5 死の淵で
「何を言っても、言い訳にしかならないけど……」
ウエルはぽつりぽつりと言葉を発する。
「わたしは昔っから運がなくて、特にタイダに会った日は最低の日で、家族が殺されて……」
ウエルはゆっりと息を吐いた。
「それでその日から強くならないとと思っていたら、いつの間にかこんな風になっていたんだ……。その日からはずいぶんましになっていたけど、わたしに運がないのは、ちゃんと闇人たちを見ておかなかったタイダのせいだって、今も、恨んでる部分がある。だけど、幼いわたしの記憶には、やっぱりわたしを助けてくれたヒーローというイメージの方が、強かったんだろうな……」
額に手を当てたまま、目を閉じる。
「さっきも弱気なことを言ってしまった……。恨んでいた、はずなのに……」
動揺しているせいか支離滅裂な上、話のほとんどがタイダについてだった。
カルドとフルドは顔を見合わせ、交互に言う。
「嫌なこと思い出させたみたいで、悪かった」
「今日はもう休んだ方がいいかもね。向こうにベッドがあるから、それを使うといいよ。明日になったらここのこと、またいろいろ教えてあげるからさ」
ウエルは静かに頷いた。
ウエルが寝室へ入っていくと、フルドとカルドが声をひそめて話し始める。
「カルド……、もしかしたらウエルは……」
「ああ。十中八九そうだろうな」
カルドが確信した様子で言う。
「でも、タイダさんがいる間は出てくるはずないんだけど……」
「確かに今までだったら有り得ない話だったが、最近はおかしなことがいくつか起こっているからな。これから何が起こったとしても、おかしくないような状態なんだと思う」
「そんな……。タイダさんは大丈夫なのかな……」
フルドが不安そうに言った。カルドが軽く肩をすくめる。
「さぁな」
「……カルドもタイダさんのこと、かなり気に入ってるよね」
「まあ、最初あれだけよくしてもらえばな。それに歴代の番人についてのいろいろな書物を読んでみても、タイダさんほどの番人は過去にいないじゃないか」
「うん、そうだね」
――十年前、霊界にて。
「おい、どこだよここは。フルド、知ってるか?」
「いや、全く。気づいたらここにいたって感じだよ。どうやってここに来たのか、記憶もなし。それ以前のことは、はっきり覚えてるんだけどね」
「……お前もか」
二人は辺りを見回すが、何もない七色の空間が続くばかりであった。
「ここじゃやり直すこともできないし、とにかく別の場所を探してみないと……」
「何を、やり直すんだい?」
突如後ろの方から、幼さの残る少年の声が響いた。フルドとカルドは驚きのあまりものすごいスピードで声の主を振り返る。そこには金髪で薄いグレーのTシャツに半ズボン姿の、十歳ほどの少年が立っていた。
「やぁ、こんにちは」
少年はにっこりと微笑んだ。
いつの間にこれほど近くに来たのだろうか。全く気づかなかった。
「僕はタイダ。一体何をやり直すつもりだったんだい」
タイダは同じ質問を繰り返して言った。しかしフルドとカルドは何も答えない。まだ状況がつかみきれていないのだ。
「……困ったな。何か言ってくれなきゃ話が進まない」
タイダはいかにも困った風に頭をかいてみせた。
「じゃあ、仕方ないから僕の方から話しちゃうけど、君たち死ぬつもりなんだよね。というより、ちゃんと死んだつもりだったのに、なぜかここに来てしまったと……。だから『やり直す』ね」
「! 何でそれを……」
「そりゃ、わかるからさ」
タイダは特に難しいことでもなさそうに言った。
「残念ながら君たち上手く死ねてるよ。ここは死後の世界さ。ただちょっと迷子になりつつあるというか、まさに迷子の真っただ中って感じなんだけど」
「死ねてる? 意識があるのに?」
カルドが驚いて言った。
「そうさ。死んだら意識ごとなくなると思ってた? 死後の世界でも生前の世界と同じように、仕事をしながら暮らしていかなきゃならないよ」
「そんな……」
フルドが思わず嘆いた。
「君たちはとても優れた剣術を誇っていた。けれど周りの人たちはだんだんとそれを妬むようになり、ついにいじめが繰り広げられた。そして、最後の救いだと思っていた両親も病気で数年前に他界し、耐えられなくなって自殺に及んだと……」
その通りだった。フルドとカルドは小さい頃から剣術に優れていて、最初の方こそみんなに「すごい」、「天才だ」、なんて言われてもてはやされたりもしたが、だんだんと周りの友達が二人を妬むようになってきて、大人たちからもたいして構われないようになってしまっていた。気づけば友達から受ける視線は、とても冷えたものとなっていた。
「もったいないね。その剣術があれば、後に素晴らしい世界が待っていただろうに……。君たちは一人じゃないんだから、兄弟で力を合わせればもうちょっと何かできていたはずなのにね。例えば隣の国のミリー伯母さんに助けを求めるとかさ。きっとあの人は優しいから家に入れてくれたと思うよ。それから君らのその素晴らしい剣術を思う存分発揮できる場所も、紹介してくれただろうね」
タイダが淡々と語っていくと、フルドが苦しまぎれに言う。
「それじゃあ、逃げることになるじゃないか」
「死んだって同じことだろう」
タイダが突然語気を強めた。
「むしろ伯母さんの家に行くことよりも死ぬことの方が逃げることになると僕は思うんだけど、違うのかい?」
重い沈黙が訪れる。
「……確かに、そうかもしれない」
しばらくしてカルドが言った。