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10 やっぱりクソみたいな俺のガチャ

「『治癒(ヒール)』! 『治癒(ヒール)』! 『治癒(ヒール)』ぅ!」


 ドラゴンを倒し、爆風による土煙が晴れた頃、魔術師のパロマは仲間の亡骸に回復魔術をかけていた。当然、すでに死亡した者に魔術を掛けても意味が無い。それでもパロマは目元を赤く腫らしながら何かに縋るように回復魔術を唱え続けていた。


『痛々しくて見ていられないですね。ま、レクさんを殺そうとした奴らですから、同情はしませんが』


 女神リンカメリアはパロマを気にしつつも冷然な態度だった。俺も彼女に同感だ。ドラゴンが現れなかったら、俺は彼らに殺されていたかもしれないからだ。

 だが……。


「レクさん、魔繋石をひとつ頂けませんか?」


 フラルは唐突に俺に頼んできた。俺は無意識に握っていた拳を広げ、魔繋石を思い浮かべると手のひらに一つ魔繋石が出現した。


「これでいいか?」


「はい、ありがとうございます」


 虹色に煌く魔繋石を手渡すと、フラルはそれを自身の胸に叩きつけた。


「えぇ⁉」


 すると粉々に砕けた魔繋石の欠片はフラルへの身体に吸い込まれ、彼女を縁取るようにぼんやりと虹色に光り始めた。


「な、何が起こって……」


 貴重な魔繋石を壊されたことと、フラルの異変により戸惑っていると、リンカが真剣な面持ちで語り始めた。


『カムレードは召喚される際、基本的に力を制限されます。ですが魔繋石を一つ消費することで、一時的に全力のスキルを発動できるのです。それが――』



因果解放(ドゥーム・ブレイク)決意の時間遡行(タイム・リベリオン)】」



 フラルの次元銃から虹色の光球が二発、アキレスとバルトロの遺体にそれぞれ発射された。光球が着弾したとたん、遺体は光に包まれ、みるみるうちに損傷が治っていった。だがそれは回復系の魔術とは似ても似つかない現象に思えた。例えるなら、まるで時間が巻き戻っているようだった。


「う……く……あれ……? 俺は一体……?」


「……はっ! ドラゴンは⁉ ドラゴンはどうなった!」


「ふっ……二人とも、生き返ったぁあ⁉ う、うわぁあああん!」


 目が覚めたアキレスとバルトロをむせび泣きながら抱き寄せるパロマ。こいつらはこいつらで割と仲間意識が高かったんだな。


「レクさん、これで良かったんですよね」


 フラルは俺の内情を察しての行動だったのだろうが、正直微妙だ。俺はこいつらに殺されかけたし、生き返らせたらまた襲ってくるんじゃないだろうか。

 だが、そんな心配はないだろう。なんたってドラゴンをいとも容易く屠り、しかも死んでも完全回復させる技を持っている仲間を俺は召喚したのだから。フラルがいる限り、俺は無敵だ。


「では、そろそろ時間なので私は帰還します」


「…………は?」


『Rスキルが十二時間で自動的に消えるのと同じように、カムレードにもこの時代に留まり続けるのには限界があります。ランクによって制限時間は異なりますが』


 待て待て待て! 必死の思いで召喚したというのに、勝手に消えてしまうのか⁉ ランクによって異なるって……じゃあSSRはどのくらい残ってくれるんだ? ……という俺の困惑に気付いたのか、リンカが申し訳なさそうに指を立てて答えた。



『SSRは約三分です』



 み……短すぎんだろぉおおお! たとえどれだけ強かったとしても、それだけの時間しか喚び出せないんじゃ、できることなんて限られてるじゃないか! もしかして、またSSRフラルの力が必要になった時はその都度……、


「では、レクさん。ご用の時はまたガチャで私を引いてくださいね。待っているのです!」


 やっぱ、クソじゃねえか俺の固有魔術(ガチャ)はぁあああああああああ‼


 落胆し膝を付くと同時にフラルは光の粒子に包まれて消えた。元の時代に帰ったのだろうが、残された俺はどうなる。この場にいるのは、助言はしてくれるが俺以外に干渉できない女神、俺を殺そうとしてきた元仲間三人、そして武器も何もかも失った俺。この状況どうすればいいんだよ!



「レクディオ……パロマから話を聞かせてもらった。お前が召喚した使い魔がドラゴンを倒し、俺たちを生き返らせたんだってな……」


 アキレスがパロマに抱えられながら話しかけてきた。カムレードは使い魔っぽくないが、召喚し使役するという点を見れば、そう定義してもおかしくはないか。


「キミは命の恩人だ! 感謝してもし切れないよ! オレは何か勘違いをしていたようだ……今までのことは謝る! だからオレたちを許してくれないか?」


 こいつは何を言っているんだ? 何が勘違いだ。お前たちが俺を裏切ったことには変わりないだろう! それをなかったことにしようとしているのか?


『なんですかこいつは! 今更虫が良すぎますよ! レクさん! こいつなんか許さなくていいですよ!』


 リンカが俺の代わりに怒ってくれている。アキレスに彼女の声は届いてはいないが、リンカの怒りは尤もだし、俺もアキレスたちを許したくない。しかし、俺は奴らを許さざるをえないのだ。

 なぜならこいつらが俺に許しを請いているのは、ドラゴンを倒した俺の強さを恐れているからだ。その力を自分たちに向けられているのを恐れているだけなのだ。

 

 だから、もし俺がSSRフラルをいつでも召喚できる訳ではないことを彼らが知ったら、また手の平を返すのだろう。俺を生かしていたら、冒険者ギルドに己の所業を報告され、最悪牢屋にぶち込まれるかもしれない。それを危惧しているならば、俺を生かす理由はないはずだ。

 一番穏便に済ませるとしたら、俺は力を誇示しつつ、こいつらを許す。そして、この洞窟での出来事はなかったことにするべきだ。そう結論付けて、俺が出した答えは――


「許す訳がないだろう」


 空気がひりついた。後方で待機しているバルトロから殺気を感じる。パロマは状況が掴めずあたふたと戸惑っている。アキレスはまだ顔面に薄っぺらな笑顔を張り付けたままだ。


「……どうしてだい? オレは本当にキミに恩義を感じているんだよ。ここで和解するのが最も丸く収まるんじゃないか?」


 アキレスの言い分は頭では分かっているが、心が納得しなかった。


「お前たちは俺を裏切ったんだ。何をしたとしても俺が許すはずがない」


「……じゃあ……お前がこの後どうなるか……理解してるんだろうな」


「バルトロ!」


 バルトロが懐に手を入れようとしていた所をアキレスが怒鳴って制した。アキレスはすぐに穏やかな表情に戻り、俺を真っすぐ見つめ直した。


「キミはもう少し賢い人間だと思ったが……残念だよ。ここから生きて帰れるのは、どちらか一方だけってことでいいんだよな」


「俺はお前たちを許す気はない。だが……このことをギルドに報告する気もない」


 俺は彼らに俺の真意を伝えることにした。アキレスは心の底から驚いたような顔をしている。構わず俺は話を続けた。


「今回のことはなかったことにしていい。ただし、お前たちは二度と俺に関わらないでくれ」


「取引……ってことか」


 アキレスは顎に手を置き、少し考え込むとあっさり答えを出した。


「よし、その話に乗ろう! じゃあ、オレたちは先に撤収しようじゃないか!」


「……はあ? おいアキレス。何こいつのことを信じているんだ。ここを無事に帰ったら、ギルドに報告するに決まっている!」


「止めなさいバルトロ! あんた達はあいつの使い魔の強さを知らないから強気でいられるのよ! 争わなくて済むならそれでいいじゃない!」


「まあまあ、細かいすり合わせは街に帰ってからでいいだろう?」


 バルトロとパロマの言い争いを諫めるアキレス。奴の口ぶりからして、彼らの中でこの問題を一先ず保留にするから街に戻るまでは俺の安全は約束する、と解釈していいのか……?


「だが……奴が今後ギルドに漏らさないという保障はない……」


「それは彼を信じるしかない。なあ、レクディオ。一ついいかい?」


「……何だ?」


「もし、キミに許してもらおうとするなら、オレは何をすればいい?」


 こいつは未だに俺に許してもらえると思っているのか? 厚かましい奴だな……。


「言っただろう。俺がお前たちを許すことはない」


「それでも許して欲しかったら……?」


 食い下がるなよ。何が目的なんだ……?


「勝手に懺悔でもしてろ。俺が許さなくても、許してもらおうと行動し続けろ。ただし、俺に関与せずな」


「…………」


「そんな無茶な……」


 パロマが引いている声が聞こえる。俺は何も間違っていないはずだ。そもそも変なことを言い出すアキレスがおかしいだろ。


「うん、分かった! そうしてみるさ!」


 アキレスはようやく納得したようだ。彼は未だに不平不満がある仲間を無理やり連れ出して、この広場から去っていった。最後のアキレスの雰囲気から、最初に会った彼の爽やかをまた感じた気がした。


この続きは明日の20時更新!

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