりと奪われたんだ。少し落ち込ませてくれ。
「あぁ~りゃりゃぁ~。まさか勝っちゃうなんてぇ思わなんしぃ」
突然、背後から甘ったるい声が聞こえた。この広場の入り口はひとつ、かつ隠れる場所なんてなかったはずなのに、まるで最初からそこにいたかのように見知らぬ女性が立っていた。
「こんにゃんぴ~♪ ずっと見てたよぉ、あんたの戦い。危なっかしくてウケんね」
その女性は身体のラインが出る奇妙な服を着ており、長い白髪の所々を様々な色で染めているという奇妙な恰好をしていた。雰囲気からして冒険者ではなさそうだが、魔物でもない? しかし、一瞬でも目を離してはいけないと直感が囁いていた。
『レクさん……あの人……』
リンカは彼女に対して訝しげな様子だった。何か気付いたのだろうか。今は少しでも情報が欲しい所だが……、
『なんだかとってもムカつくような気がします!』
期待していた答えではなかった。そんな自分の感情を伝えられても……。
「ねぇ~、さっきから独りで喋ってたり、何もない所を気にしてるっけどぉ、見えないお友だちでもいりゅん?」
耳元で囁かれた。目を離してはいなかったはずなのに、目の前から消え、いつの間にか後ろから抱きかかえられていた。
「うぉわっ!」
「わぁ~お。ウブちゃんかしらん? かわゆ」
『ひぃやぁ⁉ 私のこと見えてるんですか? 聞こえてますかー!』
驚いて飛び上がり、振り払うように距離を取る。リンカは彼女の目の前で手を振ったり、大声を出しているがやはり届いていないようだった。
「……お前は何者だ! どうしてこんな所にいる!」
「そだねぇ~。あのギランドくんを倒した報酬代わりに教えてあげてもいっかな」
ギランド? 倒した報酬? ……あのドラゴンのこと言っているのか? だとしたら、こいつはまさか魔王軍の……!
「うちは魔王軍戦略コンサルタントのモニカ。モニるんって呼んでね♪ 魔王の部下たちの戦力拡大を手伝うのがうちのお・し・ご・と」
モニ……なんだって? 戦略コンサルタント……? 魔王軍の四天王とかではないのか? いやどっちにしろ……、
「魔王軍の一員ってことか……!」
「違うがうがう。うちは外部の人間。魔王からの依頼でお仕事してるんの。一緒にしちゃ嫌」
が、外部……? 人間が魔王に協力している? 益々訳が分からなくなってきた……。
「今日はここにギランドくんと視察に来たんだけど、まさか死んじゃうなんてぇ~、うぅ~しくしく。ちっ、面倒ごと増やしやがって。これで納得してくれっかな」
モニカと名乗った女性は、不機嫌そうにぶつぶつ呟きながら、足元から何かを拾い上げた。それは白いドラゴンが身に纏っていた鎧の欠片だった。
「ん~じゃ、うちは帰るんよ。今回のことはクライアントに報告させてもらうからよろ~」
「はっ⁉ どういうことだ!」
「ぷっぷっぷぅ~♪ さぁ~どぉなるかなぁん? お楽しみにぃ~、ね❤」
モニカは手を広げ、背面に跳ぶと何もない空間に吸い込まれるように消えていった。
「ばいばいぃ~ん♪ レクディオくんっ」
名乗ったはずのない俺の名前だけがただ洞窟に反響していた。
これで一先ず一区切りです。
今日は続けて幕間を更新します。




