9 SSR
「SSR《時空裁定者 フラル》 ただ今、顕現しました」
「SSR」それは俺のガチャで来てくれるカムレードの最高ランクだ。そして「フラル」はNランクの子と同名だが……?
『彼女はNフラルが成長した姿です。様々な時空を旅して、あらゆる能力が向上しています』
リンカは召喚された彼女をあのNフラルと同一の存在だと言う。SSRフラルのクールな雰囲気と、スタイルの良さを際立たせる高い背丈があの小さいフラルと重ならない。
確かに腰まで伸びているが髪がNフラルと同じクリーム色をしていて、よく見ると顔つきがどこかあの子の面影がある。しかし、いくら成長したとはいえ、あんなに弱いステータスだった子がドラゴンに敵うとは思えなかった。
『……という顔をしているので、こちらをご覧ください。SSRフラルのステータスです』
リンカは俺の不安を察したのか、持っていた半透明の板を投げて寄こした。そこには「SSR 次元裁定者 フラル」のステータスが記載されていた。
・SSR《時空裁定者 フラル》
〇HP 924
〇ATK 367
〇MATK 1689
〇DEF 816
〇SPD 463
「なっ……⁉」
Nフラルのステータスと比べて百倍以上、常人の基準値である一〇〇を遥かに超えていた。ドラゴンのステータスがどれ程かは分からない。だが、この危機的状況にて希望を見出すには充分すぎる情報だった。
ドラゴンは突然現れたフラルを一瞥し、炎の息吹を吐き出した。くらえば一瞬で身体が炭になる火炎を前に、フラルは冷静に腰から大きな筒を取り出した。それはNフラルの次元銃と似ていたが、サイズが大きくなっており、派手さが増していた。
そしてフラルは迫りくる炎に次元銃を向け、唱えた
。
「スキル2《次元銃・覚醒》」
次元銃の先の何もない空間に穴が開き、そこからドラゴンに向かって紫色の極太光線が放たれた。光線はドラゴンの炎を簡単にかき消し、その勢いのままドラゴンを反対の壁まで吹き飛ばした。
これがSSRの実力……俺の固有魔術の真の力か!
身に纏っていた鎧を散りばめながら吹き飛んだドラゴンは蹲って動かない。ガチャは俺たちが手も足も出なかった魔物を一撃で倒す力を秘めている!
フラルは手に持った次元銃をくるくると回しながら腰に納め、凛々しい顔つきでこちらを見つめてきた。改めて見てもあのちんちくりんな子がこんな美人な大人になるとは思えなかった。
「レクさん! お久しぶりなのです! お喚び頂きありがとうなのですー! とってもピンチな瞬間に貴方を助けることができて光栄なのですよぉー!」
「うぷぅ⁉」
フラルは今までのクールな雰囲気から一変して、天真爛漫な笑顔で早口で捲し立てながら俺を抱き寄せた。顔面に大きくて柔らかい乳房を押し付けられ、恥ずかしいというより窒息しかけたため、すぐ彼女から離れた。
「ううぇ? せっかくの再会なのにぃ! もっと喜びを分かち合いましょうよー!」
……中身はNフラルから大して成長していなさそうだ。
『こらぁ! 強くなったからって弁えなさいよ! 見てるこっちが恥ずかしいです!』
リンカがフラルの頭をぽかぽかと殴っているが、ただただ身体をすり抜けるだけだった。彼女の存在を認知できないフラルは当然、一切気に留めていない。
「現在は……初めてNランクの私を召喚してすぐの時間なのですよね? 懐かしいのですー! 今後はちっちゃい私をよろしくなのですよー!」
フラルは俺の手を握ってぶんぶんと上下に振るう。正直言ってNランクよりも今の君に来て欲しいのだが……。満面の笑みで楽しそうにしていたフラルが不意に真剣な表情に変化した。彼女の視線の先には白いドラゴンが倒れている。いやすでにドラゴンは白い鱗で覆われていなかった。
そのドラゴンは紅く発光していた。
「グォォォオオオオオオオォオオオォォォォオオオオオオ‼」
赤く変色したドラゴンの咆哮は今までと比にならないくらいの凶暴さを感じさせた。今までは本気ではなかったんだ、と思わせるほどに。
「く……紅蓮の竜鱗だわっ!」
言葉を発したのはこれまでの展開について来られず呆けていたパロマだった。
「竜種の怒りが頂点に達した時、全身が紅く染まる……。魔力で覆われたその鱗にはいかなる攻撃も通さなくなるって……!」
それは高位の竜種の特殊な生態の一つだった。確か、体内の魔力炉を意図的に暴走させ、身体中に魔力を巡らせることで、身体能力を爆発的に上昇させる。特に防御力は尋常じゃなく、火山の噴火でさえ耐えられるという。だが、知能が著しく低下するというデメリットがあると聞いたことがあった。
所謂、頭に血が上った状態だ。フラルの一撃が奴を激昂させてしまったのだろう。
「次元銃・連射モード」
フラルはドラゴンに銃撃を行うが、全て弾かれてしまっている。SSRのフラルでもあの鱗を突破することはできないのか。
「フラル! ここは退くぞ! 俺のガチャで何とか奴の気を引けるか試して――」
だが、フラルは俺の提案を無視して、ドラゴンへと歩き始めた。
「ブルルゥウウウウオオオオオォオオオォォォォォォオオオオオ‼」
ドラゴンは鼻息を噴き出しながらフラル目掛けて駆け出した。立っていられなくなるほどの地響きがその一歩一歩から伝わってくる。
「フラル!」
フラルは眼前に迫るドラゴンを冷静に見据え、次元銃を真っすぐに変形させた。その次元銃の先から紫色の光の棒が伸びた。それはまるで剣のようだった。
「スキル3《次元剣・究極》」
フラルが光の剣を下から上に振り上げると、剣から光の斬撃が飛び出した。その斬撃はドラゴンの身体を素通りし、洞窟の壁にぶつかって消えた。
「効かないのか……⁉」
フラルのスキルが不発で終わったと思った時、フラルはドラゴンを指差しながら唱えた。
「『改変』」
「⁉」
その瞬間、ドラゴンは真っ二つに割れた。ただそれだけでなく、奥の洞窟の壁……いや洞窟を形成する山ごと引き裂かれ、その裂け目から青空が覗いていた。直感でフラルは空間を斬ったのだと察した。
開いた口が塞がらなかった。どんな攻撃も通さなかっただろう紅蓮の竜鱗をフラルはぶった斬ったのだ。状況を正しく認識できず混乱しているのは俺とパロマだけでなく、斬られたドラゴンも同様だった。
ドラゴンはまだ生きていた。
ドラゴン自身が困惑しており、血が一切流れ出てないことから、ドラゴンの生命力という訳ではなさそうだった。断面から躍動している心臓や、今も輝きを増している魔力炉と思われる臓器が見える。
「『目標設定、除外』」
フラルはドラゴンを指していた指を折りたたみ、そして――
「『更新』」
と、唱えた瞬間、裂けた空間が閉じた。ただし、真っ二つになったドラゴンは元に戻らず、まるで時が動き出しかのように断面から血が噴き出した。宙を舞う鮮血の奥に見える魔力炉が一瞬強烈に輝き、ドラゴンの身体が爆発した。
「んなぁああ⁉」
ドラゴンの肉塊が花火のようにあちこちに吹き飛んだ。爆風が広場を埋め尽くす勢いで迫ってきたが、フラルが紫色の光球を俺たちの前に展開すると、爆風はたちまちそれに吸い込まれていった。
「『虚空砲』です。レクさんお怪我はありませんか?」
「あ、ああ……」
SSRランクのカムレード。竜種の魔物を物ともしない勇士。それを召喚する俺の固有魔術「ガチャ」とは一体何なのだろうか。
そしてこんなにも強いカムレードは本当に俺の未来の仲間なのか? 強さというより、この先俺が仲間なんて作ろうとしたことに驚いているのだが。
疑問は残るが、今は生き残った喜びを噛み締めるべきだろう。
フラルは穏やかに微笑み、
「ミッションコンプリートなのです」
と、誇らしげに胸を張った。
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