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闇の番人  作者: 遊一(Crocotta)
後章 生者必滅、会者定離
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19 ドジっ子婆さん

とある国のとある場所。そこでは数人のおばさんたちが、終わりの見えない井戸端会議を展開していた。どこにでもある、何の変哲もない風景だ。

「最近あの人気(ひとけ)の少ないところに住んでるお婆さん、すっかり見なくなったけど大丈夫かしら。またドジでも踏んで動けなくなったんじゃなくて?」

「ああ、例のドジっ子婆さん!そういえば最近は見てないねえ」

「結構な歳だし、もう亡くなってたりして……」

「こら、縁起でもないこと言うんじゃないよ。……でも、今日あたり様子を見に行った方がいいかもねぇ」

「誰かしら家には行っているんじゃない?あのお婆さん、何だかんだいって結構人が寄ってきていたもの。何かあれば誰かが気づくわよ」

「そうねえ。妙なオーラはあるけど、清廉でとても穏やかな方だからね。ここに越してくる前はいろいろあったって聞くけど、多分しょうもないドジでも踏んだんでしょうね。それくらいで追い出すなんて前の国は何を考えてるんだか……まあ、どんなドジを踏んだかなんてまるっきしわからないけれど」

「でもあの人も変わった方よねえ。若い頃に、交際や婚姻の申し出が何人かからあったそうだけど、全部断ったって聞いたわよ。ずいぶんいい条件の人もいたみたいなのに」

「……へえ。誰か心に決めた方でもいたのかしら」

「まさか!男の人の影なんて少しも見当たらなかったわよ。それにあの人、生涯独身じゃないの」

「叶わぬ恋に溺れてたとか……」

「……あのねえ……」

 あることないことを思ったままに口走る、これが正しき井戸端会議の様相である。



「ああっ!」

 ガシャンと響いた陶器の割れる音を合図に、その場にいた全員が一様に振り返る。

「あーあ。婆ちゃんまたかよ」

 まず初めに黒髪の少年があきれ声を出し。

「いいよ。お茶は僕がやるから」

 次に茶髪の少年が優しく笑ってお茶を入れに行き。

「まかせて」

 最後に長い黒髪の少女が床に散った陶器の破片をかき集める。

 みんな、完全に物慣れている。

「あー、割れ物(それ)はわたしがやるから……」

 白髪頭の老人が不安げに声をかけると、少女は顔を上げてにっこり笑った。

「お婆ちゃんに任せたら手を切ってしまうじゃない」

「そーだぜ、婆ちゃん。ヨルカに任せた方がまだ安全だって」

「そうは言ってもねぇ……」

「はーい、お茶の登場!」

 茶髪の少年が人数分のお茶を運んでくる。

「おっ」

 黒髪の少年はいち早くお茶を手に取り、一気に飲み干した。

「わたしもあとは箒で細かい破片を取ったら終わりだよ」

「いつもすまないねぇ」

 老人が眉尻を下げる。

「こんな年老いた婆さんに構ってなくたって、他に行く場所はたくさんあるだろうに……」

「だってさー、他の大人(やつ)は忙しいとかいって、ろくに話も聞いてくれないんだぜ。それにすぐ怒るし。その点、婆ちゃんはいいよ。話を聞いてくれるし、家の壁に落書きしても物壊しても怒らないし」

 黒髪の少年はからからと笑っているが、茶髪の少年はそれを軽く睨んだ。

「お前何てことをしてるんだ……」

 老人はふふふと頬を緩める。

「子供のうちはそのくらい元気がある方がいいんだよ。今のうちにいっぱい遊んで、いっぱい悪ふざけしとくといい。物は後でどうにでもできるからね。それに物ならわたしの方がたくさん壊しているよ。まあ何にせよ、みんなが楽しく生きることの方が大切さ」

「ほーら、婆ちゃんだってそう言ってるじゃないか」

「だからってお前は調子に乗りすぎなんだよ」

「お婆ちゃん、コップの片付け終わったから、あやとりしましょう」

「あっ、抜け駆け禁止!」

「あなたたちが喧嘩(けんか)してるのが悪いんじゃない。さあ、お婆ちゃん始めましょ。ね?」

「あーのーなー」

 老人は穏やかな表情で子供たちの様子を見つめていた。

(わたしが人生を惜しむ日が来るなんてね……)

 自分にしてはなかなかの人生を送ってきたと思う。一時期は、長生きなんてせず早く死にたいと望んでいたこともあったけれど、途中からそのことはあまり気にならなくなった。今はむしろ、ここまで生き長らえたことに感謝してもいいとすら思える。

 昔の何もかもを諦めていたころとは全然違う。町のはずれでひっそりと暮らしてはいるものの、時々買い物のために町の中心まで出ればみんな優しく声をかけてくれたし、近年はこの子たちがしょっちゅう遊びに来て、退屈することもなかった。

 今でも厄災はある。でもみんなが手を差し伸べ、助けてくれた。そして今ではすっかりドジなお婆ちゃんで有名になっている。

「ドジっ子婆さん」、それがわたしのあだ名らしい。

 その呼び方は嫌いじゃない。むしろ嬉しかった。迷惑でしかない厄災でも、取りようによっては些細な出来事に変わり得ると、気がつかせてくれた。疫病神でも厄介者でもなく、ただドジなだけ。それでどれほど心が救われたことだろう。

(もうそろそろ潮時かな……)

 三人の少年少女の姿がゆっくりと遠のいていく。本当に、この子たちがいてくれてよかった。楽しい余生を過ごすことができた。

「みんな、ありがとうね」

 老人は微かな声で最後の言葉を紡いだ。

「……ウエルお婆ちゃん?」

 少女と少年二人が振り返る。

 老人は柔らかな笑みを浮かべていた。それは穏やかで、とても綺麗な笑みだった。

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