再会(2)
「……無理していたの、ばれた?」
「丸わかりだ。何年君のことを見ていると思ってるんだい?」
タイダが軽やかに笑い、それに対してウエルは苦笑いを返しながら頭をかく。
「せっかく女言葉を練習したのに、意味なくなっちゃったなあ」
「別に女の子全てがかわいらしいしゃべり方をするわけじゃないさ。それに今のウエルは昔と違って雰囲気がやわらかくなったし、話し方も、前みたいに強い口調じゃなくなって自然になっていると思うよ。さっきみたいな丁寧な言葉は、もっと重要な場面で使えばいい」
「そうかな……」
ウエルは考え込むように言う。それからふっと頭に浮かんだことをそのまま声に出した。
「そういえばフルドとカルドが見当たらないけど、家にいるのか?」
「いいや」
タイダが首を横に振る。
「じゃあどこに……」
ウエルは言いかけ、察した。タイダの顔が全てを語っていた。眉を下げながら微かに笑みを浮かべる姿は寂しげにも見えるし、ウエルをいたわっているようにも見える。
「行ったんだな」
ウエルは確信を持って口にした。ホールまでの案内役がフルドとカルドじゃなかったのは、そういうことだったのか。もっと早く気づくべきだった。
「……ああ、少し早めだったけどついこの間……。でもまだ転生はしていないんだ、試練の門の中にいる。だから転生する時にきっと会えるよ」
優しい声色でタイダが言葉をかける。
「そうか…」
ウエルは寂しさの滲んだ声で答えた。タイダは困ったようにそれを見てから、不意にウエルの手を取る。
「忘れないうちに儀式を終わらせておこう」
そう言って、ウエルの同意を待つことなく手のひらから青白い光を発し始める。
「スロウ・ウエル。君の名をウエルと改め、今日から闇の国の住民とする」
はっきりと告げ終えたのと同時に青白い光が消え、タイダは静かに手を下ろした。
「……名前は、タイダが勝手に決めるのか?」
タイダが話の流れをわざと変えてくれたことには気づいたので、ウエルもそれに倣った。
「たいていはね。名前がかぶらないようにとか、いろいろ考慮しているんだ。もしかぶったら、その時は本人に考えてもらうけど」
『タイダ様』
突然、外から門番が声をかけてきた。相変わらずその声はホール全体に響き、まるでマイクでも使っているかのようだった。
「どうした」
タイダが応答する。
『フィセナ様がお見えです』
門番の言葉に、タイダは一瞬だけ眉をひそめた。きっと、フィセナがホールに来ることはめったにないのだろう。タイダは若干不思議そうにしつつも、落ち着いた声で返事をしていた。
「通してくれ」
「はい」
ホールの入り口が開き、フィセナが足早に駆け寄ってくる。そしてウエルを素通りして一直線にタイダのもとへと行って力強く抱きしめた。タイダは驚きつつもフィセナの背に軽く腕を添え、流れに身を任せている。フィセナは数秒間しっかりとタイダを抱きしめたあと上半身だけわずかに離し、タイダの顔をまじろぎもせず見据えた。
「何も変わったことはない? 大丈夫?」
「特に何も起こってないけど……」
フィセナの慌てぶりは尋常じゃない。タイダは困惑と緊張が入り混じった様子で答えながらも、フィセナを真っすぐに見返していた。
「よかった。何かあったらどうしようかと思って気が気じゃなかったのよ」
(一体何があったんだろう)
心配ではある。しかしウエルは別のことに気を取られていた。何か大変なことが起きたのはわかる。それでフィセナが慌てて駆け込んできて、タイダがそれを受け止める。それは充分に理解している。だけど、なんとなく胸がもやもやして仕方ない。
(気づいてもらえないのが寂しいのか……?)
シャツの胸のあたりを掴み、考え込む。ウエルはいまいち自分の心情をつかみきれずにいた。いまや白髪のお婆さんなのだから、フィセナがウエルに気づかなくても当然のことだ。それなのに、不満なのか?自分で自分が理解できない。ウエルは抱きしめ合う二人を視界に入れながら、心の中に湧き上がる慣れない感覚に戸惑っていた。
(もしフィセナに気づいてほしいのなら、「久しぶり」と一言声をかければ済むことだ)
そうは思うものの、何か違うような気がしていて、だけどどうしたらこのもやもやとした気持ちがすっきりするのかがウエルには全くわからなかった。
「大変なことが起こってしまったのよ」
深刻そうに発せられたその声に、ウエルは慌てて顔を上げた。二人は真剣な表情で見つめ合っている。
「それで、まずはあなたの無事を確認したかったの。あなたなら大丈夫だとは思っていたけれど、やっぱりどうしても心配になってしまって……」
もしかしたら自分はいないほうが良いのではないか、と今更ながらに気付き、ウエルはそっと後ろへ下がることにした。
「僕は今のところなんともない。それより、その“大変なこと”について教えてほしい」
「まあ。それよりって言い方はひどいんじゃない?」
まだはっきりと声が聞こえる。考えてみれば当然だ。二人は声を潜めているわけではないし、仕切りもなにもないホール内でたった数歩下がったくらいで急に声が聞こえなくなるわけがない。けれど自分でホールを出ることはできないので、聞いてはまずい話が飛び出てくる前にこのまま下がれるところまで行ってみるしかないだろう。
「たった一人の弟を心配して、急いでここまで訪ねてきたのよ」
ウエルは思わず動きを止める。頭の中のものが一気に吹っ飛んだ。
「……弟?」
間の抜けた顔で、耳に入ってきた単語を繰り返す。
「ええ、そうよ」
フィセナがウエルを見返した。タイダはウエルとの距離感に一瞬首を傾げたものの、すぐに「そういえばまだ伝えていなかったね」と軽い調子で言って、左手はフィセナの背に添えたまま立ち位置をフィセナの隣へと移してから言葉を続けた。
「フィセナは僕の死に別れた姉なんだ」
それからフィセナの背中に添えていた手を降ろし、ウエルに補足の説明をしてくれる。ウエルは話を聞くため二人の近くへと戻った。
「ここに来た人の中には記憶を消さなきゃこちらの生活に支障をきたす人もいる。つまり家族についての記憶を持たない人もたくさん住んでいるんだ。だからそういった人たちが羨ましがったり寂しがったりしないように、普段はなるべく周りにばれないようにしていたんだよ」
黙っていてすまなかったね、とタイダが謝るので、ウエルは慌てて首を横に振った。霊界に来たばかりの人間にタイダが親し気に話しかけているのが不思議だったようで、フィセナが珍しそうにウエルを見ている。
「あの……」
視線に耐え切れなくて、ウエルはフィセナへと声をかける。
「……久しぶり……」
自己紹介の経験に乏しいのが原因か、それともこの雰囲気のせいなのか。とっさに言葉が出てこず、ウエルは辛うじてそれだけを言葉にする。フィセナは一瞬考えはしたものの、すぐに表情を和らげてくれた。
「ウエルね? 本当に久しぶり。さっきは見苦しいところを見せてしまってごめんなさいね。タイダったらいつも仕事のことばかりだから、少し文句を言いたくなってしまったのよね」
フィセナがウエルへにっこりと微笑みかけ、タイダはその様子を眺めながら呆れたように笑っている。きっと二人は普段からこんな調子なのだろう。
「それで随分と慌てていたようだけど、結局何の用だったんだい」
タイダがフィセナへと問う。
「そうだったわ、ごめんなさいね。わたしもまだ完全には事態を飲み込めていなくて……手短に説明をするから落ち着いて聞いてちょうだい」
フィセナがそう前置きをしてから「実は――」と再び口を開こうとしたところで、突然ホールがぐらりと揺れた。
「何?」
三人ともわけがわからず辺りを見回した。
「ホールが揺れるなんてあり得ない」
タイダが半ば呆然と呟く。
ホールは異空間に存在しているから、地震なんて起こるはずがないのよ、とフィセナがウエルに教えてくれた。地震でなければ、一体何が原因なのだろう。
ウエルはホールの中を見回した。ぐるりと辺りを見た後に足周りを確認し、そのとき自分の斜め後ろに大きな黒い影が横たわっているのが目に入る。
「……ラガー?」
ウエルは慌てラガーを振り返り、屈み込む。同じくラガーに気付いたタイダとフィセナもラガーのもとへ駆け寄った。




